対峙の十日目-5


 思わず強制命令権インペリウムを使ってしまったがこれは三回目じゃないだろうか? 最初がパンツで、次がアンとの戦いそして今回。やってしまった魔力が切れてしまったらアルテアは消えてしまう。まだマリアを倒してない上にアンも残っているのだ。

 使ってしまった強制命令権インペリウムを取り消す事はできない。それに強制命令権インペリウムを使わなければアルテアはマリアに勝てないだろう。それほどまで今、アルテアは押されていたのだ。

 おろし金で攻撃された影響だろうか、アルテアの袴はボロボロになっており、肌の見える個所からは血も流れている。


「アハハッ。強制命令権インペリウムを使った所で僕のスピードに付いて来れなきゃ当たらないよ」


 人狼の姿になったマリアは体の小ささもあり、小さい狼のようで見ている分には可愛い。だが、そんな見た目の可愛さとは裏腹にスピードは今までいた使徒アパスルの中でも一番じゃないかと思うほど速かった。アルテアでさえ途中の動きは追えてないようで最後に攻撃してくる瞬間をギリギリで避けているようだ。

 これではアルテアの攻撃できる隙がなく折角使った強制命令権インペリウムも無駄になってしまう。今の僕ならアルテアの手伝いができるのではと思い、頭痛と腹痛を我慢し、拳銃を背中とズボンの間に仕舞い、アルテアの方に駆けて行く。


「ツムグ! 危ない!!」


 アルテアに近づく事に気を取られてしまい、マリアの接近に気付かなかったが、アルテアが間一髪の所で防いでくれた。大きなおろし金はそのまま当たってしまえば僕の頭が潰れていただろうし、掠っただけでも肉を抉られていただろう。

 そう思うとゾッとしてしまうがそれでも何とかアルテアの近くにまで来る事ができた。


「どうしてこんな危ない真似を。またツムグを狙ってくるかもしれませんので離れて見ていてください」


 僕の事を心配してそう言ってくれるのだろうが、それでは僕がここに来た意味がない。静かに目を閉じて精神を集中する。こめかみに何か虫を飼っているのではないかと思えるほど血管が脈動する。

 ドクドクと脈打っていた血管の音も聞こえなくなるほど集中力を高めマリアの居る方に視線を向ける。左だ。高速で移動しながらフェイントをかけて最終的にマリアは左から攻撃してくるのが見えた。


「アルテア! 左からくるぞ!!」


 僕の声に即座に反応し、僕を守るように左に回り込んだアルテアは見事にマリアの攻撃を防いだ。今まではギリギリの所で躱していたので反撃するタイミングがなかったが、今回は予め分かっていた攻撃を躱したため反撃をする準備ができている。

 右から横に薙いだ日本刀はマリアに回避され、当たる事はなかったが、マリアは明らかに驚いた表情をしている。


「どうしてマリアが攻撃をしてくる方が分かったのですか? 私は直前まで見えてなかったのに」


 アルテアはこちらに顔を向けることなく尋ねてくる。アルテアからしてみてもどうして僕が指示した方からマリアが攻撃してきたのか不思議だったのだろう。

 実は『ギフト』を貰っていたようだとアルテアに告げる。ただ、メイド姉妹に攻撃されて体力が削られ、何度かの魔術と拳銃での攻撃で魔力も消費しているため強烈な頭痛に襲われているため使えて後一、二回だろう。


「そうですか。では私が合図するまで『ギフト』は使用しないでいただきたい。それまでは何とか耐えて見せます」


 アルテアは日本刀を握り直し、気合を入れる。最初は攻撃を見切られたのかと思い、慎重に攻撃をしてきていたマリアだがアルテアがギリギリで攻撃を躱す事で段々大胆に攻撃をしてくるようになっていた。


「なーんだ。さっきのは偶然か。驚いちゃったじゃないか」


 更にスピードを上げるためだろうかマリアが今まで以上にアルテアから距離を取ってこちらに向かってこようとしている時、アルテアから合図があった。


「ツムグ! 今です! お願いします!!」


 呼吸を整え、ある程度集中していた所でさらに集中を高めると再び音も何もない世界に入り込む。本当に戦いの最中なのか疑わしくなるほどの静寂だ。

 最大限に集中を高め、そっと瞼を開け周囲を確認する。何もなかった世界に色が戻る。そこに映ったのは今正にこちらに向かってくるマリアの姿だった。マリアの姿を捉えた事で僕の中にマリアの動くイメージが浮かんでくる。


「大きく右に迂回して下から攻撃してくるぞ!」


 マリアが右に移動し、僕たちの視界から消え、最後はしゃがみ込み下から攻撃してくるのが見え、それをアルテアに伝えた。アルテアが頷くと今は誰も居ない右を向いて日本刀を構える。


「うそっ! なんで僕の動きが分かるんだ?」


 マリアが驚きの声を上げるが、スピードに乗った行動が災いして今となっては動きを変える事ができないようだ。僕の見た通りの動きをしている。その時アルテアが動いた。



「我が力を名刀雪月花にすべて預ける。 虚空舞爪こくうむそう!!!」



 鞘から抜いた日本刀から鋭い光が放たれる。その光はアルテアの直前まで迫っていたマリアを確実に捉えるはずだったが、マリアは何とこの攻撃を屈んだ状態からジャンプして回避してしまった。

 当然至近距離から放たれた攻撃に無事と言う訳にはいかず、マリアの両足は太腿の辺りからなくなっていた。あの驚異的なスピードもその推進力を生みだす脚がなくなってしまってはマリアがアルテアに勝つことは難しいだろう。

 両足の血を止めるかのように立ったような状態のマリアだが、その間にもグラウンドは流れるマリアの血で池を作り出している。苦痛の表情でこちらを睨みつけるマリアに向かってアルテアが近づいていく。何とか勝つ事ができた。そう思った僕が少し気を抜いてしまったのは失敗だった。


「グサッ!」


 不意に音がし、マリアの額から角が飛び出した。いや、角ではなく刃物だ。鈍い光を放つ刃物はマリアの血が付着しており、先端からは滴り落ちている。

 両足にダメージを受けたためか、頭から刃物が出て来たためかどちらかの影響か分からないが、マリアは人の姿に戻っており、少女の額から刃物が出ている姿は痛々しい。

 急に刃物が消えると、マリアの体は支えを失い、地面に倒れてしまった。倒れたマリアの体から光が昇っていくと後ろにいた人物の姿が見えた。見えた人物はアンで、手に握った槍から血が滴っており、マリアを突き刺したのはアンだったと分かる。


「あら? ごめんなさい。貴方の獲物だったかしら? 目の前に無防備の状態でいたから思わず殺してしまったわ。あんな状態で目の前に現れたら殺しちゃうのも仕方ないわよね」


 そう言うアンの手には橙色のレガリアが握られていた。いきなりアンが現れた事にも驚いたのだが、僕が本当に驚いたのはそこではなかった。


「母さん!!」


 アンの隣には目が虚ろになった母さんの姿があった。どうしてこんな所に母さんが? と考える僕だが、どう考えても母さんがアンの隣にいる理由が見つからない。いや、分かっているが理解したくないのだ。


「なぜ、かなちゃんが……。確か今は旅行に行っているはずじゃあ」


 そう、母さんは今、社員旅行に行っていてこの街には居ないはずだ。それなのにどうしてアンの隣にいるのかと言うと一番考えられるのは従僕化されたと言う事だ。

 だが、アンには劔が居たはずだ。ただ従僕化するだけならわざわざ母さんを襲ったりはしないだろう。となるとアンは藪原さんから劔に憑代ハウンターを変えたように劔から母さんに憑代ハウンターを変えたのだろうか。


「ご名答。あの男も悪くはなかったんだけど、道を歩いているこの女を見つけてしまってね。男より女の方が魔力が多いなら乗り換えるのが普通だろ?」


 普通な訳あるか。そんな事ができるのはアンぐらいだ。母さんが従僕化されてしまった事で僕は徐々に悔しさが湧き上がって来て食いしばる奥歯が折れてしまった。

 口の中に残る歯を吐き捨てるとマリアの所に途中まで歩を進めていたアルテアが戻ってきた。アルテアの顔にも悔しさが滲んでおり、この状況になってしまったのは自分のせいだと思っているような顔つきだ。

 それにしても母さんが襲われるなんて思ってもみなかった。これも僕が憑代ハウンターになった影響なのだろうか?


「いいえ、かなちゃんの魔力の高さは持って生まれた物でしょう。私も会った時にかなちゃんの魔力の高さには驚いたものです」


 母さんと初めて会った時、母さんのテンションに驚いて固まっていたのかと思ったらアルテアは魔力の高さに驚いていたのか。流石にあの時の僕にそこまで分かれと言われても無理だ。

 それにしてもタイミングがまずい。三回強制命令権インペリウムを使用したのだ。後どれだけアルテアがここに居られるか分からない。いや、本来ならここからアルテアが消えてしまうまでの間にアンを探し出さなければいけなかったので、向こうから現れてくれたのは幸運なのかもしれない。


「ねぇ、ちょっと。どうしてかなちゃんがアンの所にいるのよ。一体何があったの?」


 針生が僕の所にやって来て質問してくる。父さん――ヴァルハラを失って少し放心状態だった針生だが、何とか持ち直してこちらまで来たようだ。

 僕が知っている内容を簡単に針生に伝えると落胆とも怒りともとれる表情をしている。


「そんな……。かなちゃんは元に戻るんでしょ? 大丈夫なんでしょ?」


 僕はその質問に答えない。いや、答えられない。母さんが元に戻る可能性がないなんて自分の口からはとてもじゃないが言えない。それはアルテアも同じで会話に入ってこようとはしない。

 針生は僕たちの沈黙に母さんがまずい状態だと察したようで、微かな希望を求めた目から光が失われ、視線を落としてしまった。


「嘘……。かなちゃんが……。そんな……」


「大丈夫です。かなちゃんは私が何とかして見せます! だから希望は捨てないでください。希望を失くしてしまえばそれで終わってしまいます」


 アルテアが力強く宣言してくれる。僕もその言葉を信じて何とか母さんを助け出す方法を考えたいのだが、どうしても藪原さんの事が頭をよぎってしまう。雪の降るグラウンドの上に倒れている藪原さんの姿は今でも忘れられない。

 母さんを藪原さんと同じような目に合わせたくない。父さんを自分の手で倒してしまった上に母さんまで失ってしまうのは辛い。

 それにしてもアンはどうして今頃ここに現れたのだろう。僕としては現れてくれて探す手間が省けて助かったのだが、アンからしてみればわざわざここに来る事はなかったのではないだろうか。


「それはあれよ。この男が……ってあら? どこに行ったのかしら?」


 アンが辺りを見回しある一点で視線が止まった。それに釣られるように視線の方を見ると赤崎先輩の所だった。そこには一人の男性が赤崎先輩の容体を心配するように世話をしている。その男性は昨日僕の家に赤崎先輩の伝言を伝えに来た蒼海さんだ。

 と言う事はアンをここに連れてきたのは蒼海さんなのだろう。確か、アンはどこにいるのか分からないような事を言っていたはずで、そのアンを探し出して連れて来るなんてかなり優秀な執事なのだろう。


「ふう。それじゃあどうしましょうかしら? 私は呼び出されてここに来ただけで戦う気なんてあまりないのよね。皆さんお疲れのようですし帰っても良いのかしら?」


 ここで帰してたまるかと思うが、そう言えばアンは積極的に他の使徒アパスルと戦いをしていなかったのを思い出した。

 アルテアと最初に戦った時も魔力を集めていた現場にアルテアが行ったので戦っただけですぐに逃げてしまったし、花火大会の時も僕たちが居る所には来ずに逃げて行ってしまっている。

 もしかしたら単純に魔力を集めるだけがアンの目的ではないかもしれない。だが、それを知るすべは僕にはない。


「逃がしません。残りは私と貴方。どちらがすべてのレガリアを集めるのかここで決着を付けましょう」


 後ここにどれぐらい居られるか分からないアルテアはやる気だ。ここで逃がしてしまっては戦わずしてアンがレガリアをすべて集めてしまう事になるだろうからだ。

 日本刀を握り直し、アルテアはアンに向かってグラウンドを駆けて行く。多分、これがアルテアにとって最後の戦いになるだろう。


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