対峙の十日目-4


 父さんから離れた僕は先ほど里緒菜さんと戦っていた所とほぼ同じ場所に戻って来て玲緒菜さんと対峙していた。


「貴方が姉様を倒すなんて信じられません。『ギフト』とか言う力を使って倒したのでしょうか? そうでなければ姉様が貴方のような人に倒されるとは思えません」


 倒してそのままにしていた里緒菜さんを戦いに巻き込んでしまわないように安全な場所に運んだあと、玲緒菜さんはそう僕に問いかけてきた。

 僕のダッフルコートは一緒に運ばれてしまったので僕は薄着のままだ。できれば返して欲しかったが、里緒菜さんはまだ意識を取り戻していないようだからそのままでも良いか。

 皆間違っているが、僕は『ギフト』を貰ってないのでそんな力を使って倒した覚えはないのだが、どうして『ギフト』を使ったと思うのだろう。

 たまたま相手の行動が見える事があっただけで――と考えた時、ふとアルテアに出会う前の日の事を思い出した。

 確か僕は坂道を登っている時、石に躓いて自転車を止め、そこで声を聴いたはずだ。その時は空耳だと思ったのだが、今にして思えば空耳にしてはハッキリと聞こえていた。その後、蛯谷から声が掛けられたのでスルーしてしまっていたが、あの時の声は僕が『ギフト』が使えるようになった合図ではなかろうか。

 針生とかは契約した時に『ギフト』を貰っていたと言っていたが、もしかしたら僕はこの時に『ギフト』を貰っていたのではないだろうか? どうして針生とタイミングがずれているのかは分からない。けど、そう考えれば納得がいく。

 そして僕が貰った『ギフト』とは未来視なのではないだろうか。僕が集中した時に相手の動きの先が見えていた。能力から考えるとそれが一番しっくりくる。


 理由は何であれ今僕が使えるカードは二つだ。多分、『ギフト』であろうものと、魔術で炎を出す事だけ。それで玲緒菜さんを倒さなければいけない。

 魔術は成功率がほぼ半分程度だし、『ギフト』は頭痛がする中、凄い集中をしないと使えない。しかも魔術は使うたびに魔力を消費していくので何時魔力が切れて動けなくなるかもわからない。

 『ギフト』がもう少し自由に使えればと思う。針生とかを見ているとそこまで精神を集中して使っているようには見えないのだが、これは人によって違うのだろうか。とにかく僕の『ギフト』は使い勝手が悪い。

 魔術しろ『ギフト』にしろ集中しないとどちらも使えないのは分かっているので、息を吐いて集中力を高める。怪しく光る玲緒菜さんの短刀が気になるが精神の集中に邪魔なのでなるべく見ないようにする。


「まあ良いでしょう。戦えばわかる事。姉様の仇。討たせてもらいます!」


 玲緒菜さんが動いた。僕の事を警戒しているのか左右に動きながら的を絞らせないように攻め寄せてくる。速さはとてもじゃないが僕の身体能力では対応しきれない。

 それでも何とか体を動かし、短刀が僕の目の前に到達した所で右手に炎を作る事に成功した。鬼火のように僕の手から少しだけ浮いて燃え上がる炎は始めてみる人間に対してはとても有効だ。案の定、玲緒菜さんはいきなり現れた炎に驚き、攻撃を止めた。


「なっ! 炎?」


 いきなり現れた炎に驚き飛び退いてくれたことで僕は短刀の攻撃から回避することができた。里緒菜さんのときはここで僕が動かなかったことで更にピンチになってしまったので、今回は僕のほうから動く。

 逃げる玲緒菜さんを追いかけ、必死に拳を振るうが一発も僕の攻撃が当たることはなかった。素人の僕の攻撃を易々と受けるほど玲緒菜さんは弱くないと言うことだ。感心している場合ではないが普通に攻撃したのでは僕の攻撃など当たらないのが良く分かった。

 僕がそんな事を考えている間に玲緒菜さんから反撃を受ける。ふいに放たれた蹴りに全く反応の出来なかった僕は無様な姿で地面に転がった。そこを玲緒菜さんは見逃す事なく足を振り下ろしてくる。

 玲緒菜さんが一旦落ち着いてくれれば僕が逃げるタイミングが訪れるのだが、そんなタイミングは訪れない。地面を転がり、泥だらけになりながら何とか致命傷は避けていると言う状況だ。


「えぇい、何時までもゴロゴロと鬱陶しい。いい加減諦めてやられてください」


 素が出てしまったのか前半の口調が明らかにメイドが使うような物ではなかった。

 玲緒菜さんは足での攻撃を止め、僕の転がる方を予測して短刀を振り下ろしてくる。足で逃げ場を防がれていたため僕は玲緒菜さんの手首を掴む事で防いだのだが、無防備に開いた僕のお腹を玲緒菜さんが踏みつける。


「いっ――!!」


 どうやら何度もお腹に攻撃を受けた事で塗ったカ所が開いてしまったようだ。腹部の痛みに加え、服に血が滲んでいるのが分かる。これ以上腹部にダメージを受けるのは拙い。

 倒れている状態から玲緒菜さんのお腹を蹴り上げ、何とか立ち上がる事ができたがジクジクとした痛みが腹部に残っている。


「どうやらお腹の調子が悪いようですね。無理はいけませんよ。もしよろしければ姉様の隣が空いているのそちらで休んではどうですか?」


 お腹を下しているような言い方をするが、僕のお腹の調子が悪いのは蹴られたからであって、胃腸の調子が悪い訳ではない。

 弱点を見つければそれを徹底的に突いて行くと言う定石通りの攻撃を玲緒菜さんが繰り出してくる。お腹をガードするために腕を下げると顔面を狙って攻撃してくる。顔面をガードするとお腹を攻撃してくる。これではどんどん体力を削られ、じり貧だ。

 それでも防ぐしかない顔面をガードした所で空いてしまったお腹を玲緒菜さんの蹴りが突き刺さる。思わずくの字に折れ曲がる僕の体。更に膝を突き出して顎を捉え、僕の体は宙を舞った。

 再び地面に倒れた僕に今度はいきなり短刀が襲い掛かる。倒れたばかりで態勢を崩していた僕は先ほどのように腕を掴む余裕はない。

 短刀を注視していたせいかここで『ギフト』が発動してしまった。自分の意思で『ギフト』を使った訳ではないが、見えた物は最大限利用するしかない。見えた未来は何のとこはなく、僕が体を転がしたことで玲緒菜さんの短刀が誰も居ない場所に突き刺さったシーンだった。

 見えたままに動けば無事に攻撃を回避できるのだが、それでは僕の不利は変わらない。短刀をそのまま振り下ろしてくるのならここはリスクを負ってでも攻撃しなければ僕にチャンスなど回ってこない。


「少しチクッとしますよ」


 短刀で突きさされてチクッと感じるぐらいなら攻撃を受けるのだが、どう考えても最適な擬音はグサッだ。そんな攻撃はとてもじゃないが受けられない。

 振り下ろされた短刀を体を少し捻る事で回避する。グラウンドに突き刺さる短刀に冷や汗を浮かべならが握っていた土を玲緒菜さんの顔面に投げつける。攻撃を躱された上、急に土で目潰しをされた事で玲緒菜さんは短刀から手を離して顔を覆った。

 チャンスだ! すぐに立ち上がった僕は玲緒菜さんの背後から腕を首に回してそのまま仰向けに引き倒した。これで短刀は拾えなくなった。首を絞めて何とか落としてしまいたいのだが、人を落とした事がないので加減が分からない。あまりに力を入れ過ぎると細く白い首の骨が折れてしまいそうだし弱すぎると落ちないだろうし。

 僕の絞め技から逃れようと玲緒菜さんが激しく体を動かす。腕を後ろに引いて僕に打撃を加え、逃げようとするが、僕は決して腕を離す事はない。それどころか玲緒菜さんが動くたびに腕の位置が良くなっていき、更に締まって行く感じがする。


「ぐっ……。ぐぅ……」


 僕の絞め技から逃れようとしていた玲緒菜さんだが、暫くすると微動だにしなくなり、力なく僕の体にもたれかかってきた。怖くなった僕は巻きつけていた腕を離し、玲緒菜さんをどけて立ち上がる。

 どうやら玲緒菜さんは本当に落ちてしまったようだ。このままでは拙いと思い、仰向けのまま鳩尾辺りを両手のひらで押すと咳をしたのでどうやら死んではいないようだ。

 この場所に放置と言うのも申し訳ないと思い、玲緒菜さんを里緒菜さんの所まで運んでおく。こうやって寝ている二人を見ると本当によく似ているとのが分かる。

 それにしても予想以上にダメージを負ってしまった。いや、予想以上にダメージが少なかったと思った方が良いだろう。暴漢を難なく倒してしまうほどのメイドだ。これぐらいの傷で済んでラッキーと思わないとやってられない。

 腹部の痛みは相変わらずだが、腹部よりも頭痛の方が酷くなってきた。『ギフト』を使うと魔力を消費するのか分からないが、今は頭の痛みの方が気になる。


 頭の痛みを気にしつつ、メイドの二人を排除できた所でどう動くか考える。これで調子に乗って使徒アパスルの戦いに僕が入った所で邪魔になるのは分かっているが近くで見るぐらいなら大丈夫だろう。

 アルテアの方に視線を移すとマリアは狼の姿に変身しており、どうやら強制命令権インペリウムを使用しているようだ。父さんの方はエルバートがもう少しで変身が解けるような事を言っているので行くとしたらアルテアの方だろう。

 僕がアルテアの方に移動しようとした所で僕の足元に拳銃が転がってきた。どうやら父さんが投げ捨てた拳銃がこちらに飛んできたようだ。

 拳銃を拾うとずっしりとした重さが手に伝わる。中身が父さんと言っても体はやっぱり使徒アパスルなのだろう。僕がこの重さの拳銃を二丁も持ってあの動きに付いて行ける自信はない。

 ガラスが砕けるような音がし、そちらに顔を向けると父さんがエルバートに向かって駆けて行っている。どうやら今の音は針生の魔力障壁が砕ける音で、どういう訳か針生は赤崎先輩を守ったようだ。

 エルバートはすでに変身が解けているようで、父さんはエルバートの動きを封じるためかエルバートに抱き着いている。


「紡! その銃で私を撃て!」


 えっ!? 父さんは何て? 父さんを撃てだって? どうして仲間である、いや、父親である父さんを拳銃で撃つことができるんだ。そんな事は僕には出来ない。

 それに僕は拳銃など使った事も触った事もない。しかもよくテレビで見るようなシリンダーもないのでどうやったら弾が出るのかもわからない。


「魔力を込めて引き金を引くだけでいい! 早くしろ! そんなには持たない!」


 せかす父さんだがどうして僕が父さんを撃つ事ができるんだ。いくら拳銃の使い方を教えてもらっても撃つ事なんてできない。


「紡! 撃ちなさい! ヴァルハラの覚悟を無駄にしちゃ駄目よ!」


 針生の一言に僕は戸惑いながらも魔力を拳銃に流すイメージをする。するとごっそりと魔力が持って行かれた。よろつき倒れそうになるが何とか踏ん張って持ちこたえる。

 銃口を父さんに向けるが手が震えてブレてしまう。それは決して魔力を持って行かれて手が震えているせいだけではなく、父さんを撃つと言うのが怖いのだ。

 撃つのか? 僕が? 父さんを。やっぱり撃つ事なんてできない。折角こっちの世界に父さんが戻って来たのだ。まだ話足りないし母さんにも会わせてない。エルバートだけを撃てるように狙いを変えるが父さんの体が邪魔でどうしてもエルバートだけを狙えない。


「紡! 私はここに居てはいけない人間だ! ここには居ない人間なのだ! だから構わずに撃て!!」


 父さんからの檄が飛ぶ。エルバートが必死に父さんを振り解こうとしているが片腕になっているため苦戦しているようだ。

 指は引鉄に掛かっているのだが、それ以上は動いてくれない。そうだ。針生、針生なら魔力も使える。針生なら撃つことができるのでは――って僕は馬鹿か。針生だって少なくない時間父さんと一緒に居たのだ僕が辛い思いをするのが嫌だからと言って針生にやらせてどうするんだ。

 余計な考えを振り払うように頭を振ると何がどう作用したのか魔力の減少で震えていた手がピタリと止まった。行くぞ! 行くぞ! 行くぞ!! 何度も心の中でそう叫ぶがやはり指は動いてくれない。

 クソッ! なんで僕の体はこうも僕の言う事を聞いてくれないんだ。いや、言う事を聞いてくれているのか。僕はやっぱり父さんを撃ちたくないんだ。


「紡! 大きくなったな。中々良い男になったじゃないか。綾那が惚れるのも分かる気がする」


「なっ!? ヴァルハラ! 貴方どさくさに紛れて何を言うのよ!!」


「母さんを。母さんを頼む」


 その言葉は父さんが僕に最後に言った言葉だ。あぁ、そうか。父さんは死んだんだ。やっと理解できた。ようやく理解した。肩の力がスッと抜ける。あれほど重く感じた拳銃が今では手にしっくりと馴染んで重さをほとんど感じない。

 ゆっくりと、確実に、力強く引き金を引く。拳銃から発射された魔力は光の弾丸となって父さんの方に向かって行く。真っすぐと。父さんを殺すために。

 魔弾が当たる瞬間、父さんは僕の方を向いた。仮面を着けているのだが、その顔はとても喜んでいるように僕には見えた。魔弾は父さんを貫き、エルバートを巻き込んで反対側に抜けて行った。

 スローモーションのようにゆっくり倒れる父さんの後に続いてエルバートが覆いかぶさるように倒れると小さい光が蛍のように体から立ち上る。


「父さん……」


 全身の力が抜け跪く僕の耳に金属音が聞こえてきた。そうだ。アルテアはまだ戦っているんだ。父さんの死を無駄にしてはいけない。力の抜けた体を鼓舞して立ち上がる。

 まだ戦いは終わっていない。父さんが体を張って作り出してくれたこの状況、生かさなければ父さんの死が想いが無駄になってしまう。本来ならアルテアの合図があってから使うのだが僕はここで強制命令権インペリウムを使う事にする。



「放て! アルテア!」



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