曖昧模糊 鷹木-3
鷹木の呼びかけにやって来たシルヴェーヌを見て釆原が
鷹木としては考えたくない事だが、釆原も
その事実を知ってしまった鷹木は頭の中がグチャグチャになってしまう。折角仲良くなれた気になる男性が戦わなければならない相手なのだ。その衝撃は計り知れない。
尚も釆原に向かって攻撃するリディアに鷹木はシルヴェーヌに向かって助けるように声を上げると、シルヴェーヌの手が光り輝き、その手には鞭が握られていた。
シルヴェーヌがリディアのレイピアを止めた事で釆原はその場から離れる事に成功した。その様子を確認したシルヴェーヌは自ら鞭をレイピアから解き、鞭を自由にするとリディアに向かって鞭を叩きつける。
屋上に積もった雪をまき散らしながら床に叩きつけられる鞭は、雪で多少音が鈍っているがそれでも十分に乾いた音が渇いた音が鳴り響き、当たってしまえば皮膚が剥がされるような感じがした。
対してリディアの方は鞭を避けながらもレイピアを隙を突いて伸ばして来る。そのスピードはとても鷹木では視認できるものではなく、止まった時に攻撃をしたのだと分かる程度だ。
「その様子からすると貴方はエルフ族の人ね。ハーピーである私には相性が悪いけど、それは種族としてみた場合の話、個人では負ける訳にはいかないわ」
「すぐに種族の優位性がどれほどの物か教えてあげるわ。貴方では絶対に私には勝てないもの」
二人の会話から鷹木は昨日シルヴェーヌから聞いた話を思い出す。確か種族は九つでその一つがハーピーと言っていた気がする。そして種族には優位性があり、精霊族のエルフは亜人族のハーピーには有利だと。
今の戦いを見ただけではとてもそうは感じないのだが、二人とも本気で戦っていないからなのだろうかと鷹木は推測する。
シルヴェーヌとリディアが戦っている隙を突いて釆原が出口に向かって走り出した。できればまだ一緒に居たいという思いと無事に逃げて欲しいという思いが交差する。
「さよなら、釆原君」
鷹木が呟いたのと同時に釆原が無事に屋上から脱出した。鷹木は釆原が居なくなった事で戦いに集中する。シルヴェーヌの戦いを見ていて感じたのは屋上では狭いと言う事とこのままでは下で働いている人たちにも影響が出るかもしれないと言う事だ。
鞭を振るうならもう少し大きな場所の方が良い。そう思った鷹木がシルヴェーヌに合図を送ると、シルヴェーヌは鷹木を抱きかかえ屋上のフェンスをも飛び越え、何もない空に飛び出す。
「きゃあ!!」
急に外に飛び出した事で怖くなった鷹木は思わず可愛い声を上げ、目を瞑ってしまった。暫く感じた浮遊感の後、目を開けるとシルヴェーヌは隣のビルの屋上に着地した。
ワイヤーアクションは少し経験があるが、命綱もなしに宙に浮いた事は初めてだったので鷹木の心臓は今でも激しく動いている。
「凄い。こんな事もできるのね」
今も動悸の治まらない鷹木は自分が居たビルの屋上を見て、本当に飛び移って来たのだと理解した。
ビルの屋上ではストーカーが何やらリディアに向かって言っており、リディアは渋々ストーカーを抱きかかえるとこちらに向かって飛んできた。
鷹木の予想した通り、力を持ったストーカーは鷹木を逃がさないように追ってきた。その様子を見て鷹木は戦いやすい所に移動するようにシルヴェーヌに指示をする。
「シルヴェーヌ、誰も居なさそうな場所に行って。そこで戦いましょう」
シルヴェーヌは頷くと再びビルからジャンプした。シルヴェーヌがビルをジャンプしながら周囲を確認すると大きな川が見え、その河川敷に着地した。
休日には子供がサッカーをやったり、土手沿いをランニングしたりする人がいるが、平日のしかも雪の降った日では河川敷に来ている人は誰も居なかった。
「ここなら広いし、人も来なさそうだからちょうど良いわね」
シルヴェーヌに降ろしてもらった鷹木がこの場所を見て満足そうに頷く。暫くするとストーカーを抱えたリディアが到着し、辺りを警戒しながらストーカーを降ろす。
「邪魔の入らなさそうな良い場所ね。貴方の死に場所はここで良いの?」
リディアが光の中からレイピアを取り出し、感触を確かめるように何度か振るう。しなるレイピアは周りの空気を巻き込みながら雪を巻き上げる。
「えぇ、ここで良いわ。ハーピーを倒すのに文句ない場所だわ」
シルヴェーヌもリディアに応じるように光の中から鞭を取り出すと、一度地面を叩く。レイピアが振るわれた時より多くの雪が舞い上がり、太陽の光を反射し、宝石のように輝く。
枝に積もっていた雪が太陽の熱で下に落ちたのが合図となった。リディアがシルヴェーヌに向かって飛び込んできてレイピアを突き刺す。
それよりも一瞬早くシルヴェーヌは回避をすると、リディアの居る場所に鞭を伸ばす。雪諸共、土を抉った一撃はリディアがジャンプした事によって躱されてしまう。
リディアが空中に逃げるのが分かっていたかのようにシルヴェーヌは手から光の弾を放つ。
同じ光の弾だが、シルヴェーヌの放った光の弾はアルテアやヴァルハラが放ったものよりも威力が高く当たってしまえば無事では済まない。
そんな光の弾をリディアは空中で方向を変えながら回避する。とても人間業とは思えないその回避の仕方はハーピーであるがゆえにできる事だ。
鷹木は今の戦いを瞬きをするのを忘れて見入っていた。実際見えたのはシルヴェーヌが鞭を振るった所と光の弾を放つ所だが、それだけでも十分、人間離れした戦いなのが分かった。
それはストーカーの方も同じようで、今の戦いを見て酷く興奮した様子で手を叩いて喜んでいた。
一瞬の静寂の後、リディアが再び動いた。シルヴェーヌはリディアが近づいて来ないように鞭を振るうが、リディアはわざとレイピアで鞭を受け、鞭をレイピアに巻き付かせる。
シルヴェーヌは鞭をレイピアから解こうとして鞭を引いたタイミングでリディアが一気に距離を詰めてくる。光の弾を放とうにもリディアはすでにシルヴェーヌの目の前まで迫っており、とても間に合わない。
シルヴェーヌの懐に入ったリディアは一気呵成に攻撃を仕掛ける。レイピアをフェイントに使い、回し蹴りでシルヴェーヌの体を吹き飛ばす。シルヴェーヌは何とか両腕でガードはできたが、すべてのダメージを殺す事はできなかった。
鷹木はこの戦いから目を離し、ストーカーの方を見ると、ストーカーは何やらゲーム機のコントローラーを操作するような動きをしている。
どうやら自分がリディアを操作してシルヴェーヌを攻撃しているのを想像しているようだ。だとしたらこれはチャンスではないか。油断をしている相手なら鷹木でも何とか出来るかもと思う。
鷹木の『ギフト』は隠密化だ。少しでも相手の視界から外れてしまえば鷹木の姿は見つける事ができなくなってしまう。
その特性を利用し、鷹木は『ギフト』を使用し、戦いを迂回しながらストーカーに近づいていく。リディアを操作している妄想にふけっているストーカーは隙だらけだ。
鷹木はストーカーの持っていた袋に手を突っ込むと中から包丁を取り出す。以前、襲われた時に紙袋から取り出したのを見ていたため、持っているだろうと予想したのが見事に的中した。
包丁を手にストーカーの後ろに立った鷹木の手は震えていた。今まで自分の意思で相手を傷つけた事がなかったからだ。手が震えてしまっているため包丁を片手で持つことはできなかった。
両手で握った包丁はそれでも震えている。カチカチと音が鳴りそうな奥歯を抑えるので精いっぱいで手の震えを抑える事に気が回らないのだ。
緊張で喉が渇いてしまった鷹木は無意識の内に生唾を飲み込んでしまった。ゴクリと唾を飲む音がしてしまう。いくら隠密化していても音がしてしまえばバレてしまう。ストーカーが鷹木の方に振り返ろうとした時、鷹木は覚悟を決めて包丁をストーカーの背中た突き刺す。
「ガキーン!!」
鷹木が突きさした包丁はストーカーの服に当たると真ん中から折れてしまった。衝撃で手が痺れてしまったが刺さると思った包丁が刺さらなかった事の方が鷹木には衝撃だった。
「えっ、嘘。何で刺さらないの?」
鷹木が目を開いて驚いていると振り向きざまに放ったストーカーの裏拳が鷹木を襲い、鷹木は雪の上を滑って倒れてしまった。
左の頬が腫れ上がり手で押さえても中々痛みは引いてくれない。そんな鷹木を見てストーカーは口角を上げる。
「ぼ、僕の、僕の、『ギフト』は、ぶ、物質のこ、硬、硬化なんだ。シャ、シャ、シャツを硬化しておけば、ほ、ほ、包丁なんて、き、き、効かない」
鷹木は自分が『ギフト』を使えることで安心してしまって、ストーカーが同じように『ギフト』を使えることを考慮に入れていなかった。
相手も『ギフト』を使えることを知らなかったので仕方がないではとても済まされないミスだ。、もう少し冷静に行動していればと鷹木は後悔する。
「あーちんが、あーちんが、す、す、好きだから、こ、こ、このままバラバラにして、も、も、持って、持って帰ろう」
ストーカーは紙袋から新しい包丁を取り出し、鷹木の方に近寄ってくる。どうやら発言から察するに鷹木の体を分解し、小さくした所で自分の家に持って帰ろうとしているようだ。
そんな事をして何が嬉しいのか鷹木には分からないが、自分を殺そうとしているのだけは分かる。
「変態!! 私の体をバラバラにして楽しいの? 近寄らないで!!」
「ば、ば、バラバラにすれば、ず、ず、ずっとあーちんと、い、い、一緒に、一緒に居られる。ぼ、僕だけ、僕だけのあーちんになるんだ」
普段なら大きな声を上げれば怯むはずだが、ストーカーは一歩鷹木の方に踏み出してくる。鷹木は後退しながらも雪をぶつけるが、ストーカーは気にする様子もなく鷹木の方に近寄ってくる。
ストーカーのあまりの不気味さに後退していた足が縺れ、鷹木はその場に尻餅をついてしまう。ストーカーは鷹木の前まで来ると大きく包丁を振り上げた。
もう駄目だと思い、目を瞑った瞬間、鷹木は浮遊感を感じる。目を開けると鷹木は宙を飛んでいた。宙を飛んだ鷹木はストーカーから離れ、シルヴェーヌに受け止められた。
「大丈夫ですか。愛花音。危ないのであまり動き回らない方が良い」
どうやら鷹木は包丁を振り下ろされた瞬間、シルヴェーヌの鞭に絡められ、ここまで引っ張られてきたようだ。シルヴェーヌが攻撃の意思を持っていれば鷹木の皮膚はボロボロになっていたのだろうが、優しく絡みついた鞭は鷹木の体に傷をつける事はなかった。
九死に一生を得た鷹木は心臓が激しく動き、呼吸も荒くなっている。だが、そのおかげで左頬の痛みは感じなくなっていた。
「あ、ありがとう。助かった……助かったわ」
途切れ途切れになりながらもシルヴェーヌにお礼を言う。
――怖かった。死ぬかと思った。
鷹木の正直な感想だ。以前動物園で感じた恐怖よりもさらに死に近い恐怖に鷹木の体は震えが止まらなかった。
ファンとしての思いが暴走してストーカーをしているだけだと思っていたが、実際は鷹木をバラバラにして自分の家に持って帰ろうとしていたのだ。そんな恐怖は鷹木は感じた事がなかった。
シルヴェーヌに助けられ、少し安心した所で鷹木の目からは涙が溢れてきた。悲しい訳でもないのに流れてくる涙に鷹木は驚いた。
「り、り、りんりん! ど、ど、どうしてちゃんと、あ、あ、あいつを、あいつを止めておかないんだ!」
鷹木を手に入れるチャンスを逃してしまったストーカーはリディアに駄々をこねるように文句を言う。
両手をばたつかせ、地団駄を踏む姿は幼い子供が母親からお菓子とかを買ってもらえなかった時に抗議をする姿とそっくりだ。そんなストーカの姿にリディアは母親のように溜息を吐く。
「無茶を言わないでくれ。私だってエルフの相手をするのに手一杯なんだ」
リディアはストーカーの趣味に付き合う気はなく、
何時までもストーカーの相手をしていても仕方がないと思い、リディアはシルヴェーヌの方を向く。
「思わぬ所で戦いが止まってしまったな。準備は良いか?」
リディアがレイピアを再び構えいつでも戦いを始められる態勢を取る。それに応じ、シルヴェーヌは鷹木を後ろに下がらせると鞭を一度地面に叩きつける。
「わざわざ断る必要はありません。いつでもかかって来なさい。準備はできています」
リディアが口角を上げると、再び雪を蹴ってシルヴェーヌに向かってレイピアを突き出してきた。
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