3章
思いがけない訪問者
今日は海猫亭の定休日。
ラルベルは何もない休日の過ごし方を考えあぐねていた。
「う~ん……」
部屋の中にラルベルの唸り声が響く。
「う~ん…………」
またも唸り声。
――暇だ。
買い物は特にないし、おやつも買ってきてある。マルタさんにも手伝うことは特にないといわれたし、ダンベルトさんは今日は他の町に行っていていないし。
気づけば仕事人間と化していたラルベルである。このままでは不毛にお休みが終わってしまう、とすくっと立ち上がり部屋を出る。
とりあえず町にでよう。
そう考えて、ふらふらとあちらこちらの店をのぞいたり知り合いと立ち話をしたりと、気ままに町を散策するラルベル。
ちょうど海猫亭の近くを通りがかったので、誰もいないだろうと思いつつも少し立ち寄ってみると、そこには中をうかがうようにしきりにのぞき込んでいる一人の男の姿。
――こんな真っ昼間に、まさか泥棒……?
次の瞬間、あんぐりと口を開けて固まるラルベル。
「ジョルアおじさんっ?!ここで何してるの?」
思わず大きな声を出すラルベルに、その人物はあごの下の肉をたぷんたぷんと揺らしながら、ふぁはっはっはっ!と懐かしい朗らかな声で笑う。
「いやぁ、ラルベル!会えてよかった。お前がここで働いてるって聞いてやってきたんだが、まさか休みとはなぁ。元気か?ん?」
ジョルアはついこの間まで同じ集落で暮らしていたヴァンパイアの一人である。ヴァンパイアは血のつながりは関係なく集落の仲間全員が、家族のように助け合いながら暮らしている。そのため全員が親代わりであり、親戚であり、家族である。
ジョルアもその一人。
ジョルアはちょっぴり寂しい頭をさすさすとなでながら、相変わらずの笑顔でにこにこと経緯を話してくれた。
それによると、ラルベルを心配し仲間たちが行方を捜しに行こうとなったらしいのだが、いくつかの町をあたっても見つからない。それで、少し離れた大きな町であるここにたどり着いたのだという。
そこで聞いた、最近町にやってきたという大食いの小柄な少女が、町一番の大きな料理屋で働いているという噂。
「大食いと聞いて、まぁ間違いないとは思ったんだけどねぇ。前よりも元気そうで安心したよ」
「心配かけちゃってごめんね。でも会えて嬉しいよ。……あ!良かったら私の部屋にくる?積もる話もたくさんあるし。外じゃ、ちょっと、ね」
まさか町中で、ヴァンパイアの話をするわけにはいかないしね。
仲良く並んでラルベルの下宿へと向かう中年の男とラルベルの姿。
それを向かいの通りからみていた者がいた。
――あれ、団長のお気に入りのラルベルちゃんだよなぁ。一緒にいるのは誰だろう。みたことのない顔だなぁ。
一応ダンベルトに知らせておくかと、記憶にとどめる部下である。
何せ、ラルベルの下宿先のある三番通りと海猫亭の周辺は、団長命令で重点警備箇所といわれているのだ。そのため、日に数度の巡回は欠かさないし、団長はラルベルの動向も大体把握しているんじゃないかな、と思われる。
その団長の様子に、最近ではちらほらとストーカー?とか心配する声も聞こえてはくるが、まぁ十七歳の少女が知り合いも保護者もいない町で暮らすとなれば、心配するのもわからなくはない。
――まぁ、保護者でもない独身の団長がそれをするのはどうかとは思うんだけど。自覚がないんだな、あれは。
どこまでも奥手で自分を突き動かしているのが特別な感情であることに、本人だけが気づいていない。部下たちをはじめ町の者たちは、いつになったら自覚するのかとやきもきしているところではある。
とはいえ、自分は一介の部下である。差し出がましい真似は控えるべきだし、自分だってそういった経験はほぼ皆無の若造だ。
うん、と頷いてラルベルの背中を見送り、巡回を続ける部下であった。
「みんな元気そうで良かった。ロルは相変わらず?」
ジョルアによると集落のみんなは変わらず元気にやっているようだ。
みなでラルベルの話をしてはちゃんと食べているかとか、誰かにかどわかされていないかとか心配してくれていたらしい。
急に思い立って集落を出てしまい、大切な仲間たちに心配をかけてしまったことを大いに反省するラルベルである。
幼馴染みのロルは、小さい時からラルベルとはちょっと違う方向に変わった子どもだった。
大体のヴァンパイアは森の奥深くに住んでいるから、生き血はそこに住まう動物たちから分けてもらって生きている。一度にたくさんの血を抜いてしまうと動物の命にも関わる。動物がいなくなればヴァンパイアたちも食料を失うことになるのだから、決して命に関わる量を抜いたりしない。
動物たちから血を一度にほんの少しだけわけてもらい、その代わりに木の実や水などの動物たちにとって必要不可欠な食料などをとってきてやるのだ。
そして一度血をもらったらしばらくは同じ個体からはいただかないなど、各自ルールを作ってうまく共存している。
だから動物たちもヴァンパイアたちを恐れないし、ヴァンパイアたちも動物と森を大事にする。必要なものを必要な時に少しだけいただいて、つましく生きているのだ。
人間の生き血が好きなヴァンパイアたちももちろんいるけど、仲間たちからは歓迎されない。どうしたって人間と揉め事につながりやすいから。
別にヴァンパイアに血を吸われても、吸われたものがヴァンパイア化するなんてことは起こらない。ちょっと貧血になるだけで、牙の傷跡だって小さく虫刺され程度の跡が少しの間残るだけだ。
でも気味悪がられるし、怖がられるから、極力人間には近づかないようにしている。
その方がお互いのためだからって。
ロルは、ヴァンパイアのなかでも特に動物と仲がいい。
まだ歩き出したばかりの小さいうちから森に一人で分け入っては、一人で動物から生き血を分けてもらい誰の手も借りずに自給することを覚えた。森のどこに何が生息していて、どの動物がどこを縄張りにしているとかもよく知っていた。
「どうやって覚えたのかって?そんなの動物に聞きゃあいいだろ。あいつらは俺たちなんかよりずっと森のことを分かってるし、俺たちのことも理解してるよ」
不思議がる仲間たちに、なんでそんなことを聞くんだ?と言わんばかりによく答えていたっけ。
「そっかぁ……。みんな元気そうで安心したよ。あとでみんなにおみやげ買いにいくから付き合ってね。あと手紙も書くからロルに渡してくれる?一応たった一人の幼馴染みだしさ」
ラルベルとロルは、あまり多くの子孫を残さない種であるヴァンパイアにとっては珍しく、同じ年に生まれた子どもだ。そのせいもあってあの集落ではみんなが自分の子のように二人を育ててくれた。
深く立ち込めるむせ返るような森の匂いや、昼間でも薄暗く、でも木漏れ日が穏やかに差し込む光景を懐かしく思い出す。
――ついこの前まであの森にいたんだけどな。
気づけばすっかりこの町の住人になっている。こうしてみんな自分の居場所や生きる場所を作っていくのかな。
そんなことを思いつつ、ジョルアとの邂逅を温めるラルベルだった。
その後ジョルアは、ラルベルに渡されたずっしりと重いおみやげ袋を背負って、ポケットにはみんなとロル宛ての二通の手紙を持って、森へと帰っていった。
ほんの少しホームシックな気持ちに浸るラルベル。
その日の夜、詰所ではダンベルトが一人百面相をしていた。
「ラルベルが知らない男と一緒に……。親なのか親戚なのか。確かめるべきだろうか……いや、しかし」
隣の町へ定期巡回に出かけて帰ってきたところに部下から報告を受けて、衝撃を受けたダンベルト。
ラルベルに親し気に話しかける見知らぬ男。町の住人であれば部下が顔を知っているはずだし、通りがかりの者ならそんなに親しげなわけもない。
ぶつぶつと夜の暗い詰所の片隅でつぶやく、気味の悪い町のヒーロー、第二師団団長であった。
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