恋する偏食ヴァンパイア

あゆみノワ(旧nowa) 書籍化進行中

1章

ヴァンパイア少女、旅に出る




 ラルベルは困っていた。

 それこそ死活問題レベルで困っていた。


「食べるものが、……ない」


 ぼそっとラルベルはつぶやいた。ひとりきりの部屋にそのつぶやきを聞くものはいない。


「おなかすいた……うぅっ…」


 さきほどから賑やかに大合唱しているおなかをなでなでしつつ、ラルベルはテーブルの上に突っ伏した。いっそのこと省エネとばかりにふて寝してしまおうかと、うとうとし始めた時。

 どこからかふわっと漂う香りに、ラルベルはがばっと勢いよく身を起こした。


 くんくん、くんくん。この匂いは……!


 ラルベルの家の玄関に立っていたのは、幼馴染のロル。

 その手元から漂う、カラメルのような香ばしさと甘酸っぱさがあわさった華やかな香りに、ラルベルの口からよだれが垂れる。


「どうせ腹すかせてるんだろうとは思っていたが……。おい、よだれ。テーブルに垂れてるぞ」

「この匂い、焼き林檎でしょっ?」


 聞きなれたぶっきらぼうな声がラルベルに向けられる。

 呆れ顔でまだあたたかい皿を差し出すロル。ラルベルは瞳を輝かせ、がっつくように皿に顔を寄せる。


 ゴクリ、と喉をならしてナイフとフォークを手にとると、さっそくまだほのかにあたたかさを残している林檎の真ん中にナイフを差し入れる。

 中心部はシャクっと瑞々しい音。表面はトロリ。表面にかけられた砂糖がカリッと香ばしく飴状に固まって、切り口からはジューシーな果汁があふれ出て……。


「……いっただっきま~す!」


 大きく開けた口に、一口サイズに切り分けた焼き林檎を、ぱくりと放り込む。


 口の中いっぱいにじゅわっと広がる果汁、しゃくっとした爽やかな食感と、じっくり火を通されたやわらかい果肉の食感が交互にやってくる。じゅわっ、しゃくっ、トロリのコラボレーションに蕩けそう。


 部屋の壁によりかかりながら、腕を組んだロルが自慢げにふふん、と鼻を鳴らす。


「そろそろ干上がってる頃かと思って持ってきてやったんだ。幼馴染の優しさに感謝しろよ?」

「ん、んぐ……ありがと~!一昨日からパン一個と水しか食べてなくて死ぬかと思ったよ、ほんと」


 今回ばかりは、続く悪天候のせいで近くの町に食料調達にいけなくてもうだめかと思っていた。


 くりくりとした明るい茶色のくせっ毛に茶色の瞳をしたロルは、ラルベルと同い年の少年だ。見た感じは爽やかでかわいい感じの容貌をしている。見た目だけは、ね。性格はまぁちょっと口が悪くて、飄々とした態度がなんとも……。血はつながってないけど兄妹といった関係だろうか。


「これ、どうしたの?」


 このあたりの森には林檎の木は生えていないし、ここのところの悪天候で町へも行けなかったはずだ。

 ロルはどこで林檎を調達したんだろう?

 もし他にもあるならちょっぴり分けてくれないかな~なんて思いつつ、尋ねる。


「残念ながら、それが最後の一個だよ」


 ――なんでわかったんだ……。


「お前の考えてることなんてわかるに決まってんだろ。にしてもお前もほんとまさかの偏食、いや。悪食だよなぁ。いくら人間とヴァ…」

 

 キッ、とにらみつけるラルベルである。

 悪食とはなんだ。失礼な。まだ偏食のほうがましだ。しかも好きで偏食なわけじゃない。


「おばさんたち、まだ帰って来ないんだっけ。もう二年だっけ?」

「三年と半年だよ。娘一人放ったらかして『ちょっと二人で旅に行ってくるね~!』とか、ほんとありえない」


 憮然とした顔で握りしめた拳を、テーブルにドンッと勢いよく叩きつける。


「まぁ、俺たちにとっては集落全員で子どもを面倒みるのが普通だからな。珍しくもないだろ。ま、お前の場合は事情が事情だけによく置いてったとは思うけどな」


 そりゃそうだけど、と口をとがらせるラルベル。


「天気も回復したし、もう町に買い出しに行けるだろ。愚痴愚痴いってないで、諦めな。悪食」


 ニヤッと意地悪くまたもや悪食呼ばわりをするロルに、ラルベルは頬を膨らませる。



 なぜロルが、私を悪食呼ばわりするのかというと。

 私がとある特別な種族であり、その種族ならば生きる糧として摂取するのが当たり前なあるものを苦手としているからである。


 実はラルベルはヴァンパイアである。だが生粋のヴァンパイアではない。

 母親がヴァンパイア、父親が人間という両親から生まれた一粒種だ。その両親は、数年前から一粒種を放ったらかして夫婦で長い旅に出ていったきり帰ってこない。

 ロルもまた同族で、こちらは純血ヴァンパイア。


 そして、ヴァンパイアの糧はご存じの通り、生き血である。

 生き血は別に人間でなくても構わない。性別も、他の動物でも、生きている体から摂取できるのなら何でもいいのだ。処女の血が~とか言われたりするが、それはただの好みの問題だ。ある意味、性癖的な?若い鹿の血がいいという者もいれば、老人のものが味わい深くておいしい、という者もいる。

 好みはみんなそれぞれだ。



 そう、生き血――。実は、ラルベルは生き血が大の苦手なのである。

 しかしラルベルも半分はヴァンパイア。ヴァンパイアにとって生き血は、生きていくために必要な栄養である。

 が、ここでもう一度言おう。ラルベルは、ヴァンパイアと人間のハーフである。半分は人間なのだ。


「でもお前、血以外からも栄養を摂取できる体質でほんと良かったな。じゃなきゃ、血が飲めないヴァンパイアとか」



 ラルベルがはじめて生き血を口にしたのは、三歳の時。両親が見守る中、生き血とミルクで割った調整血を口にしたラルベル。吸い口からあふれ出る、イチゴミルク色の液体。口に広がるなんともいえない鉄臭さを感じるしょっぱさ。そしてちょっぴり甘ったるい草のような匂い。


 ………………………………………。

 フギャアァァァァ~~~~!!!!


 少しの間をおいてからの。


 ……ウッ!!!!

 ドバーッ!!!!


 映像はあえて自粛で。



 その絶叫のような泣き声は、集落の隅々にまで響き渡った。

 ラルベルは、人生はじめての生き血を全力で、もう断固として拒否したのであった。


 それ以降、両親も集落の仲間たちも一丸となって、生き血の性別や年齢、ブレンド具合を変えてみたりと、ラルベルの生き血デビューを見守った。が、結果は惨敗であった。


 ――ラルベルは、血を受け付けない特異体質のヴァンパイアだったのである。


 こうして人間とヴァンパイアのハーフ、ラルベルは生き血を一切飲まない人生を送ることとなる。



 ではどうやって生きているのかというと、それはもちろん人間の食べ物である。肉とか野菜とか、スイーツとかスイーツとかスイーツとか。世の中には、たくさんのおいしい食べ物が満ち溢れている。しかもそれらは随時更新され、次々と誕生し続けているのだ!


 なんという至福!


 本来ならば生き血からしか栄養を摂れないはずのヴァンパイアが、人間の血をひいているおかげで人間の食べ物から栄養を摂取することができるのだ。


 だが、悲しいかな。

 ここは、ヴァンパイアのヴァンパイアによるヴァンパイアのための集落。


 ここには、人間の食べ物はない。一本の林檎の木さえ。嫌血家であるラルベル以外のヴァンパイアには、人間の食べ物など必要ないのだから。

 よって、ラルベルは飢えているのである。時折人間界の町で食料を調達する以外には、生き延びる術などないのだった。


 ラルベルは、限界だった。


 おなか一杯食べたい。残りの備蓄に怯えながら、天候悪化による飢えに耐えながら暮らす生活には、もう限界を感じていた。

 そして、これからこの集落にも寒く閉ざされた冬が訪れる。



 ラルベルは決意した。


「ロル!私決めた。ここを出て、人間の町で暮らす!今すぐに!!」


 ヴァンパイア嫌血家ラルベル。


 ――十七歳の秋であった。



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