OLとJD
麻(asa)
終電間近の車内には、アルコールのにおいが漂っていた。
ハンカチを鼻の下にあてながら、かろうじてひとつ空いていた席に腰を下ろす。酒を受け付けない体質の私は、酔っぱらいの呼気を嗅ぐだけでも気分が悪くなるのだけれど、今の時期は仕方がない。とりあえず、両脇のサラリーマンは酒を飲んではいないようで、少し安心した。
目を閉じると、先週参加した会社の忘年会のことが頭に浮かんでくる。彼女の寿退社が発表されたあの日、貸切の居酒屋は一気にお祝いムードになった。小柄でやわらかい雰囲気なのに仕事に熱くて、そういうところがひそかな人気だった。
彼女と個人的な接点を持ちたい何人もの男性社員が、同じ部署の私に声をかけてきたけれど、そのたびにやんわりと受け流してきた。それは仕事の後輩である彼女を守りたいとか、そんな真っ当な理由ではなくて、彼らと同じ欲求が自分の中にもあることを分かっていて、それを認めたくなかったから。
照れと酔いで頬を赤らめながら笑う彼女を、遠くの席から眺めながら、私は初めてそのことに気がついたのだ。
少し居眠りをして目を覚ますと、電車の中はすっかり空いていた。いつの間に乗ってきたのか、大学生らしき女の子が目の前の席に座っている。目を引いたのは、その濃い化粧でも短いスカートでもない。彼女がぐびぐびとあおっている、安くて度数が高いと有名なチューハイのロング缶だ。
呆気にとられていると、彼女は空になったその缶を、座席の下にひょいと置いた。ああ、あれ、見たことある。公共の場にナチュラルに放置されているゴミ。実際に誰かがやってるところ見るの、初めてだけど。
次の到着駅のアナウンスが流れ、彼女はふらふらと立ち上がる。電車が止まり、扉が開く。その瞬間、私は立ち上がって空き缶をつかみ、ホームに降りた彼女の肩を叩いていた。
「あの。忘れ物ですよ」
「えっ」
振り返った顔に、ぎょっとした。泣いている。めちゃくちゃに泣いている。アイラインもマスカラもにじんで広がって、ひどいことになっている。
ひとこと注意しようと思っていたのだけれど、何も言えなくなってしまった。黙って空き缶を差し出すと、崩れた目元からさらに涙があふれだす。周囲からの視線が痛い。
なんだ。これじゃまるで、私が泣かせたみたいじゃないか。
泣き止まない彼女をホームの椅子に座らせ、自販機でミネラルウォーターを買う。
またいい人ぶってるなあ、私、と、私の中の誰かが言う。本当に言いたいことも、やりたいことも見ないふりして、押し込めて、腐らせて。
ペットボトルを手渡すと、
「ありがと。おねえさん、いい人だね」
と、彼女は少し笑った。化粧はぐちゃぐちゃだけど、それがなんだか可愛らしくて、私もつられて笑った。そして、彼女がいいと言うなら、泣いていた理由について聞きたい。どこかのファミレスで、ココアでも飲みながら。そう思ったのだった。
OLとJD 麻(asa) @o_yuri_san
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