女子高生はチャター・ボックス

九谷康夫

第1話

 「PCエンジンミニが出るらしいね」

 部長がわたしに向かって話しかけた。

 ここは、ある女子高の推理小説研究会の部室だ。たいていの2010年代の女子高生は「PCエンジン」という話題に食いつかないのだが、そうするとこの話は成り立たない。

 「そうらしいですね、まあわたしはメガドライブ派ですけど」

 「さすがだな、『細かい設定にツッコミを入れてはいけない』という公野〇子先

 生イズムを守っているとは」

 部長は微笑んで、

 「そう、公〇先生の話題になったのはちょうどよかった。―あれはもともとPCエ

 ンジンの雑誌だから」

 部長は部室の中央に進み出て―というと大げさになる、部室といっても8畳しかなく、机と壁際の本棚でいっぱいなのだから―

 「PCエンジンというゲーム機が、ある戦前の作家の見た夢、いや、理想の果てに

 出てきたとしたらどうだろうか」

 と語りはじめた。部長はときどきこんなふうに自分の妄想めいたことを話すときがある。それなりに資料はあるらしいので、かえって面倒なのだ。

 「戦前に、蘭郁二郎という探偵小説家がいた。初期は乱歩の影響下にあるよう

 な、怪奇幻想的な短編を書き、途中から子供向けの空想科学探偵小説へ転向し

 た」

 そこで部長は本を何冊か取り出し、そのうち一冊をわたしに示した。ずいぶん古い本だ。桃源社「地底大陸」とある。

 「なにしろ半世紀も前の本だからね。後期の代表作は表題作の『地底大陸』だろ

 う。地底には絶滅したはずの恐竜が棲んでいる、という設定になっている。そこ

 で主人公と地底の王がソ連軍と戦う、という内容だ。なおソ連軍の首領は、むく

 つけき男どもをアゴで使い、地底王国のロボットを奪って世界征服を企む美少女

 アイリーナ。地底の王の妹も出てくるけれど、敵のほうがキャラとしてはいい」

 「地底に恐竜って、ドラえ〇んの映画にありましたね」

 「作者は戦前に海野十三の本が好きだった、言っているからね。蘭郁二郎も海野

 に次ぐ人気作家だったから、読んでいても不思議ではない。あいにくそっちのほ

 うは詳しくないけれど」

 「おっと、蘭郁二郎の話だった―今の話にも出たが、蘭という人は未来のオタク

 心理をわかっていたのか、美少女が出てくるものが多い。初期では『蝕眠譜』か

 な。ずっと眠らずにいると美しい彼女に会える、と語る男の話だ。これはこっち

 の本に入っている。ちくま文庫の『蘭郁二郎集』だ。『涼宮ハルヒの憂鬱』『撲

 殺天使ドクロちゃん』『しにがみのバラッド』といったあたりの作品と同じく平

 成25年6月刊行なのも面白い偶然だ。もう手に入らないが、作品自体はネットの青

 空文庫で読める」

 「他にも、主人公が道端で美少女ロボットに出会う『脳波操縦士』や植物を遺伝

 子改造した美少女たちが登場する『植物人間』。『白金神経の少女』も美少女ロ

 ボットもの。作中のエピソードとまったく同じことが『この世の果てで愛を唄う

 少女YU-NO』にも出てくる。『白金ー』は93年に出た、国書刊行会『火星の魔術

 師』にも収録されているから、『YU-NO』の作者・(故)剣乃ゆきひろが読んでい

 ても不思議じゃないーおっと、『夢鬼』も忘れてはいけない。醜い少年と、彼を

 いじめてみせる少女―このへんも青空文庫で読める」

 「植物から女の子を造るのは、手塚治虫もやっていませんでしたか」

 「そこだよ」

 部長は嬉しそうに、わたしに向かって両手を広げた。

 「手塚治虫の『ロストワールド』だな。でも蘭は戦前だから、もっと早い。『植

 物人間』の少女は全員同じ顔という設定でー」

 「今度は『センチメンタルグラフィティ』ですか」

 わたしが返す。むろん、2010年代の女子高生は『センチメンタルグラフィティ』な

 んて知らない、というツッコミを入れてはいけない。

 「『センチ』といえば、流行っていたときに三一書房から出た『センチメンタル

 グラフィティ完全攻略』が、12人のヒロインたちはクローン人間だったんじゃな

 いかという解釈をしていて、面白かった」

 部長はやっと本題に入れる、思ったのか、ひときわ調子を上げた。まあ聴衆はわたししかいないので、あくまで、わたしに聞こえる程度だ。

 「さて『センチメンタルグラフィティ』はNECインターチャネル開発。PCエンジ

 ンもNEC。90年代にエロゲーがたくさん出たけれど、NECのPC-9801なんてパソ

 コンがメジャーだった。どれもNECという会社がかかわっている。まあパソコン

 があってPCエンジンなど家庭用のハードに移植されたり、『センチ』のような家

 庭用オリジナルのギャルゲーが発売される、というのが本来の順序だ」

 「あれ、蘭郁二郎の話はいいんですか」

 「そこなんだ。蘭郁二郎は大正2年東京生まれ。東京高等工業学校在学中に短編

 『息を止める男』が乱歩に認められている。このときまで10代だった。そして昭

 和8年、日本電気株式会社に入社している。―現在のNECだ」

 「そこでようやくつながるわけですね」

 「そう。まあ蘭自身は病気になり、半年で退社しているけれど。その代わりに空想

 科学探偵小説を書くことになったわけだ」

 わたしは先輩が渡してくれた本をめくっているうち、蘭郁二郎がわずか31歳で亡くなったという記述を見つけた。

 「部長をそれほど熱くさせた人が、ずいぶん早く亡くなったんですね。生きてい

 ればどんなにすごい作家になったんでしょうか」

 「そう、実に惜しい。でもまあ、地上を美少女があふれる世界にしたい―かどう

 かははっきりしないけど―蘭郁二郎の思ったことは、二次元だけにしろある程度

 実現されたのではないかな。本人というより、NECという会社を通じてだけれど

 も―『シスタープリンセス』『ラブライブ』が連載された電撃G'sマガジンは、も

 ともとPCエンジンの雑誌だったからね」

 「そういえば部長、『シスプリ』にも話すことがあるとか言ってませんでしたっ

 け」

 「それはまた今度にしよう、今日はまあ、PCエンジンを通じて、蘭郁二郎をしの

 ぶことにする」

 そう言って部長はカバンからPCエンジン本体を取り出すと、部室にあったテレビ

―もはやテレビ放送が映らない、ブラウン管のやつだ―につないだ。

 「部長の言ったこともまあ面白いですけど、やっぱり半年しかいなかった人が半世

 紀以上後のことに影響を及ぼすことはできないんじゃないですか」

 「それはまあそうだろう。世の中にはなかなか面白い偶然もある、くらいに解釈

 してくれてかまわない」

 「でもこれはどうだい、まるで蘭郁二郎という人をたたえるように思えないだろ

 うか。―PCエンジンでは、STARTボタンじゃないんだよ、ここは」

 部長は持っていたパッドの一部を示した。

 

 ―RUN。




参考文献

「地底大陸」            蘭郁二郎 桃源社

「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集」 蘭郁二郎 筑摩書房

「電波男」             本田透 三才ブックス



 

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