第二二四編 お役御免


 つまらない修了式で校長のつまらない長話と生活指導担当教師による〝正しい春休みの過ごし方〟を聞かされた後、俺はさっさと体育館を出た。

 分かっていたことだが、始業式やら終業式やら修了式やらは本当に無駄だと思わされる。なにが「初春はつはる学園の生徒として模範的な振る舞いを~」だ。なにが「春休みだからといって勉学を怠るな~」だ。そんな形式ばったことを伝えたいだけなら、同じ内容のプリントをって配れば五秒で事足りるだろうに。

 こんなことのために寒い中登校してきたのかと思うと泣けてくる。……なんか俺、この手の式がある度に同じ事を考えてる気がするな。


 ともあれ二階建て体育館の階段を下り、食堂脇を抜けて教室へ戻る。するとその途中、教室棟とは明らかに別方向へと歩いていく女子の背中が見えた。


「(七海ななみ、か……?)」


 どこへ行くんだろう、と考えかけて俺はすぐに彼女の意図を察した。おそらく他人ひと嫌いの七海は一斉に教室へ戻ろうとする生徒たちの群れを嫌い、たとえ遠回りでも人の少ないルートを選んだということだろう。たしかにあちらから教室棟へ行くには非常階段と文化部棟を経由せねばならないので、他の生徒はまず間違いなくいないと思われるが……しかしあいつ、本当に筋金入りだよなあ……。


「(初めて会ったときからなんも変わってねえ……多分、真太郎しんたろうの評価だって)」


 七海未来みくによる久世くせ真太郎評は「特別嫌いではないが目立つから近寄ってほしくはない」である。学校や街中で真太郎に話し掛けられれば超睨むが、平日の〝甘色あまいろ〟や勉強会の時のような第三者の目がない場面なら彼らは普通に接することが出来ていた。

 それはきっと、今も同じなのだろう。七海が真太郎の告白を受け入れなかったのは彼のことが嫌いとかそういう理由ではない、ということだ。


「……まあだからって、フラれた現実はなにも変わんねえんだけどな……」

「誰がフラれたって?」

「うおおっ!? か、金山かねやま!?」


 背後からぬっと現れた悪魔ギャルに、俺はビクーッと肩を跳ねさせる。


「て、テメェはどうして毎度毎度背後からいきなり声掛けてくんだよ!?」

「あんたが毎度毎度棒立ちしながらぼそぼそ独り言なんか言ってるからだろ。……? あれ、アレ七海未来じゃん。……え、なに、あんたあの子にフラれたわけ?」

「なんでそうなるんだよ。俺はイロモノより王道が好きなんだ。顔だけ超美形の毒舌女とか、ギャルギャルしくて人間っぽい悪魔みたいのには興味ねえ」

「今さらっと私のことまでフッた? というかせめて『悪魔っぽい人間』って言えよ。あんたの言い方だと本質が悪魔になるだろ」

「え? だってお前って純然たる悪魔だろ?」

「純然たる人間だよ。……で、なんであのお嬢様の背中なんか見つめてたのさ? 言っとくけど視線だけでもセクハラになることはあるからね?」

「性的な目で見てたんじゃねえわ。お前俺のことなんだと思ってんだよ」

「〝彼女居ない歴=年齢で性欲を持て余した地味男(バカ)〟」

「なにその取り柄ゼロの存在」


 しかもその印象、おおよそ事実だけで構成されているというのが最悪だ。……やべえ、なんだか途端に将来が不安になってきた。人の恋路をどうにかしようとしておきながら自分は生涯彼女の一人も出来ないなんて笑い話にもならない。俺は一人っ子なので、もしかしたら小野おの家の血は俺の代で途絶えるのでは……?

 俺がリアルな危機感を抱いて震えていると、隣のギャルはそっと呟くように言った。


「――桃華、もう覚悟決めたってさ」

「!」


 聞いた瞬間、俺の思考回路から雑念が綺麗に消え失せる。


「今日の放課後、折を見て告白するつもりみたい。緊張はしてたけど、思ったよりずっと平静だよ。『真太郎くんにはまっすぐぶつかりたい』って、ろくに化粧もしてきてない」

「……そりゃ重畳ちょうじょうだ。勉強会の時は汗で化粧が流れてバケモンみたいになってたからな」

「……」


 茶化すように言った俺に金山はなんの反応も示さず、代わりのようにふう、と白い息をついた。


「……私、後悔はしてないから」

「? なんのだよ?」

「――小野あんたじゃなく、桃華の恋を応援したこと」

「……は? な、なんだそれ?」


 当たり前のことを言う悪魔ギャルに疑問符をぶつけるも、彼女は言いたいことだけ言っておきながらそれには答えようとはせず。

 ただ静かに、まだ降り止まない雪の空を見上げてぼそりと呟く。


「……ありがと」

「!」


 突然礼を言った金山の顔を思わず見やるが、彼女はやはり空を見上げたままの姿勢で続ける。


「あの子は――桃華は強いけど、でもあんたが居なかったらあんなに強くなれてなかった。あんたが居なかったらきっと今でも教室まで久世の姿を見に行って……それで終わってたと思う。あんたと同じように――告白に踏み切ることなんて出来ないまま」

「……」

「告白が成功してもしなくても、今日であんたはお役御免だ。今朝も言った通り、私はあの子の告白が上手くいくとは思ってないけど……だけどそれでも、ありがとう。あの子の――桃華の味方で居てくれて」


 そこに皮肉や当て擦りの意味合いは微塵も含まれていなかった。この悪魔ギャルは――いや、金山やよいは、本気で俺のことをねぎらってくれている。


「……やめてくれ。俺は――俺は、誰かに感謝して貰うためにこんなことをしてきたわけじゃない」

「……そっか」


 弱々しく微笑んだ彼女は、そのまま俺に背中を向けた。


「桃華の方は、全部私に任せてよ。いいとこ取りみたいで悪いけど、ここまで来たらあんたはもう動けないんでしょ?」

「……ああ、そうだな」


 桃華にだけは、俺が今までしてきたことをバラすわけにはいかない。俺は、彼女の前でだけは〝なにも知らない〟ていで居なければならない。そうでなくとも、後は桃華が自分の意思で言葉を告げるだけだ。俺の出る幕なんてあるはずもない。

 まだ出来ることがあるとすれば、それこそ告白後に彼らの関係をなるべく良好な形で維持するという俺個人の目的を果たすことだけだ。は、もうなにもない。


「それじゃ――お疲れ様」

「ああ、そっちも」


 短く言葉を交わして、金山は教室棟の方へと戻っていく。ホームルームがはじまる時間も近い。俺も早く戻らねば。

 ……。


「……『お疲れ様』、か」


 ――それを言って貰う資格が、果たして俺にあるものか。

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