第二二五編 無資格
★
学年末試験の返却と春休みの課題、そして成績通知表を渡され、俺の
「(天才どもが協力してくれたお陰で、思ってたより良かったな……)」
遊園地行きたさもありたぶん今年一番頑張ったであろう試験結果はなかなかの好成績――あくまで俺基準――だった。
俺はいつもなら雑にノートに挟んだりしがちな解答用紙を綺麗にファイリングして鞄に突っ込んだ。普段から七海に「テストの点数で人間性までは測れねえんだよ。ソースはお前」などと
「じゃあな、
「来〝月〟な」
数少ない級友たちに別れを告げ、一年三組の教室を出る。忘れ物はない。きっともうこの教室に来ることはないだろう。下手をしたら一生という単位で。
一年間ほぼ毎日足を運んだ場所なのに、定められた時期が来たらそれっきり二度と訪れなくなってしまう。……当然のことだとは思うが、それでも少しもの悲しい。高校生活の大半を過ごしたあの教室に、俺の机に、
そう考えると、俺にとっては長かった一年間も教室の歴史として見れば一瞬だな。来月から通う二年生の教室も、たった一年でお別れの時が来る。三年になってもきっと一緒だ。一年なんて、あっという間に過ぎてしまう。
「(……あっという間、だった)」
この一年間は……いや、この半年間は。
去年の一〇月、
店長に頼まれて新しいアルバイトを探していた時、いけ好かないイケメン野郎の真太郎と出会った。予想以上に〝イイヤツ〟で、悔しさもあって当初はやたらと噛みついていたっけ。今思えば情けない真似をしていた。
うちの喫茶店の常連客が真太郎の幼馴染みの七海
新たなアルバイトとして桃華を迎えることになった。……この時くらいか、本格的に彼女の恋を応援すべく動き始めたのは。桃華のことをわざわざ真太郎に誘わせたりもしたが、結果的には無駄な労力だったような気もする。
それからも俺は色々動いた。
七海と〝契約〟を交わし、お陰で学校内で視線の針山にされた。代わりに真太郎の情報を受け取り、どうすれば桃華と真太郎の仲を深められるかを考えた。
クリスマスに擬似的に二人のデートを実現した。結果的には成功を収めたものの、無茶な真似をして七海を怒らせ、真太郎が抱える重い過去を知った。……自分が馬鹿だと、この時に知った。
金山に俺のしてきたことがバレた。なんだかんだで理解を得られ、その後なにかと協力してくれるようになった。学校で桃華たちのデートの件が発覚しかけた時は、彼女が居なければまずかっただろう。
桃華の頼みで真太郎と七海を仲直りさせようとした。その目論見自体は成功したとは言えないが、七海妹とまともに話すようになったのはこの時がきっかけだったように思う。当時はただただ生意気な中学生としか思えなかったが……今考えれば一途で姉想いないい子だよな。
七海と初めて大喧嘩した。彼女が俺に抱いていた苛立ちを知り、俺が彼女にどれだけ助けられてきたかを知った。応援するはずの立場である桃華と真太郎に逆に助けられて……桃華のバレンタインデーを遅らせてしまった。
試験休みに遊園地に行った。喧嘩のこともあって七海に頼らず行動しようと試みて、上手くいかなくて結局怒られた。……まあ
真太郎の七海に対する想いを知った。一応勘付いていたとはいえ、気付くのが遅すぎた。彼の想いは募りに募り切っていて、あろうことか俺が気付いたその日の内に告白を決意してしまった。俺はその恋が叶わないことを知っていて……だが、それでも彼を止めることは出来なかった。
そして――今日。
真太郎は恋に破れ、その真太郎に桃華が告白をしようとしている。
成功確率はゼロに等しい。まず間違いなく彼女は失恋するだろう。
だが……やはり
俺が――小野
もはや俺に出来ることなんてなにもない。
きっとこの後桃華は折を見て真太郎を呼び出すつもりなのだろう。ちょうど真太郎の方も彼女に一日遅れのホワイトデーのお返しを渡そうとしているはず。桃華がどこで告白するつもりなのかすら知らないが、後は本人たち次第だ。陰でこそこそ立ち回ってきた俺には、彼女の背中を押してやることさえ出来やしない。そんな資格は――俺にはない。
一年二組の前を通り過ぎる。教室の中は見ない。見てはいけない。決して見ないように
桃華が――俺が惚れた女の子が、告白を前にどのような
今彼女の顔を見たら、覚悟が揺らいでしまうかもしれない。たとえ杞憂であっても、最後の最後で余計なことをしたくはない。
そのまま、今日は特に女子ギャラリーが多い一組の前もスルーして、俺はさっさと下駄箱へ向かう。最後の日で積もる話もあるのか、俺より早く下校する生徒の姿はほとんどない。もしかして俺って、校内有数の寂しい奴なのか? ……などと考えていた時。
「あっ」
「……あら」
――俺より寂しいお嬢様が、少なくともここに一人居た。
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