第二一六編 上位互換
★
「酷い顔してるよ、アンタ」
「……半分くらいはテメェのせいだっつの……」
コートのポケットに両手を突っ込みつつ登校した俺は、食堂横の自動販売機近くに設置されたベンチに足を組んで腰掛けつつ、この寒空の下でホットの缶コーヒーをぐいっと
開口一番、俺の目元に浮かんでいるであろう寝不足の証を指摘してきた彼女に恨みがましげに返すと、悪魔ギャルはどうでも良さそうな顔で「あっそ」とだけ呟く。
「……き、昨日の
「夢でも嘘でも冗談でも、ついでに私の勘違いでもないから」
「…………」
先手であらゆる可能性の芽を潰されて閉口する俺。そんな俺に、金山はふう、と小さく息をついてみせた。
「……ま、アンタの言いたいことも分かるよ。フラれる可能性が高いと知っていながら止めないなんて、私は親友失格なのかもしれない」
曇天を見上げながら、彼女は続ける。
「あの子の初恋を叶えてあげたいって思う私も確かにいるんだ。
「……」
「久世に好きな人がいないって言うなら、私はあの子のことを止めてたかもしれない。アンタがそうしようとしていたみたいに、二年になってから、もっと関係を深めてから告白した方がいいって考えたかもしれない。でもさ……そうじゃないじゃんか」
そこで金山は困ったような、呆れたような表情で俺の顔を見た。
「
「……」
確かにそうなのかもしれない。周りから見たら、馬鹿げた想いなのかもしれない。叶わない恋に時間を費やすなら、そんなもの忘れて他に良い人を見つけた方がずっと賢い。
いや、現に世の中の多くの男女はそうしているのだろう。一切の妥協もなく結ばれたカップルがいったいどれくらいいるだろうか。顔も、性格も、能力も含め、「この人以外あり得ない」と心底想い、想われるカップルがどれくらいいるのだろうか。
世界中を探してゼロだとは言わない。だが稀ではあるはずだ。そしてそれは裏を返せば、恋愛とは往々にして妥協の末に成立しうるものだと言えよう。
だが同時に、そんなものだと割り切れない人間だっている。自分が誰よりも想う相手のことしか
久世や七海妹、そして――かつての俺がそうだったように。
特にあの二人は、相手の気持ちが自分に向いていないと知ってもなお、変わらず相手を想い続けている。いつか必ず振り向かせてみせると、相手に
どちらも、俺には出来なかったことだ。桃華が久世のことを好きだと知ってすぐに己の恋を諦めた俺には。
「久世は七海未来のことが好きで……そしてきっと、その気持ちは簡単には揺るがない。簡単に、諦められるわけないよね。一途なやつのしつこさは――アンタを見てよく知ってる」
「……アホか、俺なんかとあの二人を同列みたいに言うなよ。俺はあいつらほど物分かり悪くねえんだ」
「……それなら、尚更だよ」
フッ、とどこか悲しげに微笑んだ悪魔ギャルは、もう一度缶コーヒーを勢いよく呷った。
「……アンタより一途な男が、そう簡単に七海未来のことを諦めるわけがない――だったら私は、せめてあの子に悔いの残らない恋をさせてあげたい。そんでそれは……私が、アンタの姿を見て学んだことだ」
「……」
金山の言葉に無言を返しながら、俺は妙に冷静な頭で考える。
昨日真太郎にフラれたという七海妹は、やはり今でも彼のことを諦めてはいないのだろうか。
そして今日の七海に告白するつもりだという真太郎は――どうなんだろうか。
……考えてみても、やはり答えは出なかった。
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