100年前の少女 3

 翌日。


 休日なのでゆっくり過ごす一家は、おはようとは言えない時間に起き出して、届いていた食事を腹に収めると、華菜は食器を片付け、牧はダイニングで椅子に座って新聞を読んでいた。


「いつの時代も世知辛い世の中だな」


 一面には政治家の不祥事ふしょうじ。めくれば殺人、強盗、窃盗、増税、リストラ、長時間労働、パワハラ、自殺など社会の闇を反映はんえいするような暗いニュースの見出しがおどる。


「光あれば影があるってはくはよく言っていたけれど・・・・・・・・」


 はくとは随分前に亡くなった、神官の晋槻博明しんつきはくめいのことだ。随分と頭の良い人で、“混迷こんめいの世の良心”ともしょうされた100年後の世の宰相さいしょうだった人である。


 懐かしい人の名が出てきて、牧が「そうだな」と昔に思いを馳せると、未汝が二階から階段を下りてくる音が聞こえた。


 未汝の知らない未来の話をしてはまずい。


 そう夫婦が思ったその時、カタカタと蛍光灯が揺れ始めた。地震か?と天井の蛍光灯へ目をやると、ガタガタッと大きな揺れが襲う。


「華菜!!」


 れが酷く、シンクをギュッと掴んでその場にしゃがみ込んだ妻の上に、え付けられたたなから、なべやらふたやらが落ちてくる。玄関の方からは、ゴトッと何かが落ちた音がした。


 落下物らっかぶつから頭を守るように、華菜は体を丸めた。その背に、落ちてきた蓋が当たって華菜が痛っと声を上げる。


 十秒ちょっとで、揺れは収まった。華菜は傍に落ちた蓋を拾って立ち上がる。


「怪我、ないか?」


「ええ、これがちょっと当たっただけ」


 蓋をかかげて見せる妻にホッとすると、そういえば、と地震の前に階段を降りる音がしたことを思い出す。


「未汝は?」


 牧が階段があるだろう天井を見上げて言うと、華菜も地震が起きる前に階段を下りてくる足音を聞いたのを思い出した。


「落ちてないといいけど」


 心配顔で言う華菜と目を見合わせると、牧は新聞を畳んでテーブルの上に置き、リビングを出る。


「未汝、大丈夫か?」


 声をかけても返事がない。廊下を歩いて階段を下から見上げるが、未汝の姿はどこにもなかった。


「いない?」


 牧は階段を上り、未汝の部屋を覗くがやはり姿はない。一階に下りてくると、華菜が階段下に立っていた。


「未汝、いないの?」


「あぁ、どこにいったんだ?」


 いぶかし気に眉を寄せながら会話をしつつ階段を降り、もしかしたら外へ避難したか?とくつを確認するように玄関に目をやると、靴箱の上に置かれていた花瓶が倒れたのか、靴箱の上は水浸みずびたし、そこから水がしたたって、たたきには水溜みずたまりが出来ており、いつもはかべかっているはずの絵が下に落ちていた。


 夫婦は、絵の裏にかけてあった“時の扉”の鍵がなくなっていることに気がつく。


「牧・・・・・」


 華菜が瞠目どうもくして口元を両手でおおうと、牧が舌打ちしそうな表情で呟いた。


「まさか、未汝のやつ・・・・・・」


「牧、先に行って。戸締り確認してからすぐに行くから。とりあえずこのことをに・・・・」


「分かった。じゃあ向こうで」


 そうして牧は慌てて身支度を整えると、靴をいて100年後の未来へと旅立ったのだった。



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