第3話 100年前の少女 1


 時は100年さかのぼる。


 中学校からの帰りと思われるセーラー服を着た少女が二人、通学路を歩いていた。


 そのうちの一人、肩に届くくらいの髪の長さの少女が、はあぁと空を見上げながら溜息ためいきをつく。


 その横を歩く同級生の野本葉月のもとはづきは、溜息ためいきの理由を察して苦笑した。


「しょうがないよ未汝みな、運が悪かったんだって」


 授業中、たまたま居眠りしている所を先生に見つかり、罰として掃除当番と漢字の書き取り5ページが追加されてしまったのだ。


みんな寝てるのに、何で見つかった私だけ掃除当番と宿題増やされるわけ?」


「見つかったから」


 気持ち良い程サクッと事実を述べる葉月に、未汝は「納得いかない」と不満顔だ。


「そりゃそうだけど、ひどいじゃん、ちょこっとウトウトしただけだよ?」


 うっかり船をいだだけで、完全に寝てない、と悪あがきのように主張する友人に、葉月は「まぁまぁ」となだめる。


「運が悪かっただけだって」


「悪すぎだよ・・・・・・」


 深々ふかぶか溜息ためいきをついている少女の名は、鈴香未汝すずかみなという。


 両親は共働き。ごく普通の一般市民で普通の中学校に通っている中学三年生だ。


 成績は中の上くらい、運動神経は人並み、容姿も、普通よりは多少可愛いかも?くらいの、至って平凡な少女である。


「じゃあまた明日。今日は掃除手伝ってくれてありがと、葉月」


「今度はバレないように寝なよね、未汝?じゃあまた明日ね、バイバイ!」


「バイバ~イ!」


 茶目ちゃめを出して片目をつぶり、手を振って帰っていく葉月と別れて、未汝は家路いえじ辿たどる。自宅に着くと、鍵を開けて中に入った。


 ドアをバタンッと音を立てて閉め、カチャンと鍵をかけた。最近は物騒ぶっそうな世の中だ。用心ようじんにこしたことはない。


「お帰りなさい、未汝」


 やけに明るい声が、珍しく出迎えた。呼ばれた本人は、驚いて振り向く。


「ただいま、お母さん」


 肩に届くくらいのウェーブのかかった薄茶色の髪は綺麗に手入れされて、横髪は後ろでめてある。まだまだ少女から抜け出せていないような若々しい顔は、人懐ひとなつっこい笑みを浮かべていた。


「今日は早いんだね、帰ってくるの」


 いつもならこの時間、働きに出ている母は家にいない。珍しいなと思って聞くと、耳を疑うような答えが返ってきた。


「うん、なんだかつまらなくて」


「・・・・・」


 この母、名を鈴香華菜すずかかなという。


 元気で明るくて笑顔が取り柄!!というような、なんとも母親らしくない母親で、良く言えば年齢不相応ふそうおう、悪く言えば馬鹿だろうと言いたくなってしまうような発言をする。


 未汝にしてみれば、「これでよく働けるよなぁ、何やってるのか知らないけど」と内心で思ってしまう程だ。


 社会は厳しいと聞くが、実は案外優しいのかもしれない。


「今日はまき、会議があるから遅くなるって言ってたわ」


 父親のことを、母は子供の前でもお父さんと言わず牧と名で呼ぶ。

 ちなみに父もそうだ。珍しいとは思うのだが、子供の頃からそうなので、未汝はあまり違和感を抱かなかった。


「そっか、じゃあご飯早めに食べる?」


「そうねぇ、そうしましょう」



 鈴香牧すずかまきは未汝の父である。

 この母とよく結婚したなぁと思うような常識人であり、少々堅苦かたくるしいところもあるが頭は良いらしく、仕事も結構難しいこと任されてるんだろうなぁと思わせる、頼りになるお父さんである。



「じゃあご飯まで部屋にいるから」


 そう言って未汝は階段を上がって自室じしつへと向かう。


 ふと、自分の向かいの部屋に目を向けた。前々から疑問に思うこの部屋は、何故だか物置にならず、いつでも普通に部屋として使えるように整備されている。


 未汝は一人っ子だ。だから余計にこの物置にならない部屋が、不自然で仕方が無いのである。


 とはいえ、特に害はないので未汝は疑問に思うだけにとどめてある。


 いつかは何故だか聞いてみようとは思うのだが、ついつい聞き忘れて今日まで過ごしてきてしまったのであった。


 今から夕食までは、宿題を片付けるのが未汝のいつもの時間の過ごし方だった。


 そして夕食を済ませてからは、学校の予習と復習の時間に充てていると言ってはいるものの、実際に勉強したのはテスト前と中学に入学してからの一ヶ月足らずでしかない。


 母は家事が得意ではないので、近所に住んでいる父方の伯母おばが食事作りや掃除に来てくれる。


 これもまた変だと思うのだが、むかし何気なく聞いたところ、伯母が「華菜ちゃんにそんなことさせられないわよ」と苦笑しながら言うので、それ以上突っ込んでは聞けなかった。


 確かにこの母親、ちょっと浮世離うきよばなれしているところがある気がするのは確かだ。料理なんかさせたら、どんなものが出来るか分かったものではない。


 今日も出前でまえごとく夕食を持って来てくれたので、それを母と二人で食べると、早々に入浴を済ませて部屋に戻り、机の上に勉強してます感をかもし出す為の教材を並べて、いつものように最近流行はやりの知恵の輪シリーズの数字パズルを引っ張り出してきて遊んでいる。


「ただいま」


 一階の玄関から父の声がして、ドアがバタンと閉められる音がした。


「お帰りなさい!早く終わったのね、会議」


「あぁ、適当にやってきた」


 聞こえてくる両親の会話を聞くとはなしに聞きながら、未汝は静かに数字パズルで遊んでいる。


 どうもうまくいかないと頭を悩ませていた時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。未汝は慌ててパズルを机の引き出しの中にしまう。


「未汝」


 ドアが開き、帰宅したばかりの父が顔を見せる。


「お帰りなさい、お父さん。何か用事?」


「ポストに手紙が来ていた。・・・・・勉強中だったのか?」


「あ、うん」


 内心で、ばれてない、よかったぁと安堵する。


 立ち上がって戸口で手紙を受け取ると、あの不自然な部屋が目に入った。


 いつもなら気にならない。それが今日に限っては何故か、物凄い存在感を放っているかのように未汝の意識に引っかかる。


「お父さん」


 いつも聞きそびれてしまう疑問を、今日はぶつけてみることにした。


「あの部屋、なんで物置にならないの?誰も使ってないのに変じゃない?」


 口に出すと、何だか物凄く変なことに気付く。ミステリーの臭いがプンプンと漂ってくる気がするのだ。


 父は、未汝の視線を追って後ろを振り向きその部屋を確認すると、面白そうな目をしてにやりと笑った。


「何よ、面白いことなんて私言った?」


「いや、それならお化けが使っているかもしれんなぁと思って」


 おちょくられている。これはちゃんと答える気がないと未汝は過去の経験から察した。


「お父さんって、時々そういうお母さんみたいなこと言うよね」


「そうか?」


「さっきだって、会議適当にやってきたって言ってたし。そんなんで本当に会社員やってけるの?実はクビになったとか、会社員じゃないとか、そういう落ちじゃないよね?」


 まぁそんなことはないだろうけどと思いながら軽口を叩く未汝は、父が一瞬剣呑けんのんな光をその目に宿やどしたことには気づかない。


「手を抜ける所は上手に手を抜くのが出来る大人だ。仕事を全てきちっとやっていたらノイローゼになってしまう。多少いい加減でないと会社員なんて、やってられない」


 昨今、仕事のし過ぎでうつ病になる社会人が増えているのが世の中では社会問題になっていた。


「ふ~ん、じゃあ、なんで誰も使ってないあの部屋はいつもきちんと掃除するわけ?物置と化した部屋は掃除なんてほとんどしないくせに」


「それはね、未汝」


 入浴を終えて寝衣に着替え、寝室へ向かう為に階段を上ってきた母が、二人の会話に口を挟んだ。


「客室なのよ?」


「お客さんなんて滅多に来ないじゃん」


「何かあった時に一部屋くらいないと困るでしょ?」


 珍しくまともなことを言う母に、思わず「それはそうだけど」と納得してしまう未汝である。


「ほらほら、もう11時よ?いくら明日はお休みだからって、夜更かしは良くないわ。早く寝なさい」


「はぁい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 そう言って未汝はドアを閉め、両親は寝室へと向かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る