瓶回しから始まる俺と黒髪ロングたちのラブコメ

美海未海

夏の音が聞こえた

始まりは梅雨の音が止む前

「おまえら、瓶回しって知っているか?」


 この言葉から全てが始まったのだが、その突拍子もない言葉を彼女が発する前に時刻は少し遡る。


 ―――

夏村なつむらこれは何だ?」


 俺、夏村夏葵なつむらなつきの目の前に、一人の女生徒が呆れたようにあるものを提示してきた。その女生徒の名は、冬月怜とうげつれい。黒絹のように繊細な長く伸びた髪。そのしなやかな髪の上に付けられている白妙菊シロタエギクと黒薔薇の髪飾りが、より彼女が特異な存在なのだと印象付けている。それと、無色透明なガラスを何枚も重ね合わせたような深き碧眼は真意をも見透しているかのように俺を捉えて離さない。


 そんな彼女は、俺たちが所属している生徒会執行部の会長を務めている人だ。これだけ聞くと、クールな、どこか冷めた人だと思うかもしれないが、その眼には揺るがぬ炎とでも言えばいいだろうか……決意、覚悟のようなものが見て取れる。


 彼女はアツい。どこまでもアツくて俺なんかじゃ到底及びもしない。眩しくて、でもそのあとを追ってしまいたくなる、光のような人なんだ。


「どうした?私の顔に何か付いているのか?聴いていたか?話を戻したいのだが……」


 どうやら会長のことをまじまじと見ていたらしい。


「いえ。戻してください」

「そうか。これは何だ?」


 仕切り直しと言わんばかりに会長は話の種を俺に見せる。これは……俺のだと一目でわかった。だって見せられたものは、

 ━━ギャルゲーのパッケージ。


「あなたの"光"は何ですか?」

「ぐはっ」


 きめ細やかな新雪のように柔らかそうな唇から俺の耳に届いた言葉は、俺の好きなギャルゲーのキャチコピーであり、そのギャルゲーの挿入歌の一節で、俺の中に深く刻み込まれている言葉だった。


「すまんな。裏面を見たらそう書いてあったから言ってみただけだ。他意はない」

「そうですか……」


 どうしても会長の瞳を見続けることはためらわれる。一度捉えられたら二度と戻って来れないような気がするから。


「それで、これはおまえのか?」

「はい」

「そうか」


 会話が終了。あれ?俺たちこんなコミュ障だったっけ?頷いたっきり、会長は右手を顎にやり目を閉じて深く考え込んている。


「うん」


 そう言って開かれた会長の碧き瞳に目を合わせないように視線を外す。


「とりあえずこれを返す」

「え?」


 なにを決めたのか会長はギャルゲーのパッケージを俺に返してきた。この人の行動は予測不可能だと改めて思った。


「それと、たぶん生徒会業務の後におまえらはいつものように駄弁るんだろう?」

「そうですね……たぶん」

「そこで罰ゲームをする。おまえの」

「は?」


 許してくださったのかと思っていたらどうやら違うらしい。口角を少し上げている様はなにかを企んでいるかのように見えるのだがその仕草も妙に色っぽい。


「その時に私が言うことにおまえは一切口出しするな。ただ首肯しろ。わかったか?」


 はいそうですかとすぐに頷けるわけがない。会長は一体何を考えているのだろう。


「あの……」

「わかったか?」

「はい……」


 ダメだった。レベル1の俺じゃレベル99の魔王になんてかないっこなかった。


「それじゃ、少し私は席を外す」


 彼女の背を見届けて生徒会室に残ったものは、じめっとした雨の音だけだった。


 ―――

「おまえら、瓶回しって知っているか?」


 そして、数時間前の話から現在に至るというわけだ。


 聞き馴染みのない文字列が耳から入り脳に到達したが思考が追いつかない。周りを見ると皆、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。生徒会の業務終わりにくっちゃべっていた俺たちは趣旨がはっきりしない張本人に目を向けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る