科学と魔術のリベリオン

夢空

第1話

 そこは見渡す限り草木一本見当たらない荒野。その中心で今、二人の人間が対峙している。


「よぉ、今年も逃げずに来たようじゃねえか」


 一人の男は燃えるような赤髪にぎらりと剣呑に光る目つき。ギザギザに尖った歯を口から覗かせて不敵に笑う。全身には身体能力の向上を目的とした銀色の外骨格が装着され、時たまプシュー、という排気音が聞こえる。

 名はスザクという。


「それはこちらのセリフだ。去年の負けから逃げ出すのではないかと楽しみにしていたんだがな」


 もう一人の男は黒髪の長髪で左目が髪で隠れている。顔立ちは整っていて大人しそうな印象を受けるが、男を冷たく見つめる目の中に熱い敵意が満ちている。紫紺しこんのマントに身を包み、時折突風でバサバサとたなびく。

 名はジェイルという。


 この世界は科学のガーラントと魔術のイスタリオラの二つの勢力に別れている。常に互いが至上であると信奉されているため争いが絶えず、各地で血が流された。

 その無益な争いを止めるため、ある日一つの取り決めがなされた。お互いから一番の実力者同士を戦い合わせ、勝った方がその後一年間の実権を握る、というものだ。それが今、ここで繰り広げられようとしている。


「あぁ?! あの程度で勝った気でいるのかよ? 大体、これで3勝3敗の引き分けじゃねえか!」


「ならば今日は完膚なきまでに味あわせてやろう。絶対的な力の差というやつをな」


「上等だ! ゲートオープン! コード2629!」


 スザクは右腕を上げて叫ぶ。すると、掲げた手の上の空間が大きく裂け、その中から銀色にきらめく無骨なドリルが現れて、スザクの右腕の外骨格に接続された。ドリルは耳をつんざく硬質な駆動音を鳴らして回る。


「どうだ。ドリル刃は新開発のオルクニウム合金製。毎秒3600の超速回転でどんなもんだってぶち抜くぜ!」


「またくだらんものを作ったものだ……。良いだろう。正面からその馬鹿げたものを止めてやる。ラース・フェルガイト・クリュサリオス……」


 じゅもんを唱え始めたジェイルは両手を広げて前に出した。すると、無数の魔法陣が展開され、ジェイルの前に折り重なっていく。そして魔法陣は巨大な虹色の壁に姿を変える。


「全二〇層が連なる魔術結界だ。これを破れるものなら破ってみろ。その玩具でな」


 自分のドリルを玩具と言われた瞬間、スザクのこめかみにピキッと青筋が立った。スザクはドリルを前に構えると、さらに回転数を上げる。


「絶対にぶっ壊す! 喰らいやがれオラァ!」


 スザクが結界に向かって走る。そして右腕のドリルを振りかぶって、ジェイルの魔術結界に突き立てた。接触面から火花が散り、聞く者を悶絶させる金切り音を大音量で周囲に轟かせた。


「一枚目! 二枚目! そら、三枚目だ! まだまだ行くぜぇ!」


 ドリルは次々に結界を破っていく。だがジェイルは顔色一つ変えない。


「どうした、勢いが無くなってきているぞ。破り切る前に力尽きるんじゃないかね?」


「ざっけんな! ようやくエンジンがかかってきたとこだ! すぐにテメェのとこまでたどり着いてやるから首洗って待っとけ!」


 だがジェイルの言う通り、確かにスザクの勢いは魔術結界を一枚破るごとに衰えていく。そして最後の一枚となったところで、スザクはついにその勢いを止めてしまった。


「うおおおおおおおぉぉぉぉ!」


「それは絶対に破れん。お前の負けだ!」


「二人ともそこまでです」


 ついに雌雄が決するかと思われたその時、空から一筋の光が降り注ぎ、どこからか女性の声が響いた。二人は動きを止めて空を仰ぐ。その視線の先には、光の中からゆっくりと降りてくる女性の姿があった。

 不自然なまでに完璧に整った顔立ち。腰まで伸びた太陽の光のように眩いブロンドの髪は着ている白いローブの上でキラキラと輝いていた。

 女性は二人の頭の上でぴたりと止まる。そして二人を見下ろしながら話し始めた。


「私はお前達が崇める神の一人、女神エウレシア。喜びなさい、人間よ。お前達は長い時をかけて技術を研鑽けんさんした結果、今ついに、お前達二人は神の国へと至る権利を得ました」


 突然現れた神を前にして、二人は呆然と立ち尽くしていた。しかし、スザクが突然笑い始める。


「……く、くっくっく、あははははははは! おいおい聞いたかジェイル! 本当に神様がオレ達の前に姿を現しやがったぞ! しかも神の国へ連れて行ってもらえるとよ!」


「ふふ、ははははは! ああ、ついに来たのだな。この念願の時が!」


 二人は大声を上げて笑い、その喜びを体現する。その姿にいたく満足したのか、エウレシアは満面の笑みを浮かべて両手を広げた。


「さあ、来なさい選ばれし者よ!」



「……今、何と?」


 突然二人から投げかけられた罵倒らしき言葉に理解が追いつかず、エウレシアは表情を凍りつかせた。

 二人は先程の喜びようは嘘のように落ち着き、エウレシアに向かって語りかける。


「科学と魔術で完全に二分された世界。意図的に対立させ、それによって急速に互いの技術が発展する土壌。そしてどちらも崇拝されている共通神の存在。あまりに完璧で、だからこそ不自然な世界。これらを踏まえて総合的に考えるとだ、この世界は神とやらがオレ達を使った実験場、いや養畜場と言ったほうが適当か。胸クソわりぃがな。まあここまでは一つの証拠もないただ仮説止まりだったが、めでたくこうして現れたテメェの目を見てすぐに分かったぜ。慈愛に満ちているようで、その奥底ではオレ達をゴミみたいに見下していやがる。ぜんっぜん隠しきれてねえんだよ」


「俺達はそうだと仮定した上で待っていた。いつかお前達が、肥え太った俺達の技術の上澄みをかすめとろうと現れるだろうとな。そして今、目論見通りお前は俺達の前に現れた。滑稽こっけいだったぞ。差し出した手を払いのけられた時のお前の顔は」


 スザクとジェイルはそれぞれさも楽しそうに語る。しかし、二人がエウレシアを見る瞳の中には、凄まじい敵意が渦巻いていた。

 一方のエウレシアはようやく徐々にだが状況を理解してきたようだ。圧倒的下等な存在である人間が、あろうことか絶対の存在である神に楯突いたという許されない事態に。


 それでもエウレシアは笑顔を崩さない。子供を諭すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「先程の言葉は聞かなかったことにしてあげましょう。さあ、私の手を取りなさい」


 再びエウレシアは二人に向かって手を差し伸べる。しかし、二人は示し合わせたかのようにエウレシアに向かって中指を立てた。


「御託はいいからさっさと始めようや。こちとらとっくにケンカを売ってんだ。ほら、買ってみろよ。カ・ミ・サ・マ?」


「なめるな。貴様は俺達の創造主かもしれんが、だからといって媚びへつらう道理はない」


 これには流石のエウレシアもついに笑顔を引っ込めた。先程のような寛大な様子はもうない。腹の底から震え上がるような冷たい怒りを二人に向けている。


「……どうやら、少し痛い目を見なければ分からないようです。先程の不敬、後悔しなさい」


 エウレシアが右手を上げる。すると、エウレシアの周囲に無数の光り輝く巨大な剣が現れた。それらは宙に浮き、二人に向けて剣先が向けられている。

 エウレシアが右手をギロチンのように振り下ろした。瞬間、大量の剣が二人に襲いかかる。


「やってやるぜ! 真っ向勝負だ!」


 スザクは向かってくる剣に向かってドリルを突き立てた。ドリルと剣は火花を散らして拮抗する。しかし、ドリルは剣の切れ味に負けて真っ二つに切り裂かれてしまった。


「ちぃ、クソが!」


 武器を壊されてしまったスザクは毒づき、役に立たなくなったドリルを放り捨てながら後退する。


 一方のジェイルは、地表を浮いて高速で移動しながら剣の猛攻をしのぎ、同時にエウレシアに向かって魔術で作った光弾を飛ばして攻撃していた。しかし、光弾はエウレシアに届く寸前で消滅してしまう。エウレシアの周囲を覆うように結界が張られていて弾かれてしまっているからだ。それを破れるほどの強力な魔術を行使するには剣による攻撃が激しく、精神が集中できないでいた。


 二人の背中がドン、とくっつく。二人はいつの間にか完全に追い詰められ、周囲を取り囲むようにエウレシアの剣が狙いを定めていた。


「ああくそ! 予想はしてたがやっぱ強ぇな。おい、ジェイル。ちょっとテメェ時間稼ぎしろ」


「ふざけるな。むしろお前がやれ。囮は猪がお似合いだ」


「ああ?! 誰が猪だコラ! さっきの勝負、もう一度ここで仕切り直してやろうか!」


 二人は互いの額をぶつけ合わせて睨みつける。本来の敵であるエウレシアそっちのけで。

 その様子を、エウレシアは憐憫れんびんの眼差しで見つめていた。


「本当に愚かですね、あなた達は。さあ、最後の警告です。ここで私の手を取るならそれで良し。駄目なら殺して脳だけいただいていきましょう。さあ、選びなさい」


「……んなの一つしかねえよなあ! ゲートオープン! コード53564!」


 スザクが叫んで右手を上げる。スザクの頭上の空間が裂け、一つの武器が落ちてきた。スザクはその武器を手に取ると、手元に付いた紐を思いっきり引っ張る。すると、刃に当たる部分が超高速で回転を始めた。


「ゴッドブレイカー。対テメェら用のとっておきの一つだ。こいつでテメェをバラバラにしてやるぜぇ!」


 言うが早いかスザクはエウレシアに向かって飛び出した。

 エウレシアは目を細めると、全ての剣をスザクに向かって放った。剣はスザクを蜂の巣にしようと迫る。

 スザクは自分の体をぐるっと一回転して周囲をゴッドブレイカーで一閃した。ギャリギャリという音を立て、全ての剣はゴッドブレイカーによって削り折られてしまう。これにはエウレシアも目を疑ったように見張った。


 そのままスザクはエウレシアの元へ走り、跳躍してエウレシアの上を取った。そしてエウレシアを守っている結界にゴッドブレイカーを振り下ろした。ゴッドブレイカーはガリガリと結界を削り、接触面から目も眩むような閃光を放つ。


「切り裂けええええぇぇぇぇ!」


 裂帛れっぱくの気合と共に、スザクはさらに力を込めた。

 その時、結界にピシ、という音が鳴った。そして次の瞬間には結界は粉々に砕け散っていた。ゴッドブレイカーがエウレシアを守る結界を破壊したのだ。

 そのままスザクはゴッドブレイカーをエウレシアに向かって振り下ろす。見事、ゴッドブレイカーはエウレシアを袈裟斬りにして、その体を真っ二つに引き裂いた。

 ゴッドブレイカーを振り抜いたスザクは地面に着地して、満足そうにゴッドブレイカーを肩に担ぐ。


「へへ、どうよ。ジェイルなんざいなくても、オレ一人で十分だったな!」


「ほう。一体、何をしたというのです?」


「何!?」


 確かにスザクのゴッドブレイカーはエウレシアを切り裂いた。しかし、当のエウレシアは何事もなかったかのように、その場に佇んでいた。その切り口は血の一滴も流れていない。そして体は傷口と傷口が合わさり、完全に元通りにくっついてしまった。


「切るなどという原始的な方法では殺せません。あなたの前にいる存在というのはそういうものなのですよ? 私を殺したければそう、塵一つ残さずに消し去るぐらいでなければ。さて……」


 エウレシアは地面に降り、未だ驚きによる硬直から抜け出せないでいるスザクの元へと歩いていく。その右手には、一本の剣が握られている。


「その首、切らせていただきましょう。大丈夫、痛みは感じません。あなたの優秀な脳は我々が最後の一時まで存分に使わせてもらいます。さあ、お別れです」


 エウレシアが無慈悲に右手を水平に薙いだ。何の苦しみもなくスザクの首は落ち、エウレシアの胸に抱かれる……はずだった。


 その時、世界が蒼に染まる。


「これは……何です?」


 スザクの首に剣が届く瞬間、エウレシアの右手には鈍色に光る鎖が巻き付いて止めていた。気づけばその鎖は両手両足、そして首に巻きつけられている。強烈な力で鎖が引っ張られて全身が固定されると、鎖からエウレシアの体が徐々に凍っていく。

 エウレシアは視線を走らせた。その先には、ジェイルが両手をエウレシアに向けていた。髪に隠されていた左目はあらわになり、深い青をたたえて輝いている。


「なるほど、氷結魔術ですか。しかしこの程度……いや、違う。これは……!」


絶対氷結術式オールゼロ。俺が対貴様ら用に用意した最強の封印魔術だ。それはお前を凍らせるだけではない。お前に流れるときさえも凍らせる。さあ、氷獄の中で永久とわに眠れ!」


 エウレシアは初めて余裕の表情を崩した。この魔術は危険だ。神の身であろうと、ときを止められては動くことはできない。エウレシアは憤怒の表情を浮かべて空に吠えた。


「おのれ……おのれおのれおのれ! 家畜の分際でどこまでも神に楯突く愚か者共よ! このエウレシアがこの程度で屈する筈がなかろう! こんな魔術など、ときが止まり切る前に打ち破ってくれるわ!」


 エウレシアの本当の力が開放された。世界が震える。巨大な竜巻が何本も巻き昇り、空には暗雲が立ち込めて雷鳴がひっきりなしに轟く。まるで、世界が終わりを告げているかのようだった。

 ジェイルはそんなエウレシアの力を押し留めようと必死に食いしばっていた。


「おい! 時間は稼いでいるぞ! 何かやるなら早くしろ!」


「おう! そのまま動かないようにしっかり縛り付けとけ! ゲートオープン! コード99999オールナイン!」


 スザクが右腕を掲げて叫ぶ。空間が裂けるがその大きさはこれまでの比ではない。巨大な穴から全体が真っ赤にカラーリングされた超弩級の大きさをした機械が落ちてきた。先端は何かを打ち出すような砲塔が一門。スザクはその機械を操作する後部にすぐさま乗り込んだ。


 スザクは操作系統を忙しなく操作しながらエウレシアに向かって叫ぶ。


「なあ、この世界を作った神様なら知ってるだろ? この地面のずっと下にはとんでもないエネルギーが眠ってるってな!」


「お前……まさか! 止めろ!」


 機械の底面から地響きが轟く。機械は今まさに地面を掘り進め、その先にある地殻エネルギーを取り込まんとしているのだ。そしてついにそれは目的の深度まで到達する。と同時に、スザクの目の前の全ての計器が一気に左から右へ振り切り、けたたましくレッドアラートが鳴り響いた。


「アンタ、さっき言ったよな。自分を倒すには塵一つ残らないようにって。じゃあお望み通り、この世から一切合切消してやる! さあ、人類が神へ叛逆の狼煙のろしを上げるぜ! 喰らいやがれ、リベリオンバスターーーーーー!!!」


 スザクが拳を叩きつけてスイッチを叩き押した。

 リベリオンバスターは砲塔から真紅のレーザーを発射する。それはあっという間にエウレシアを飲み込んだ。凄まじい熱量の奔流ほんりゅうに身をさらされ、エウレシアの表情が苦痛に歪む。


「ふざ、けるな! こんな……こんなことがあってたまるか! ああ、私が、この私の存在が消えていく……。だが覚えておくが良い家畜共! 神はお前達を絶対に許さぬ! お前達の未来は我々に搾取される滅亡の道しかないのだ! あああ……ああああぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!」


 怨嗟の声を残し、エウレシアはこの世界から消滅していく。リベリオンバスターからレーザーが消えると天変地異は嘘のように収まり、無音の荒野に残ったのは二人のみ。

 スザクはリベリオンバスターから降りると、ジェイルのそばに行き肩を並べ、髪を掻き上げて青空を仰いだ。


 ジェイルがポツリと呟く。


「終わったか」


「まだ終わっちゃいねえよ、これからだ。なんせ神様にカチコミしたんだからな。今後、こいつよりさらに強いのがわんさかくるだろうよ。さあ、これから忙しくなるぜぇ。お前らとも一時休戦だな」


「ああ。不本意だが仕方あるまい。奴らは本気でこの世界を潰しに来る。人類の尊厳を賭けた神との大戦争の幕開けだ。それが片付くまでは手を貸してやろう。だがそれが終わったら……」


「ああ。全て片付いたら……」


『次がお前との最後の決着の時だ』

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