第74話 真知子の軌道修正

 教室の廊下側の窓から見られないようにしゃがみながら歩いたり、上履きを脱いで足音を立てないように忍び足をしたり、階段を上ったり降りたり、少し遠回りをしながらも、誰にも見つかることなく部室に移動することが出来た。


「ふう、誰にも見つからなかったようだな…まずは落ち着こう。コーヒーを飲みたいやつはいるか?私がいれてやるぞ」


 いつも先生とコーヒーを飲んで雑談している宮子が手を挙げた。


「紅茶を飲みたい方は居ますか?私がいれますよ」


 香風このかが手を挙げた。あたしは紅茶の味がわからないけど、お嬢のいれる紅茶はとても美味しいらしい。さすがお嬢様だ、と香風はいつも誉めている。


「お茶を飲みたい人は…まどろみさん、飲む?今日は玄米茶だよ」


 コクリと頷くまどろみさん。いつものように濃いめのお茶をいれてあげた。


 コーヒーと紅茶、玄米茶の匂いが入り混じる部室。でも自分のカップの湯気をゆっくり吸い込むと、気持ちが落ち着く。


 冷静になると、授業をサボるなんて…とんでもないことをしてしまったと思う。


 まどろみさんが口を開いた。


「授業をサボってしまい、すいませんでした」


 あたしたちも頭を下げる。


「私も授業をサボってるぞ、君たちと同じだ。それで?何があった?」


 宮子がかいつまんで話した。千歳と亮のこと、香風のこと、まどろみさんと亮のこと。これからどうしていくつもりなのかも。


「なるほど…」


 真知子先生はコーヒーカップをゆっくりと机に置きしばし考えた。


「千歳に見せつけるのはやめておけ」


 真知子先生は眉間みけんに皺を寄せた。


「それで諦めが付けばいいが、嫉妬や憎悪の念を生み出したらどうする?手に負えなくなる。酷だよ、残酷だ」


 確かにそうだ。悪い方向に行ってしまうときっと取り返しがつかない。

 あたしたちは間違った方向に行きかけていたんだ。


「感情的になり過ぎました」


「いや、感情は出しても良いんだ。思いっきり出して良いんだぞ。恥ずかしくても不様ぶざまでも、もっと感情をあらわにしたらいい。いつか大人になったら、出したくても出せない時が来る。自分の中に封じ込めないといけない日が来るんだ。でもその時、君たちは感情を出しあえて受け止めあえる仲間であって欲しい。今はそのための大事な時間だ。授業では得られないものだよ」


 真知子先生はゆっくりコーヒーを飲み干して続けた。


「ただし、感情的になった集団は、間違った方向に行ったとき、誰もそれに気付かない。相手のことを考える理性を持っておかないといけない。そこを学ばないといかんな」


 先生はニコリと笑い、


「君たちはほんのわずかの間に良い仲間になったな。これも私の指導の賜物たまものだな。うん」


『はい!あがたてまつります』


「いや、同好会が出来たときにそう言えと言ったけど、素直に言われると照れるじゃないか」


 先生が照れた。なんだか可愛い。


「私はこの件にはあまり口を出さないつもりだ。自分たちで考えて答えを見つけてみろ。行き詰まったらすぐに相談に来い。いつでも話を聞くぞ…とは言うものの、そろそろ戻らないとな…。まずは1組、お前たちは先に教室に戻って何事も無かったように座っておけ。少し遅れて私が戻ったら授業を始める。桜谷は3組だな…私がついていってやる。トイレで気分が悪くなっていたので保健室に連れて行くと言ってあるから…そうだな、便秘が解消して気分爽快、保健室には行かなかったということにでもしておこうか?」


 顔を真っ赤にする香風。


「はあ?やめてくださいっ、恥ずかしいです。そもそもアイドルはトイレ行かないんですよ、そんな状況有り得ないですっ」

「そうなのか?しかしトイレで気分が悪くなったと若僧教師に言ってしまったぞ。そこは話を変えられないなあ。皆お前がアイドルだと知らないし、便秘でいいだろう」

「そんなの嫌ああああぁ」

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