第58話 恋バナ ① 安井宮子

 連休初日、泉は昨日印刷した譜面でピアノの練習を、美咲と香風このかは泉に教えてもらった発声練習を、微睡びすいは亮のギターに合わせて歌の練習を始めた。


 元々はていで始めた同好会なのに、そんなことはすっかり忘れ去られていた。


「おはよ~」


 お昼前に宮子がやって来た。午後から漫研の部活動が有るので美咲たちとお弁当を食べる約束をしていたのだ。


「あれ?亮くんは?」

「家の用事とかでさっき帰った」

「そうなんだ、まどろみさん寂しい?」

「い、いや…」


 顔を赤くしてうつむ微睡びすい


「あんたたちって付き合っ、うぐっ」


 直球な聞き方をしようとした香風の口を押さえて宮子は、


「ねえねえ、お弁当食べながら恋バナしようよ。女子が5人も集まれば、そんな展開になるよね、ね?」


 なんでそうなるの?あたしに恋バナなんて無いんだけど…でも皆の恋バナは聞いてみたいな。って、宮子、もうお弁当広げ始めたし。


「じゃあ先ずは、言い出しっぺの宮子の恋バナ聞かせてよ」

「あ~、やっぱりそうなるか~」


 アスパラのベーコン巻きを食べながら、うむうむと頷く宮子。


「宮子って昔から浮いた話が全く無いけど恋バナなんてあるの?」

「私は恋多き女よ、今だって3人に恋してるわ」

「え?本当ですか?宮子さん、凄いですね」


 お嬢が目を輝かせて話に食いついたけど、あたしは嫌な予感がした。


「どんな人ですか?」

「え~、それ聞く~?恥ずかしいな~」


 そりゃ恋バナなんだから聞くよ。聞かれて満更まんざらでも無さそうだし。


「1人目はね、とっても強い男なんだ~。いつも黒衣をまとってて右手には剣を持ってるの」

「剣を持ってるんですか?!」


 嫌な予感は的中した。お嬢、これ2次元旦那の話だよ。早く気付こうよ。


「そうなの、長さが1mほども有る剣を持っていてね、彼がそれを振り回すと閃光が走って周りの悪者や野獣が倒れていくの」

「す、凄いですね」

「しかもね、敵味方が入り乱れてても、敵だけが倒れていくのよ、凄いでしょ~」

「その男の事は私も知っている。とても強い男だな」


 たまに深夜アニメを見ていると言ってたから、まどろみさんも知ってるキャラなのね。


「え、お2人の共通の知り合いなんですか?どこで知り合ったんですか?」


 お嬢、もしかしてワザと?分かってて話に乗っかってるの?


「それはね、深夜の異世界よ。ね、まどろみさん」

「そうだな、あれは半年ほど前、水曜日の深夜2時になると現れたな」


 まどろみさんも完全に乗っかったあ。


「12回だけ私の前に現れて去っていった…恋心だけを残して」

「切ない話ですね」

「はい、終了終了、どうせレコーダーに保存して毎日会えるようになってんでしょ」

「バレたか。あとの2人の話も聞いてよ~」

「もう良いっての。どうせ同じような話でしょっ」

「宮子さんは3次元に好きな人は居ないんですか?」


 あ、お嬢、やっぱり話に乗っかってたんだ。


「3次元?ふっ、無い無い」

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