第30話 真知子の考え

「そこそこ出来てれば良いという話だったのに、あんな風に言われるなんて。意味が分かりません。ショックです」


 グラウンドに降りる階段に座って泣いている泉を美咲はなだめた。横を通る運動部員の怪訝な顔は気にしない。


「ほんとひどいよね、なんであんなに厳しいこと言うのかなぁ」

「私は褒められて称えられて伸びる子なのに。あの先生嫌いです」

「友達がキーボードやってたみたいだから、ハードルが高いのかもね。あ、ちょっと待ってね」


 美咲は階段を上り自販機でお茶を2本買って戻って来た。


「こんな時は緑茶!落ち着くよ」

「美咲さぁん、こんな時は紅茶ですよぉ。あ~ぁ、悔しいなぁ」

「ほら、野球部が練習してるよ!しばらく見物しよう!」


 美咲は泉を気分転換させようと思った。

 2人は練習を黙って眺めた。

 春の柔らかな夕陽に照らされる市街地や海が遠くに見えた。

 キャッチャーがボールを受ける音、打者が快音を響かせて打ち返す音、景色や音のすべてが泉の気分を落ち着かせた。


 不快な感じが無く、溶け込むような音。

 音って大事だ。私はどんな音を出していたんだろう。


「美咲さん。着いてきてくれてありがとうございました。まどろみさん達に心配かけるし、そろそろ戻りましょう!」

「うん!」



 真知子は職員室でもコーヒーを飲んでいた。


 少しキツく言い過ぎたかも知れないな。バランスが悪く不快だったのは事実なんだが…。

 せっかく良いものを持った連中が集まってるんだ、ていでは無くちゃんと活動したら、きっと何かをやらかしてくれると思う。


 真知子は普通ではない(個性的な)4人が、引き寄せあうように同じ同好会に揃ったことを偶然で片付けたく無かった。


 あの連中は個性的だ。まとまって活動しろと正面から言ったところで個性がぶつかり合う可能性が高い。だが、自分たちで考えて方向性を見つけたときの結束力には期待できる。


 普通なら教師として、時間をかけて指導するのが正しいのだろうが、高校の3年間はあっと言う間に終わってしまう。

 そんな限られた時間の一部を使って、納得行くまで指導する時間は彼らにはもったいない、と真知子は考えたのだ。

 ただ、このやり方は真知子の考えが伝わりにくい。いつか敵を作ってしまう危うさがある。


 今回の練習期間は短いので恐らく彼らは今日中に答えを出すだろう。


「それに人から諭されるよりも、自分で考え出した答えのほうが素直に身に付くからな。私はその答えが間違った方向に行かないようにするだけだっ」

「宮前先生っ、独り言がうるさいですよ」



 泉と美咲が部室に戻ると、亮と微睡は座りながら膝がくっ付きそうな程の距離で歌の練習をしていた。


「お嬢、大丈夫か?」

「心配かけました、もう大丈夫です。落ち着きました。美咲さん、さっきの動画を見せてください」

 

 泉はヘッドフォンをして、さっきの自分達の演奏を幾度か聴いた。

 他の演奏のことを考えていない尖った音は確かに不快だった。


 バラバラな音だ。先生は「そこそこ形になっていれば」と言ったけど、まだ形になっていない。


「亮さん、合わせ練習をしましょう。美咲さん、動画を撮ってください」

「真っ正面で録画だね」

「まどろみさんも歌って、今練習したみたいに大きな声で」

「うん、わかった」


 絶対下校の時間が近づくまで何度も練習し、動画を確認した。


「形になってきたかなあ。明日は私、同好会出れないので、明後日先生に聴いてもらいましょう」

「うん!そうしよう」


「そうだ、泉さん、その電子ピアノは録音機能が有るから1回録音しといて。泉さんが休みの日はそれを再生して練習する。それから…発声練習用にドレミファソファミレドの音階を何回か繰り返しで入れといて」

「わかりました!」


 宮子が来て、美咲たちは歩いて帰った。


 微睡と亮は鍵の返却に職員室に行ったが、先生はどこかに出掛けたらしく居なかった。


「また何か買いに行ってるのかもなあ」

「今度はタオルケットと枕かもね」


 2人はバス停に向かった。


「亮、今日もレストスペースでなんか食べて帰りたいけど、いい?」

「うん!俺も腹減った。寄っていこう!」


 微睡はもう亮に緊張しなかった。眠たいけど寝ずに喋っていたい、ずっと一緒に居たいと思うようになっていた。

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