第27話




 大広間に戻る話になっていたのに、色々と脱線してしまっていた。

 気になっていた猫も見つかったことだし、早く戻らないと、りんなお嬢様が待っていそうだ。


 猫の登場で少し和んだ空気の中、僕は来栖さんに近づいた。


「行きましょう。きっと僕達のことを待っていますから」


「……はい」


 座りこんでいたので手を差し伸べたのだが、彼はそれを無視して立ち上がる。

 自然と手を繋いでいた賀喜さんも立ち上がり、僕の手は存在意義を見いだせないまま、宙ぶらりんの存在になってしまった。

 別にそれで落ち込むほどメンタルは弱くないが、親切は素直に受け取って欲しいとも思う。


 大丈夫だとは判断したのだけど、突拍子もない行動を人はするものだ。

 だから監視と抑制の意味を込めて、僕と春海さんで、二人の脇を固める。

 僕達の目的は分かっていただろうけど、文句は言われなかった。



 そういう形で、横に広がりながら、僕達は連れ立って屋敷に戻る。

 僕の後ろにいる緋郷が、今湊さんと歩いているのか、猫と戯れている声が聞こえてきた。


「猫め。お前は、どこから来たんだい?」


「あっちの方からですねえ」


「そうかそうか。どこに隠れていたのかな?」


「島のあちこちですよねえ」


 猫というよりも、今湊さんと会話をしている。

 猫を間に挟んでいるおかげで、特にお互いの言葉の中に棘は無い。

 空気を和ませるためにか、空気を読んで猫が合間に鳴いているのも、会話にアクセントを加えていた。


 緋郷は動物が好きだったか。

 そんな話は聞いたことも、今まで見たことも無かったけど、三毛猫は確かに可愛かったから、気が変わったのかもしれない。


「飼い猫じゃなかったと聞いたけど、何を食べて生きているの?」


「ふふふう。野生を舐めないでもらいたいですねえ」


「へえ、たくましいんだねえ」


「意外にたくましいんですよお」


 二人と一匹のおかげか、ほとんどの人の表情が、少しだけ緩んだ。

 特に変わらないのは、来栖さんと賀喜さんだけである。

 表情は険しく、歩いている最中も、ずっと下を向いていた。


 屋敷に戻っても待っているのは、殺人犯として扱われるということなので、テンションが上がるわけが無い。

 気分としては、死刑執行を待つ囚人だろうか。

 しかし死のうとしていたのだから、死刑執行は怖くないのか。

 それともさっきのは勢いで実行しようとしていて、今は冷静になってやっぱり死ぬのは怖くなっているという可能性もある。


 どちらにせよ、二人を待っているのは楽しいものでは無いのは確かだ。

 お互いの恐怖を半分にし、強さを分け合うかのように、しっかりと握られた手。

 それを見た僕は、二人の絆を見せつけられているかのような気分に陥った。

 仲がいいのは、素晴らしいことで。


 だからこそ、おそらくだが二人で殺人という行動を起こしたのか。

 動機は、長年虐げられたことによる怨恨の線が濃い。

 死人を冒涜するのは気が引けるが、鳳さんも飛知和さんも性格はあまり良くなかった。

 そんな人と十年近く一緒にいたのだ。

 色々な鬱憤もたまるというものだろう。


 僕も緋郷と一緒にいて、小さなものでも殺意がわくことがある。

 普通だったら理性が働いて実際に殺しはしないけど、積み重なって爆発したら、人は人を殺すのかもしれない。

 人を殺していない人の方は多いが、それは偶然なだけ。

 誰だって、いつだって、機会はある。


 猫の鳴き声をBGMに、緋郷と今湊さん以外は会話をすることなく、黙々と歩いた。

 この中で、場違いなのは僕なのか、遊馬さんなのか。

 いい勝負、というところだろう。


 そんな関係のないことを考えて、気まずい空気を払拭した。





「あらあら、随分と待たせてくれましたわね」


 大広間に辿り着けば、りんなお嬢様がすでに待ち構えていた。

 両脇に千秋さんと冬香さんを侍らせて、とてもいい笑顔で出迎えてくれる。

 どのぐらい前から部屋に来たのかは知らないけど、顔をひきつらせている鷹辻さんを見ると、随分と待たせてしまったようだ。


「いやあ、すみません。ちょっと色々ありましてね。待たせてしまったのなら、心からお詫びします」


「お詫びされても、時間は戻りませんの。犯人が分かって推理をすると聞いたから、こちらは急いで来ましたのに。推理をする当の本人が遅れてくるなんて、一体何があったのかしら?」


「それがですね……」


「そこにいる二人が、自殺しようとしていたんだよ」


 機嫌の悪いりんなお嬢様に、何と言ってとりなそうか困っていたら、緋郷が代わりに答えてくれた。

 こういう時は、深く考えずに言ってくれる、彼の存在がとてもありがたかった。


「そこの二人って、来栖さんと賀喜さんのことなの?」


「あー、はい。そうですね」


「そ、そうなのか?」


 来栖さん達が犯人だと知った彼女は、機嫌の悪さを吹き飛ばし、目を見開く。

 口元に手を当てて驚いている姿から、少し大げさなものを感じたが、いつものことだ。

 それよりも、鷹辻さんの驚き具合の方が大きかった。

 明らかにうろたえて、来栖さんと賀喜さんを交互に見ている。


 その姿が滑稽で、僕は悪戯心もあり、更なる爆弾発言を落としてみた。


「そして、先ほど二人は自殺を図ったんです。未遂でしたけど」


 僕の思惑通り、更なる驚きが大広間にいたメンバーに広がった。




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