第50話



 ※第三者視点※



 前日の徹夜が祟ったのか、相神、遊馬を除く、全員が部屋の隅にしかれた布団に入って行った。

 最初はぽつりぽつりと会話が聞こえてきたが、それもすぐに止んだ。

 静かになった部屋では、時計の秒針が動く音でさえ聞こえてこない。それは単純に、音のしないタイプのせいであるが。


 相神は、一緒に来たサンタが寝てしまったことに、特にこれといった感情を抱いていなかった。

 眠気があるのならば、好きに眠ればいい。

 無関心というわけでは無かったが、行動を制限する理由も無かった。

 ただ、それだけのことだ。


 眠気を全く感じていないので、サンタの提案はよく考えられたものであった。

 さすがは長年一緒にいるだけあると、感心していた。


「なあ、これについて聞きてえんだけど」


 一人で楽しさを前面に出して笑っていた相神に対し、未だにファイルを見続けていた遊馬が、ページをめくるのを中断して話しかける。

 話しかけるのを最後まで迷っていたようだが、起きているのは相神だけだ。

 消去法で話しかけるに至ったわけである。


「何だい?」


 普段だったら無視していた相神も、気まぐれに答えた。


「お前、これ全部読んだんだろう。どう思った?」


「どう思ったって、例えば? 詳しく質問してくれなかったら、答えようがないじゃないか」


「面倒な奴だなあ」


 遊馬はそう言っているが、相神のこの対応はいつもより随分と優しい。

 サンタが起きていれば、表情には出さないが驚くはずだ。


 面倒で、自分が嫌いになった人に対しては、慈悲を見せず完膚なきまでに叩きのめす。相手にトラウマを植え付けるまで、止まることは無い。

 気が付いていないが、遊馬は自身が思っているよりも危うい状況にいるのだ。


 相神の機嫌の良さと、地雷をぎりぎり回避しているという、二つの要素があって初めて、この会話が成り立つ。


「俺の娘は、この灯台にいると思うか?」


 遊馬はファイルの開かれているページを指し、彼にしては丁寧に尋ねた。

 指されているページには、灯台が彼の娘がこの島に滞在していた期間に、補修工事をしていたと書かれている。


「この補修工事の時に、夕葉はどさくさに紛れて隠されたんじゃないか? きっと工事の人も、あいつらの息がかかっているだろう。簡単に出来たはずだ。夕葉は、夕葉は、やっぱり殺された……?」


 他の人が寝ているのは遊馬も気がついていたので、小声だが、それでも言葉の中に悲痛な思いが込められていた。

 しかし、相神がそれで同情するわけがない。


「ねえ、君の娘さん? 写真は無いの?」


「ああ?」


 同情はしなかったが、興味はあったようだ。

 手のひらを差し出して、催促のジェスチャーを行った。

 始めは疑いの眼差しを向けていたが、何もしなくても話が進まないのを察したようで、ポケットの中を探り出す。

 そしてボロボロになった手帳から、ボロボロの写真を取り出して、相神に渡した。


「ほらよ。八年前の写真だから、少しは変わっていると思うがな」


「ありがとう。いつのでも十分だよ」


 破損させないように、丁寧に受け取った緋郷は、写真を一目見た。

 そして、一気に興味を無くした表情を浮かべる。


「もういいよ。返す」


「……は?」


 呆気なく写真を返され、遊馬は動きを止めた。

 一連の流れは、たったの数秒で終わった。

 そのせいで、頭がまだ理解していなかったようだ。


 数十秒後、理解した彼は、他の人が寝ていることを忘れて叫びかけた。

 しかし、完全に忘れてはいなかったので、何とか口の中で押しとどめる。


「お、お前、お前が見せろと言ったから出したんだぞっ。それなら、ちゃんと見ろよっ。というか、何のために見たいと思ったんだっ」


 必死に大声を出さないようにはしていても、感情がのっていて、人によっては起きだしてしまうぐらいにはなっていた。

 幸いなことに、寝ている中にデリケートな人間がいなかったおかげで、誰も起きずには済んだ。


 遊馬に詰め寄られ、面倒だという表情を前面に押し出し、相神は顔をそむけた。

 話を終わらせようとする雰囲気しか感じられないが、遊馬はこんなことで諦める男では無かった。


「教えろ。何で見て、何でそんな顔をしたんだっ。教えてくれるまでは、離さないし寝かせないからなっ」


 襟元を掴み、前後に勢いよく揺すりだす。

 されるがままだったが、離さないと言われてしまったら、面倒の方が負けた。


「言えばいいんだろ。分かったから、揺すらないで。揺すられて気持ちが悪くなったら、何も話せなくなるけど」


「あ、悪い」


 本当の意味で吐かせるのは本意では無いので、すぐに揺する手は止められる。


「それで? どうしてなのか、きちんと教えてくれ」


 真剣な表情で、まっすぐと相神を見つめ、彼は呼吸をすることも忘れていた。


「それはね」


 喉がごくりと、大きく鳴った。


「写真を見ても、好きにはならなかったからね。そういう人は、どうでもいいんだよ。だから、殺されてはいないはず」


「……あ?」


 ここで一番の大きな声が出てしまったが、今回も誰も起きることは無かった。

 相神はこれで話は終わりだろうと、思考を別に移そうとしたが、遊馬がそれを許すはずがなく。


「もう少し、詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」


「ええ」


 残り、二時間四十分。

 まだまだ、彼等の時間は終わらない。



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