第51話



 ※第三者視点※



 時刻は、零時になった。

 今湊、賀喜、槻木、夢の中にいる三人の頭を、遊馬が軽くだが叩いた。


「……いたあっ。何ですかあ? もうご飯の時間ですかあ?」


「……んん?」


「……痛い。何?」


 それぞれ違った反応をして、眠りから覚める。

 今湊と賀喜はいつも通りではあるが、槻木は寝起きが悪いのか眉間にしわを寄せて、不機嫌な表情をしている。


「時間だ。次は、お前達の番だから起こしたんだ。俺はもう眠いから、さっさと起きてくれ」


 あくびを噛み殺した彼の後ろには、珍しく疲れた表情をした相神がいた。


「もうそんな時間ですかあ。ふわわあ。眠いですねえ」


「時間は時間だからな。ちゃんと起きていろよ」


「分かっていますよお。ねえ?」


「は、はい。きちんと起きていますよ」


「それならいいけどよ。そこの坊主にも、きちんと起きるように言っておけよ」


 遊馬は、ゆらゆらと頭を揺らしている槻木を顎で指し、忠告をする。

 それに対し、槻木は鋭い目つきで睨んだ。


「大丈夫だから。ちゃんと起きているよ」


 機嫌の悪さは変わらず、それでも覚醒してきた。

 一度大きなあくびをして、そして強く頬を叩く。


「よしっ。起きた」


 とろんと夢うつつだった瞳も、力強いものに変わった。

 それを見て、遊馬は口元に笑みを浮かべる。


「それでいい。ちゃんと、そこのねーちゃん二人を守ってやれ」


 頭を撫でることは無かったが、父性を感じさせるような顔つきだった。


「そういえばあ、相神さんはあ、どうしてそんなに疲れているんですかあ。ぷふふう」


 今湊は、相神の疲れた様子を見て、楽しそうに笑う。

 それぐらい疲れきっている相神は、いつもの憎まれ口を叩く元気さえない。


「ただ、話をしていただけなんだけどな。二時間半ぐらいだから、そんなに話をしていないが……貧弱だな」


 ただの話と遊馬は言っているが、その時間の中でずっと口を開き続けていたのだ。

 あまり受け身で話をするのが好きではない相神にとっては、苦痛でしかなかった。

 もう気まぐれなどは起こさない。

 口には出していないが、そんな雰囲気をまとっていた。

 サンタがいれば、触らぬ神に祟りなし、と近寄りもしなかっただろう。


「俺は、もう寝るから。絶対に起こさないでね。騒がしくしたら、本気で怒るから」


 元気が無かったのは、この時間まで起きていたせいもあった。

 そのため、軽くあくびをすると、忠告をして布団の中に入る。


「まあ、そこまで騒がしくはしないだろう? 眠気覚ましに話をするのは良いが、ほどほどにな」


 遊馬も大きな口を開けてあくびをし、相神とは離れたところにある布団にもぐりこんだ。

 少しして、寝息がそれぞれの布団から聞こえだす。

 それを耳に入れると、ほとんど覚醒をした三人は顔を合わせた。


「それじゃあ、静かにお話をしましょうかあ」


「は、はい。よろしくお願いします」


「三時間、よろしくね」


 出来る限り小さな声で会話をし、静かに椅子に腰かける。

 今湊と、賀喜が並び、その前に槻木というように座った。


「三時間って言うと、思っているよりも長いよね。恋バナでもする?」


 女子の多いグループである。

 それを加味した槻木の提案は、受け入れられた。


「そうですねえ。それじゃあ、恋バナというものをしましょうかあ。まずはあ、賀喜さんお願いしますう」


「わ、私ですか?」


「はいい。だって、来栖さんとの関係があ、私は気になって気になってえ、夜も眠れないですからあ」


 先ほどまで、熟睡していたのを無かったことにして、今湊は目を輝かせ詰め寄る。

 その勢いに気おされているが、賀喜は本気で嫌がってはいなかった。

 証拠に、彼女は恥ずかしそうにしながらも、まんざらではない様子で笑っている。


「来栖さんとは、飛知和さんが鳳さんとお会いになっている時から、素敵な方だとは思っていました。でもその時は、話しかけたり、そういうことはしませんでしたが。飛知和さんが亡くなって、そういうことにかまけては駄目だとは分かっていましたが、気持ちが抑えきれずに……」


「ほえええ。やっぱり、恋愛は理屈じゃないですねえ。羨ましいですう。来栖さんの、どこが好きなんですかあ?」


 遠慮というものを知らない今湊は、ここぞとばかりにぐいぐいと聞く。


「え、っと、好きなところですか?」


 賀喜もその勢いに困り顔をするが、ここには助けてくれる人などいない。

 槻木も口元に笑みを含ませて、見守る姿勢に入っていた。


「く、来栖さんは、とても優しい方です。穏やかで知的で、私のことを守ってくれます。いつだって、そうです」


 味方がいなく諦めたので、彼女はぽつりぽつりと話す。

 その表情は穏やかで、心から来栖に信頼を寄せているのだと、二人に教えた。


「いい関係だね。二人は」


「そうですか? そうだといいです。私は、守られた分、彼のことを守りたいんです」


「守り守られるですかあ。素晴らしいですけどお、共依存にならないようにい、そこだけは気を付けてくださいねえ」


「え、あ、はい」


「それじゃあ、次はあ、槻木さんの弟さんの話をしましょうかあ。冬香さんとは、どこまで進んだ関係なんですかあ?」


「んふふ。それはねえ……」


 三人の話は、話題が恋愛ということもあり、盛り上がりを見せた。

 始めの頃の不機嫌さは嘘かのように槻木の顔は輝き、賀喜も頬を染め、今湊は生き生きとしている。

 三時間が長いと言っていたのはどこへやら、話題が尽きることは無さそうであった。



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