第31話
胸の痛みを抱えながら、僕は椅子の背もたれに深く寄り掛かる。
失恋に効くのは、新たな恋だったか。
しかし、そう好きな人をころころと変えられるほど、僕は切り替えの早い人間ではない。
そして緋郷のように、好きな人をたくさん抱えられる性格もしていない。
「ううう、冬香さあん」
「一体どうしたんですかあ? ものすごく、腑抜けになっていますけどお」
「いやあ。思っていたよりも、メイドの彼女のことが好きだったみたいでね。しばらくしたら、元に戻ると思うから」
「そうなんですかあ。それは、悪いことを言ってしまいましたねえ。ぷふふう」
冬香さんを思って魂が抜けている僕のことを、周りで好き勝手に話している。
今湊さんに至っては、絶対に馬鹿にしている。
しかし怒る気力も無くて、手を挙げて振った。
僕のことは気にせずに、二人だけで話してくれ、という意味のジェスチャーだ。
通じたのかどうか分からないけど、二人は僕抜きで話し始める。
「君は、あの子供のふりをしてい人、分かる?」
「ああ、槻木さんですねえ。さっきも会いましたあ。でも、それがどうしたんですかあ?」
「そうそう。そんな名前の人。いや、うちのサンタがね、子供だと本当に勘違いしていたみたいだからさ。他にも同じ勘違いをしている、よく言えば純粋な人はいるのかなって思ったんだ」
「そうなんですかあ。どうですかねえ。この島の人は、ほとんど勘違いしていないと思いますけどお。お兄ちゃんは、随分と騙されやすいんですねえ。心配になるレベルですよお」
僕抜きで勝手にしてくれと思ったのに、なぜ話題が僕のことになる。
しかも冬香さんの話の次に、ショックを受けた槻木さんの話をするとは。
僕に止めを刺そうとしているのだろうか。
性格の悪い二人の話を、いちいち受け止めていたら、メンタルが崩壊してしまう。
僕は聞こえないふりをしながらも、あまりに近くなせいで、耳に入ってくる言葉を自然と聞き入れていた。
「そういえばあ、あなた達灯台に行ったそうですねえ。どうでしたかあ?」
「おお。話が早いね。誰に聞いたんだろう。そうだよ。さっき、行ってきたばかりだね。まあ、中に入ることが出来なかったから、今はまだ満足していないってとことかな」
「あらら。贅沢ですねえ。中に入っちゃ駄目って言われたんですから、それ相応の理由があるってことですう。招待されたとはいえ、私達は客人ってだけですからあ、あんまりワガママ言うと怒られちゃいますよお」
「いや、全然怒られなかったよ」
「私のアドバイスは、もう遅かったんですねえ。お兄ちゃんがいるのに、ちゃんと監視していなかったんですかあ」
僕だって、放置をしていたわけではない。
しかし止める前には終わってしまったのだから、僕のせいではないと思う。
心の中で文句を言って、机の上に突っ伏す。
「そのおかげで、灯台について教えてもらえることになったよ。君にも教えてあげようか」
「私は別に興味はないから、良いですよお。どうして、そんなに灯台に興味を抱くんですかねえ。ただの灯台ですよお」
「君は魅力を感じないタイプなんだね。そっかそっか」
「だって、美味しく無いですからねえ」
「確かにね」
何事よりも、食い気が勝るのか。
灯台に美味しいも何も無いと思うけど、今湊さんの感性ならば少し納得が出来る。
食べ物以外で、美味しいと思うものがあるのか気になるところだ。
緋郷の返しも、確かに、ではないと思うが、緋郷だからとしか言いようがない。
「ねえ、君は、次は誰が死ぬと思う?」
「うわあ。不謹慎なことを聞きますねえ。私の他にも、誰かに聞いたんですかあ?」
この二人の会話は表向きは普通でも、腹の中でどう思っているのかが分からないのが面白いところだ。
「ああ。さっきまで、ここにいた人達に聞いたよ」
「絶対に怒られましたよねえ」
「何か大きな人の方が、怒っていた気がするけど、なんでだろうね」
「それを本気で言っているとしたらあ、頭がおかしいとしか言いようがありませんよお。それで、答えはなんだと言われたんですかあ?」
「ああ。小さい人の方に、僕が死ぬんじゃないかって言われた」
「ぷふふう。それは傑作ですねえ」
心底おかしいと言ったふうに笑う彼女は、お腹を抱えた。
それぐらい面白いのか、緋郷が死ぬと言われたことが。完全に同意である。
「槻木さんは思っていたよりも、いい性格をしているみたいですねえ。友達になれそうですう」
「僕もそう思うよ。それで、君はどう思う? 次は誰が死ぬ?」
「そうですねえ」
口に手を当てて考える仕草をしているけど、僕には笑った口元を隠しているようにしか見えなかった。
「それなら、まずあなたの答えを知りたいですよお」
「ん? 俺の?」
「そうですう。人に聞く前に、まずは自分が答えなきゃあ。常識ですよお」
「まあ、一理あるね」
ふむ、と緋郷は唸る。
そして、次にはいい笑顔で、こう言いきった。
「僕は次に、犯人が死ぬと思っているよ」
机に突っ伏していた僕だったが、その言葉にさすがに顔を上げた。
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