第29話



 夕葉さんは、もしかしたら死んでいるかもしれない。

 りんなお嬢様の様子から考えると、そうとしか思えなかった。


 ストーカーの話を遊馬さんにしようかと思ったけど、絶対に内緒にしておこう。

 最初は話をすれば、この島に対する誤解が無くなると期待していたのだが、助長するだけである。

 あの人も、何をしでかすか分からない危うさが見えてきたから、刺激をしない方がいい。


 僕は遠い目をして、現実逃避をする。

 内緒にした方がいいことが、どんどん増えてくる。

 鷹辻さんの話じゃないけど、いつか気が緩んで言ってしまいそうで怖い。


「ねえねえ。さっき灯台に行ったんだけどさ」


 僕が現実逃避をしていると、緋郷が話に戻ってきた。


「ええ。今その話をしていたところだわ」


「あの中に入りたいんだけど、許可を取ればいいの?」


 違う違う。

 それは、許可制じゃないんだ。

 僕のツッコミは間に合わず、緋郷は言ってしまった。


 これでは、後でこっそり入ろう作戦が台無しである。

 表情に出すとまずいので、僕は平静な振りをして、心の中でツッコミを入れる。


「あら……私の話を聞いていなかったのかしら? 灯台の周りを見るのは許可しますが、中に入るのは危険だから駄目だと言いましたわよね」


 りんなお嬢様の言葉はごもっともで、悪いのは話を聞いていない緋郷の方である。

 絶対に、警戒心を持たれてしまった。

 きっと警備を厳重にされるはずだ。

 それを、緋郷は分かっているのだろうか。いや、分かっていないから、こんなことが言えてしまった。


「聞いていたよ。でも危険だといっても、奥の方とかじゃない? 入口辺りだけでもいいからさ。メイドの誰かも連れていくよ?」


「いえ、危険なのは建物全体ですわ。誰かを連れていくと簡単に言いますけど、それで怪我でもしたら、責任は取れないでしょう? ゴタゴタが起こると、面倒なのはそちらでしょうから、気を遣って禁止にしているの」


「頑なだなあ。そんなに中を見せたくないの? それは、中に見られたらまずいものでもあるから?」


「こら、緋郷!」


 それは本当に、今言うべき話じゃないだろう。

 僕は目に余る言葉に、注意をしようと声をかけた。

 これでは、また地下室に戻らされてしまうかもしれない。

 それだけは、絶対に困るのだ。

 さすがに、これからの行動には緋郷が欠かせない。


 謝罪でもなんでもして、許してもらおう。

 僕が土下座の準備をしようと、ソファから降りようとした時、りんなお嬢様の笑い声が響いた。

 それはもう、上品だが大爆笑だった。


 口元を押さえて、それでも隠しきれないぐらいに大きく笑っている姿は、りんなお嬢様にしては珍しい。

 今、気がついたけど、部屋にはメイドさんの誰もいない。

 もし、いたとしたら驚くのだろうか、それとも何も思わないのだろうか。


「ふふふ。あなたは面白いわね! 普通は、本人に直接言うものでは無いと思うけど! あなたみたいな人を、空気が読めないって言うのじゃないかしら? 私、知っているわよ」


 とても楽しそうに、彼女は笑い続けている。


「面白い? それは、やっぱり灯台に何かを隠しているから? 死体? ねえねえ、教えてよ。教えてくれないのなら、中に入る許可を出してくれるよね」


 それを見てなのか、それとも空気を読んでいないからか、緋郷は子供のようにわがままを言い連ねた。


「ふふっ。そうね。どうしようかしら。あなたに許可を出して、荒らされたらたまったものじゃないですし。本当にあそこは古くて危険なだけで、中には何も無いのよね。どうすれば納得してくれるのかしら」


「納得させるには中に入れてくれるか、何があるのか教えてくれるかの二択だと思うけど。簡単なことじゃないかな?」


「だから危険だと言っているし、何も無いと言っているのに。面倒な人ねえ」


「僕が面倒じゃなくて、隠しすぎているだけだと思うけど。早く教えてくれればいいでしょ」


 緋郷が引く気がないのが分かったのか、りんなお嬢様は笑いながら、器用にため息を吐いた。

 その顔には、ありありと面倒と言う字が書かれている。


 僕でさえも、そろそろ諦めたらいいんじゃないかと思うようになってきた。

 そこまでして、灯台にこだわるほどの情熱が僕には無かった。


「……分かりましたわ。あなたが納得してもらえるように、何かしらの手段を講じましょう。中に入ることは出来ませんが、それに近いことを出来るようにしますわ。譲歩して、ここまでですけど、納得してくださるかしら」


 頬に手を当てて、りんなお嬢様は折れてくれた。


「本当は中に入りたかったんだけど、仕方がないね。それでいいよ」


 そして何故か、緋郷も妥協をした風に言う。

 いつもはこんな感じではないので、わざとこんな態度をしているとは分かっている。

 しかし、当事者じゃない僕でも苛立ちを覚える。


 りんなお嬢様が、下々の人の態度を目くじら立てるような性格ではなくて本当によかった。

 世が世なら、今頃は打首にされているはずだ。


「今は無理だけど、後で用意させるわ。もういいかしら? このままこの部屋にいたら、他にも無理難題を要求されそうですもの。私だって、暇じゃありませんから」


「分かった。もう用は済んだしね。そろそろ帰るよ。じゃあ、今言ったことは、ちゃんとお願いするね」


「ええ。私は約束を違えませんもの。きちんとやりますわ」


 緋郷がこれ以上、頼むことがなくて良かった。

 見ていて、とても冷や冷やしたから、心臓に悪すぎる。


 気が変わって怒られる前に、とっとと退散しよう。

 緋郷の背中を押して、部屋を出ようとした背中に向け、りんなお嬢様の声がかかった。


「そういえば、あなたは灯台を墓標の代わりにしていると言っていたけど、灯台は灯台よ」


「は、はい。胸に刻んでおきます」



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