第28話



「それじゃあ、今夜は大広間で過ごせる準備をしておくとして。私達も一緒に過ごそうかと思うけど、それで構わないかしら?」


「いいんじゃない。人数が多ければ多いほど、安全だし負担も減るだろうからね」


「あら、ありがとう。それと、他にも頼みたいことがあるんじゃないかしら?」


「おお、めざといな。それなら話が早いね。頼みたいことっていうのはね、命令をしてほしいんだ」


 緋郷には遠慮という言葉が無いので、更にお願いをするようだ。

 まあ、使えるものは使っておけ精神だろう。見習いたいところである。


「命令? どのような?」


「大広間に全員参加するように、命令してほしいんです。そうしないと、反抗する人がいそうなんで」


「確かにそうね。それじゃあ、夕食の時に命令しましょうか。そうすれば、皆に一斉に言えるでしょう」


「タイミングは、そっちに任せるよ。必ず、皆が参加できるようにしてくれればいいからさ」


 りんなお嬢様が、協力的な人で良かった。

 話がすぐに決まり、緋郷は少し考えこんだ。

 もう少し何かを頼もうとしていたように見えたけど、僕の思い違いだったのか。


「そういえば、灯台に千秋と一緒に行ったでしょう。その時に、遊馬さんの娘の夕葉さん? のイヤリングを見つけたらしいわね」


「ああ、そうですね。今は、遊馬さんが持っていますけど」


「そうなの。出来れば、見せてもらいたかったのだけど。きっと無理ね」


「何で見たかったんですか?」


「この島に滞在されている時、とても素敵なものだと思ったからよ。確か手作りだと言っていたわね」


 何かしらのボロを出してくれるかと思ったけど、全く持って隙を見せない。


「そういえば、夕葉さんのことを覚えているですね。確か五年前に、ここに来たんですよね。そうだとしたら、忘れてしまいそうですけど」


 特に印象に残るようなことがなければ、招待した人なんて、いちいち覚えていられなさそうだけど。


「そうね。覚えているわよ。私達は、この島に招待してもてなした人のことを、全員顔と名前まで覚えているの。そういう風に、脳がもう出来ているというわけね」


「おー」


 さすがである。

 きっと社交場で有利に働くために、身につけたものなんだろう。

 僕は。依頼人をインパクトが強い人しか覚えていられないので、見習いたいところである。

 すぐに忘れてしまう緋郷にいたっては、爪の垢を煎じて飲んだ方がいいと思う。


「夕葉さんは、どんな人だったんですか?」


 遊馬さんには聞きづらいから、覚えているというのは都合がいい。

 こう何度も名前が出てくると、少し人となりが気になるというものだ。


「そうね。一言で表すとしたら、太陽みたいな人かしら」


「太陽ですか」


 それは、なんとも月並みな表現だ。

 きっと明るい人だと言いたいのが、それだけで伝わってくる。

 りんなお嬢様にしては、普通のことを言うものだ。少しがっかりしてしまう。


「ええ、太陽。明るく普段は私達を、暖かく照らしてくれる。でも焦がれ近づいたら、一転して、私達の命を奪う力を持っていることを知らしめてくるのよ」


「命を奪う力。それを夕葉さんが持っていたということですか?」


 勝手にがっかりしていた僕は、付け足された言葉に、少し興味を抱く。

 命を奪う力なんて、全くの褒め言葉には聞こえない。

 夕葉さんは、ただの明るい性格では無かったようだ。


「彼女がそこにいるだけで、場は華やかになっていたわ。彼女自身も、どんな人に対しても分け隔てなく交流をしていた。ただ……」


「ただ?」


「それを自分に対する好意だと、勘違いする人が出てくるのよね。悲しいことだわ」


 確かに、少し優しくされただけで、どういう思考回路をしているのか、自分に好意を持っていると思ってしまう人はいる。

 そういう人は大抵、聞く耳を持たないし、突拍子もないことを仕出かす。


「もしかして、それで夕葉さんは殺されたとか?」


「あなたは、先程の父親と同じことをおっしゃるのね。彼女が殺されて、今回のように警察に届けず死体を隠したと思っているのかしら?」


「い、いや、そういうわけではないんですけど。今の言い方だと、何かのトラブルに巻き込まれたのかと思っただけです」


「焦っていたら、そうだと言っているようなものよ。確かに彼女は、トラブルに巻き込まれていたわ。でもそれは、この島に来てからではなくて、来る前のことよ」


 来る前。

 それは、ストーカーにでも悩まされていたということか。


「彼女の熱狂的なストーカーのことを、あの父親は知らなかったみたいね。彼女はこの島に来て、恐怖から解き放たれたと、そう言っておりましたわ。誰も味方がいなくて、とても辛かったと。その苦しみを、知らなかったのよね」


 やっぱりストーカーだったのか。

 こういう問題は、悲しい結末に辿り着くことが多い。

 夕葉さんの場合は、どうなったのだろう。


「それで、夕葉さんは……?」


 僕の質問に、りんなお嬢様は優しげに笑った。


「今は大丈夫だわ。彼女はストレスもストーカーもいない場所で、幸せに過ごしているわよ」


 それは、この世ですか。それとも、あの世ですか。


「えっと、それはそれは……良かったですね」


 さすがに聞くことが出来なくて、曖昧に笑い返した。



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