第7話
「やっほー。聞いたよ。今度は、珠洲さんが殺されたんだって?」
重い空気を払うかのように、緋郷は軽く入ってきた。
しかも言った言葉がそれなので、注意する時間すらなかった。
心証を悪くすれば、また地下室に逆戻りになるのを察してほしい。
緋郷らしいと言えばらしいけど、今は止めてほしかった。
そして、いつの間にか飛知和さんを珠洲さん呼びにしている。
来るのが少し遅いと思ったけど、もしかして死体を確認してから、ここに来たのだろうか。
名前呼びに変えたということは、飛知和さんが殺されたのは確定事項になった。
後は同一犯なのか、模倣犯なのかということだ。
「緋郷、明るく言い過ぎ。そんなに明るく言うことじゃないから。分かるでしょ」
「んふふ。いやあ、だってさあ。やっぱいいよねえ。こんな短期間に、姫華さんや珠洲さんと会えるなんてさあ。俺は幸せ者じゃないか」
「そういうことを言わない。人が二人、死んだということなんだからさ。不謹慎だよ」
「ごめんごめん。何か部屋から出て、テンションが上がったみたい。それに、珠洲さんを見て、凄い嬉しいんだ」
死体を見た直後だからか、緋郷は興奮しきって止まらない。
これは落ち着くまで時間がかかりそうだ。
しかし待っている時間も無いので、僕は隣に座ってきた緋郷の頭を軽く叩く。
気分は、壊れたテレビを叩いて直すような感じである。
「はいはい。落ち着けばいいんでしょ」
今回は僕の目的が分かったので、文句を言わず緋郷は口を閉じた。
「すみません。まだ話し合いの途中だったのに、無駄口を叩いてしまって。えっと、何を話していたんでしたっけ。……ああ、ちょうど僕に濡れ衣を着せようとして失敗したところでしたね」
「ははは。サンタも疑われていたの。面白いね」
「それで、賀喜さんは昨日何をしていましたか?」
隣で冷やかしてきたから、きちんと報復をして、僕はすっかり静かになった賀喜さんに話しかける。
りんなお嬢様と今湊さんが、小さな声で性格が悪いと呟いているのは無視した。
「え、あ、私ですか?」
「そうですよ。僕と今湊さんは、一応飛知和さん殺しに関しては、完璧なアリバイがあります。あなたはどうなんですか?」
「わ、私は……」
「……賀喜さんは、私と一緒にいました」
やられたらやり返す精神で意地悪をしていたら、賀喜さんにも味方が現れた。
「それは本当ですか? ……来栖さん」
アリバイが他の人にもある可能性はあったけど、まさかその相手が来栖さんだとは。
この二人に今まで接点は無かったはずなので、知らないうちに何かがあったのか。
「はい。私と賀喜さんは、昨日の夜から朝まで、ずっと一緒にいました。徹夜をして、五分以上離れなかったので、これで私達のアリバイは成立しますよね?」
来栖さんは賀喜さんを守るように、力強く言い切った。
「まあ、そうですね。賀喜さんも、それに間違いは無いんですよね?」
「は、はい……」
何だかアダルティな雰囲気を感じたが、そこまで突っ込むのは野暮というものなので、とりあえずは心の中に賀喜さんと来栖さんはアリバイありと書き留める。
アリバイがあるのならば、これ以上聞くことも無いだろう。
それでは、他の人はどうだったのだろうか。
「僕と龍興お兄ちゃんはね、冬香お姉ちゃんと一緒にここで遊んでいたんだよ!」
「なっ? それは本当ですか?」
しかし僕が聞く前に、槻木君が手を上げて、そんな衝撃的なことを言ってきた。
驚きすぎて、僕は机を叩いて立ち上がる。
「あ、ああ、そうだが! それがどうかしたのか!」
僕の勢いに、鷹辻さんが不思議そうな顔をしてきた。
それがどうかしたのか、ではない。
冬香さんと一緒にいたなんて。
「な、なんて羨ましいんだ」
「……え?」
「一晩中、冬香さんと一緒にいたんでしょう。お話をしたり、トランプをしたり、一緒にお茶なんかを飲んだりして! 眠くなってきたら毛布を持ってきてくれるけど、もう少し起きましょうと言って! そして夜が明けて! これが羨ましい以外に、何と言えるんですか!」
「……お、おう?」
「いいな! 僕も、冬香さんと一緒に過ごしたかった!」
別にこの屋敷の元の住人であれば、誰と一緒にいても良かったのだ。
今回は、一番影響力が強いと、りんなお嬢様を選んだのだけど。
冬香さんも候補に入れていいのなら、そっちの方が良かった。
「あら。私と春海では不満でしたか?」
「い、いえ」
りんなお嬢様がそう言ってくるが、そうというわけではないのだ。
二人が嫌だったわけではないけど、冬香さんと一緒に夜を過ごせる時間だって、かけがえのないものである。
天秤にかけるなと言われればそれまで、しかし過ごせたかもしれない時間は惜しい。
僕は頭を抱えてしばらく唸ると、頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「すみません。取り乱しました。それでは、鷹辻さんと槻木君にもアリバイがあると言うことで良いですよね。冬香さん、間違いはありませんか?」
「はい。槻木様は寝てしまわれましたが、ここでそのままお話をしておりました」
話をしながら頬を染める冬香さん。
そこから導き出される答えを考えたくなくて、僕は話を変えることにした。
「遊馬さんは、どうですか?」
「……ああ?」
今まで静かにしていた遊馬さんは、僕を睨みつけていた。
そして、素っ気ない口調で言い放つ。
「俺は、そこの千秋っていうメイドと一緒にいたよ」
本日何度目かの、爆弾発言だった。
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