第8話




 遊馬さんは、千秋さんと一緒にいた。

 それは、到底思い浮かばない組み合わせであった。

 どういう目的で一緒にいたのか、それは全員が気になっていることだった。


「千秋、遊馬さんが言っていることは、本当なの?」


 りんなお嬢様も、少し戸惑った様子である。

 この場にいる緋郷以外が、二人の関係性がどういうことなのか知りたいと思っていた。


「はい、お嬢様。昨晩、私と遊馬様は、図書室で過ごしておりました。計ってはおりませんが、十分以上離れることは無かったのではないでしょうか」


「何のために図書室にいたのかしら?」


「遊馬様が、この島のことについてお調べになりたいとのことで。寝る間も惜しいほど調べることがあったらしく、お一人でいるのは物騒なので付いておりました。不審な動きは、特になかったと記憶しております」


「そう。それはご苦労だったわ」


「……仕事でしたので」


 賀喜さん達みたいな、そういう雰囲気ではなく、ただの職務の一環か。

 話を聞いて安堵の空気が流れ、そしてまた別の緊張感が漂った。


 遊馬さんが確実に千秋さんと一緒にいたということは、この場にいる全員のアリバイが成立してしまった。

 それは、容疑者がいなくなったということだ。


「あらあら。これでは、犯人がいなくなってしまいましたね。どうしましょう」


 全く困った様子が無く、りんなお嬢様は全員の顔を見回した。


「鳳さんを殺した犯人が見つかっていない今、今度は全員にアリバイがあるなんて。さて、探偵の皆様はどうするつもりなのかしら?」


 本当は犯人じゃないかというぐらい、彼女は僕達に対し威圧感を出した。


「着手金は、全員が受け取りましたわよね。一度受けたからには、途中で脱落することは私が認めませんわ。皆様には鳳さんと飛知和さんを殺した犯人を、きちんと捕まえていただいてから、この島を出てもらいます。つまり犯人を捕まえられなければ、この島からは決して出しませんということですの。異論は認めません」


 今回は反論する人は出なかった。

 その気力も無かったのかもしれない。

 僕は元からそのつもりなので、特に嫌だと言うこともない。

 むしろ、他の人をこの島にとどませることが出来るから好都合だ。


「前も言いましたが、犯人を捕まえることが出来た場合、私が出来る限りのことをしてあげますわ。だから、明後日に帰りたいのであれば、早く犯人を見つけることね」


 明らかな挑発は、このおかしな状況を早く終わらせたいからか。

 しかし、それで燃えるような人がいないため、不発に終わってしまった。





 わざわざ挑発をしてくれたのに、それが不発に終わってしまって、りんなお嬢様は恥ずかしかったのだろうか。


「それでは私は、そろそろ休みますわ。昨日は徹夜でしたから。夕食の報告を楽しみにしています。調査、頑張ってくださいね」


 そう言い残すと、そそくさと春海さんを引き連れて帰っていった。

 取り残された僕達は、ほとんどが徹夜をしていたせいで、大きなあくびを連鎖しながらした。

 そして席を立つと、何も言わずに部屋から出て行く。


 部屋にある時計を見たら、時刻は七時を指していた。

 朝食は先ほどパンケーキを食べたからいいが、これから何をしようか。


「緋郷は、もうご飯食べた?」


「んん? ああ、何かパンケーキ食べた。美味しかったよ、甘くて」


「それは良かったね」


 僕と今湊さんのついでに、緋郷の朝食も用意されたのか。

 それにしても昨日に続き、朝早くに起きていたのには驚きだ。

 もしかして意外にも、軟禁されたのは精神的に辛かったのかもしれない。


「それにしても昨日は、何かうるさかったんだよね。ドタバタとさあ。何人かの足音。だから、部屋の中にあった照明道具を上に投げつけちゃったよ」


「それはいつのこと?」


「えー。そうだなあ。何か夜だったけど、何時だったかな。えー。うーん。三時? ぐらいじゃない?」


「それって……」


 飛知和さんが殺された時間じゃないか。

 三時にドタバタとするなんて、よほどのことが無い限りおかしい。

 それにこの島のメイドさん達は、そういう風に移動する際に音を立てるタイプではない。

 おそらくではあるが、犯行時に飛知和さんが暴れて、その時の音が下に響いてしまったのだ。


 ああやってぐるぐるとした着いた先の地下室の上が、まさか犯行現場だったとは。

 何という偶然なのだろう。

 緋郷の記憶が確かであれば、犯行時刻は三時頃に絞られた。

 しかし、三時だと分かったとしても、全員にアリバイがある。

 まだ、犯人を絞れるものではない。


「照明器具は壊していないよね?」


「壊れなかったよ。さすがに頑丈だね。ヒビは入ったから隠しておいた」


「そっか……」


 きっと地下室にあるものでさえ、僕達のような一般市民には、到底手を出せないような代物だからバレなければいいが。

 後でどこかに埋めようか、頭が痛くなる問題が増えて、僕は頭痛が悪化したような気がする。


「ああ、これから珠洲さんの死体を見に行くんだろう? 楽しみだなあ。その後は、また埋めに行くのかな?」


 頭を抱えた僕の隣で、楽しそうにこれからの予定を話す緋郷は、何のストレスも無さそうで羨ましい限りだった。

 ほとんどの問題に、緋郷が関わっているのにも関わらずだ。


 本当、一度皆様とお話をでいいから頭の中を覗いてみたい。

 常人には、理解できないものだとしてもだ。



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