第42話




「あとは、どんなお話をしようかしら……そうねえ。それでは、私になんでも質問なさって。どんな質問でも答えてあげますから」


 質問をするのは飽きたとばかりに、りんなお嬢様はそんな提案をしてきた。

 質問に答えればいいだけなので、その方が彼女にとって楽なのだろう。

 色々と聞きたいことはあるから、質問をたくさんできる機会に恵まれたのは運が良い。

 こんなチャンスは、そうそう無い。時間もたっぷりあるから、気になっている質問はどんどん投げかけてしまおう。


「あの、この島は買ってもらったって言っていましたよね。一体どれぐらいのお金がかけられているんですか?」


「急に下世話な質問ね。別に構わないけど。お父様が全てを決めたから、詳しいことはあまり知らないのよね。でも確か……まあ三桁ぐらいはいったかしらね」


 その桁の規模は万なわけがないから、億なのだろう。

 お金持ちって恐ろしい。

 屋敷も確かに立派かもしれないが、何百億もかかるほど凄いものだとは思えないのだけど。

 どこに、そこまでのお金がかかっているのか。専門家じゃないから分からない。


「そんなに高い買い物をよくしましたね」


「そこまで高い買い物じゃないわよ。それにお父様は、私のことをとても愛してくれていますから。この島も屋敷も全て、お父様の提案で用意されましたの」


「愛しているのに、ここに隔離のようにするんですか? あなたのお父様は、この島に来たことはあるんですか?」


「サンタ様っ……!」


「お兄ちゃん、それは無いですよお」


 僕の質問にりんなお嬢様の顔は強張り、春海さんは僕の元に向かってこようとして踏みとどまり、今湊さんは呆れた視線を向けてきた。

 ただの興味本位で聞いてみただけなのだが、そこまでの反応をもらえるとは。

 もしかしたら、地雷を踏みぬいてしまったのだろうか。


「無理に答えなくては良いですけど」


「……いいわ。何でも答えると言いましたもの。ここに隔離されているというのは、少し違いますわ。私はここに望んで住んでおりますの。ここであれば、私は私らしく過ごすことが出来ますし、何よりも……」


「りんなお嬢様、それ以上は」


「あら、少し話をしすぎたかしら。あなたの言う通り、お父様がここに来たことは一度もないわ。でも私を愛していないわけではありません。愛しているからこそ、ここで自由に過ごすことを許可してくれているわ。仕事を手伝う手伝う代わりにね。それはこれからも変わりませんし、変える気もありませんのよ」


「今のこの状況が望んだ結果なんですね。それは、とても良かったと、僕が言うことでは無いのかもしれませんが、そう思います。この島は、とても閉ざされていますから」


「ここはここで面白いですのよ? あなたがよろしければ、ずっと滞在していただいても構いませんし」


「遠慮しておきます」


「それは残念だわ」


 踏みぬいてしまったと思った地雷は、小さいものであったから安心した。

 屋敷から追い出されることは無いだろうけど、この部屋から追い出される可能性はあった。

 それだけは本当に、本当に避けたい事態である。


 一触即発だった空気は、りんなお嬢様が復活したおかげで緩んだ。

 春海さんも僕を警戒して、少し鋭い視線を向けてくる。

 今湊さんは紅茶を飲んで、我関せずと言った感じだ。あまり会話に参加する気は無いらしい。


 追い出される気配が無いのを感じると、僕は次の質問に移る。


「あの入らない様にと言っていた灯台は、元々この島にあったものですか? それとも作ったものですか?」


 許可を得ないと、入っては駄目だと言われていた灯台。

 わざわざ規制線をはってまで残すよりは、壊してしまった方が早いと思ってしまうのだけど。


 何か思い入れがあるから、残しているのだろうか。

 わざわざ作ったとするならば、残しておきたい気持ちも出てくる。


「あれは、元々あったものですわ。それが何か?」


「いえ。危険だから勝手に入らない様にというのであれば、壊してしまった方が手っ取り早いんじゃないかと思っただけです」


「そういう考えもありますわね。でも、この島を訪れた時に、あの灯台を一目で見て気に入りましたの。だから出来る限り補修を続けて、残すようにしておりますけど、注意をしておかないと危険な行動をしてしまうかもしれないでしょう?」


「なるほど。では気を付けますから、明日行く許可を出してもらえますか?」


「もちろん、いいですわ。ただし、一緒に誰かを連れていくことが条件ですけど」


「オッケーです。春海さん、一緒に行きますか?」


「いえ、私は仕事がございますので」


 先ほどの件が引きずられているのか、すげなく振られてしまった。

 それなら、千秋さん辺りでも誘ってみるか。

 冬香さんには色々とお世話になっているので、明日まで付き合わせるのはさすがに悪い。


 きっと冷たい視線を向けられるだろうけど、頼み込めばしぶしぶでもついてきてくれるはずだ。

 断ったばかりではあるが、この島に永住するという提案はとても魅力的に感じてしまう。

 まあ、絶対にありえない未来だけど。


「春海に振られてしまいましたわね。他に何か質問はあるのかしら? 今湊さんも遠慮くなくしてくださって構わないのよ?」


「そうですかあ。それなら遠慮なくう……明日の朝ご飯は、パンケーキが食べたいですねえ」


「湖織。それは質問じゃなくてリクエストだよね」


「かしこまりました」


 今湊さんの緩んだ空気に当てられ、何だか脱力してしまう。

 それ以降は、当たり障りのない話をして時間を過ごしていった。


 いきなり徹夜で話をするのはハードルが高いと思ったけど、意外にもみんな起きていられた。特に今湊さんが。

 春海さんがタイミングよく色々と世話をしてくれたから、快適に話をすることが出来たのかもしれない。


 そういうわけで、四人全員起きたまま朝まで過ごせた。

 こうして波乱の四日目は、眠気と闘いながら過ぎていったのである。


 平穏、とは程遠い。



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