第36話
「んん? ああ、俺達の番が回ってきたんだ」
覚醒したばかりの緋郷は、自分に向けられる視線に順番が回ってきたのだと察したようだ。
緋郷はいつもこんな感じだから、報告の最中寝ていたことには気が付かれなかったようで、安心した。
「ええ、そうよ。あなたがトリなのだから、いい報告をしてくださるのを期待していたところよ」
「あはは。随分と期待されているみたいだねえ」
「あなたはこの中で一番、底が見えませんから。どんな視点で事件を見ているのか、とても興味があるということですわ」
「そんなに褒められると照れるなあ」
「褒めておりませんわ」
腹の探り合いのような会話を終えた緋郷は、気だるげに背もたれに寄りかかる。
りんなお嬢様の言葉が、頭に来たからではない。
ただ話しながら動くのが、面倒なだけなのだろう。
「それじゃあ報告していくねえ。姫華さんの死因は、おそらく胸を鋭利な刃物で刺されたことによる失血死。解剖なんて出来るわけがないから、どのぐらいの長さなのかは分からない。包丁かもしれないし、ナイフかもしれないし。さっき、そこの子が言っていたように、凶器はきっと海に捨てたんだろうね」
不遜な態度のまま、緋郷は報告を始めた。
しかし不敬だとは、りんなお嬢様が言うことは無かった。
「たまたまか上手く刺したか、血はあまり出なかった。だから犯行現場であるはずの花畑は、血が飛び散ることなく綺麗なものだったというわけだね。俺の考えでは、姫華さんはあそこで殺されたのだと思うよ。その方が殺して運ぶより、ずっとずっと楽だから」
驚いたことに、真面目に報告をしている。
随分と、今日はやる気があるみたいだ。
姫華さんの死体を間近に見ることが出来たから、浮かれているのだろうか。
「そして姫華さんが殺されたのは、偶然では無いと思うよ。彼女は犯人に呼び出されて、あの場所に行った。そして殺されたというわけ」
「どうして、それが分かるのかしら?」
「彼女は場面に合わせて、靴を用意していた。そして殺された時に履いていた靴は、外出用の人に会うためのものだった。そしてそれは、高価なものでは無かった」
「だから自然と、私は除外をしてもらえたのね」
「まあ、元々候補に入っていませんでしたけど」
「あら、それは光栄だわ」
緋郷とりんなお嬢様は、結構お似合いだと思う。
緋郷の会話についていけるところも良いし、話しているだけで二人の空間というものが出来上がっている。
このまま、良い感じになったら面白いのに。
まあ、それはりんなお嬢様が殺されない限りは無理な話だが。
そうなったら、結婚どころの話じゃない。
さすがにそこまでは、今の法律では認められていないからだ。
もしも認められていたとしたら、すでに緋郷は何十人とも結婚しているだろう。
そんな狂った状況が生まれないように、法律を決める人の頭がおかしくならないように祈るだけである。
「呼び出されたってことは、ある程度は顔見知りだとは思うけど。この状況では、みんな同じようなものだからね。呼んでいたと言付けを頼まれたと言えば、誰にでも姫華さんを動かすことは可能だ」
「それはそうね。それじゃあ、犯人はまだ分からないということかしら?」
「んー、でも俺の考えだと、近しい人間だったとは思うよ。そこにいる付き人の彼とか、知り合いだったことを隠していたそこの人とかみたいなね」
二人の空間を作っていて、あくまで他の人は蚊帳の外であったのに、いきなり視線を向けられ来栖さんと飛知和さんは驚いた。
「えっと……」
「何で私?」
来栖さんは言葉を上手く理解していなくて、飛知和さんは一早く理解したのか騒ぎ始める。
「何を言い出すのよ! もしかして、私があなたを犯人だと言ったから、その仕返しをしようとしているのかしら?」
確かにこの状況だと、他の人はそう思いそうだ。
しかし、見回して表情を見ても上手く読み取れない。
「やっぱり、あなたが犯人だわ!」
どんどんヒートアップした飛知和さんは、また緋郷を指して声高々と言い放った。
立ち上がるのが好きな人のようで、それで人が従うのかと思っているのだろうか。
僕は冷めた目で見ながら、小さく息を吐いた。
そして、言い放たれた緋郷はというと。
「それで、最後に俺の考えなんだけど」
「……一体何かしら?」
清々しいぐらいに、無視を決め込んだ。
りんなお嬢様は少し戸惑っていたが、しかし緋郷の話の方が重要だと考えたらしい。同じように無視をした。
彼女も彼女で、普通に酷い人だ。
それが許される立場であるから、一層質が悪い。
「これは、あくまで予想でしかないんだけどね。殺されるのは、姫華さん一人で終わらないと思うよ」
「……それは、何故?」
「もしも犯人が姫華さんだけを狙ったのだとしたら、もっと別の方法があったはずだから。こういう風に殺したってことは、もう一人ぐらいは殺されるって思っていいよ。俺的には、それが女性だと嬉しいけど」
「そう……」
僕は緋郷の隣で、彼の頭を叩きたくなる衝動に襲われた。
緋郷に向けられた目は、彼の言葉で良くないものに変わった。
これは、いつもの通りのことが起こる前兆である。
今回も逃れることは出来ないのかと、諦めるしかなかった。
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