第35話




 今湊さんの緩い報告が終わり、次は遊馬さんの番になった。

 だったのだが、


「今日の報告はパスする」


 その一言で終わった。


 本当に報告することは無いのか、それとも出し惜しみをしているのか。

 そのどちらでも構わない、きっと大した情報は持っていないのだろうから。


「あら、そうですか。それでは次の方に参りましょう」


 りんなお嬢様も特には何も言わず、鷹辻さんに順番が回った。

 しかし思考を飛ばしていたのか、鷹辻さんは反応をしなかった。


「龍興。順番だよ」


 見かねて隣に座った槻木君が、小突いて声をかける。


「お、俺達の番か?」


 そこまで深く沈んでいなかったようで、すぐに鷹辻さんは現実に戻ってきた。

 きょろきょろと顔を動かして、そして槻木君を最後に見る。


「そうだよ。みんなが待っているから、早く報告しなきゃ」


「あ、ああ、悪かった!」


 槻木君に急かされ、鷹辻さんは慌てて立ち上がった。


「えっと、俺達は全員の行動について、部屋の中で考えていたんだ! 今のところ、鳳さんの生存を確認したのは、俺達がトランプをしていた時にかかってきた電話までだ! そこから、メイドの人達が施錠をするまでと、朝に鍵を開けてから俺と紗那とサンタ君が鳳さんの死体を発見するまで、とりあえずはそこまでが犯行時刻なんだろう!」


 彼は発表するように、大きな声で話を始める。

 それはとても聞きやすくて、僕達は自然と耳を傾けた。


「その間のアリバイ、というと気分を害するかもしれないが、全員のをまとめてみたんだ!」


 彼は懐を探り出し、折りたたまれた紙を取り出した。

 そしてテーブルに広げる。


 僕達は席から立ち、その紙を覗き込んだ。

 そこには思っていたよりも丁寧な字で、僕達のアリバイが書かれていた。




 〇電話があってから(一時すぎ頃?)メイドさんが全ての扉を施錠するまで(二時頃?)までの間に犯行は可能か


 全員……部屋の中にいたため犯行は可能。その場合、探偵と付き人は共犯である可能性が高い。その方が、死体を運ぶ際に人に見られないメリットがある。



 〇メイドさんが全ての扉を開錠してから(四時頃?)鳳さんの死体を発見するまで(七時頃?)


 全員……上記と同じ。




「まあ、わざわざ紙に書くまででも無かったかもしれないな! ここにいる全員に、殺人は可能だったのだから!」


「時間も時間だから、仕方がないよね」


 鷹辻さんが眉を下げ、槻木君も悲しそうな顔をする。


 確かに深夜の時間、施錠も行われるとあっては、わざわざ出歩いている人の方が珍しいだろう。

 更には、徹夜をしてまで一緒に過ごすほど、仲のいい関係性を築いている人達もいない。

 そうなると、確実に白というアリバイが全員無いというのは、当たり前のことである。


 それは事件の犯人にとって、都合が良いのか悪いのか。


「もしも電話の後に殺した場合、犯人はたまたまタイミングよく電話が終わったから殺したのだろうかが疑問だ! それにしては随分と時間が遅いだろう? 普通に考えて、そんな遅い時間に誰かが訪ねてきたら、次の日にしてもらうと俺は思う! もしそうだとしたら、開錠された後に殺した可能性の方が高い! 死亡推定時刻が分からないのが、本当に痛いところだ! 死体が温かかったとしても、この季節ならありえることだしな!」


 鷹辻さん達は、体育会系だと分類していたけど、意外にも色々と考えていたらしい。

 今湊さんに続き、イメージしていた姿よりも仕事が出来るみたいだ。


「開錠されるのは、起きていれば何となく分かるだろう! そこから部屋の中で殺したのか、それとも呼び出して殺したのか! 犯人が単独犯だとしたら、後者を選ぶだろう! いや、協力者がいたとしても、屋敷で殺すのはリスクが高すぎる! 誰がいつ部屋から出るかなんて、長く一緒にいたわけではないから分からないだろう!」


 これを鷹辻さんだけで考えたのか、それとも槻木君は見た目よりも随分と賢い子なのか。

 あんなにも調査に消極的だったのに、真面目な性格だから、何もしないということは出来なかったわけだ。


 真面目なのは良いことだけど、ほとんどの場合は損をすることが多い。


「というわけで俺達の結論としては、鳳さんは屋敷が開錠されてから一時間ぐらいの間に、犯人によってあの場所に呼び出されて殺されたのだろう! 死体の口があんな風に傷つけられていたから、とてつもない憎しみがあったはずだ! 元から知り合いだった可能性が高い!」


 鷹辻さんの報告が終わり、僕は思わず拍手をしそうになった。

 しかしそういう雰囲気では無かったので、僕は上げかけた手を下ろした。


 さて、鷹辻さんの考えを、緋郷はどう思っているのだろうか。

 僕はちらりと隣を見て、白目を剥いた。


 完全に寝ている。

 下を向いているように見えているだろうけど、僕には分かる。

 これは話を聞いているのに飽きて、いつの間にか寝てしまったようだ。


 いつから寝ていたのか分からないが、おそらく鷹辻さんの話の大半は聞いてなかったはずだ。

 あんなにも大きな声で話していたのに、よく寝られたものだと逆に感心してしまう。


「ありがとうございます。とても、この状況を深く考えてくれましたわね」


 りんなお嬢様は鷹辻さんに対して、柔らかく微笑みかけた。


「い、いえ、あ、ありがとうございます!!」


 褒められた鷹辻さんは、照れからか今日一番の声量でお礼を言った。

 そのおかげで、隣の緋郷が起きたので感謝したい。

 この状況でバレない様に起こすのは、さすがに難しかっただろうから。


「それでは、最後は相神さん達の番ですわね。いい報告が聞けるのを、楽しみにしていたので、最後にしましたの」


 そして、ついに僕達の報告の番に回ってきた。



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