第24話
「……何しているの、緋郷……」
一方的ではあるが言い争いをしている当事者なのに、緋郷はまるで関係ないとでも言いたげな顔をしていた。
しかし原因は彼にあるとみて、僕は色々と言いたい気持ちを抑えて、状況を判断しようと声をかける。
「ん? ああ、サンタ。やっと見つけた。一体どこに行っていたんだい? 随分と探してしまったじゃないか」
声をかけられた緋郷は、僕の姿を視認すると、耳を塞いでいた指を外して、こちらに来た。
飛知和さんのことなど、歯牙にもかけない様子に、元々あった怒りが、さらに助長されたようだ。
「私の話を聞いているの!?」
自分から注意をそらした緋郷を咎めるように、飛知和さんが叫ぶ。
しかしそれを、緋郷は完全に無視した。
きっと彼の頭の中では、叫ばれたという事実は残っていない。
その脳みそが羨ましくなる時が、たまにある。
交換して欲しいとまでは思わないけど。
「えっと、ごめん。今湊さんや賀喜さんと話をしていたら、遅くなっちゃった。……それより緋郷は何をしていたの?」
未だに叫び続けている声は届いていないのか、緋郷は目を瞬かせた。
「何って……サンタを探して、屋敷をさまよっていたんだ。途中でお腹が空いて、大広間に行こうかなとも思ったんだけど、話をしたかったから、我慢した」
違う。
僕が聞きたいのは、そういうことじゃない。
緋郷の後ろで怒っている、飛知和さんについて聞いたのだ。
しかしそれが、全く伝わっていない。
「緋郷……後ろ後ろ」
「ん? 後ろが何?」
そして、やはり飛知和さんの存在を認識していない。
きっと今は鳳さんのことで頭がいっぱいだから、余計に記憶にとどめようとしていないのだろう。
僕の言葉に振り返った緋郷の視界には、確実に飛知和さんの姿が入ったのに、特に何のリアクションもなく、僕の方に視線を戻して首を傾げた。
これで悪意を持っていないのだから、余計にタチが悪いというものだ。
飛知和さんも怒りを通り越して、怒鳴る気力も無くなってしまったらしい。
足に力が入らないのか、ふらりとその体が倒れそうになった。
その体が地面に着く前に、賀喜さんが駆け寄って支える。
「大丈夫ですか? 飛知和さん」
「え、ええ。大丈夫よ」
心配そうに聞いている姿は、先ほどまで酷評をしていたとは思えなかった。
どちらが本当の賀喜さんなのか、分からなくなってしまう。
こういう部分を含めて、彼女を苦手だと感じているのかもしれない。
飛知和さんのケアは賀喜さんに任せ、僕は緋郷に近づく。
「あー、お腹減ったよ。寝足りないかと思ったけど、充分かなあ。睡眠が満たされたら、お腹が減って仕方がないよ。早くご飯を作ってもらおう」
「緋郷」
お腹をさすっている彼の名前を、僕は強めに呼んだ。
「何があったのか、教えて」
そして、真っすぐ目を見つめる。
「緋郷が何かをしたから、後ろにいる彼女は怒っているんだろう。その理由を思い出してから、大広間に行くよ」
普段は、こんな風に雇い主の緋郷に対して強い口調はしない。
しかし今は、人間関係を円滑にするために、これから先起こる可能性が高い未来を潰すために、わざとそうした。
「んー、分かった。思い出してみるよ」
さすがの緋郷も機嫌が悪くなるかと思ったが、素直に思い出す努力を始めた。
もう少しごねられるかと覚悟していたので、拍子抜けしてしまう。
こめかみの辺りを押さえて、頭を左右にゆっくりと傾け始めた緋郷は、思い出すまでにまだまだ時間がかかりそうだ。
僕は放置することにして、飛知和さんと賀喜さんの方を窺う。
いつの間にか、今湊さんも輪の中に加わり、飛知和さんを元気づけている。
女性が固まっているところに、入るのは中々に勇気が必要だ。
どう考えても、こっちの分が悪い。
どうなだめるべきか、緋郷は使い物にならないので、考えてみる。
しかし、人数も向こうの方が上だから、言い任される未来しか見えなくて、早く緋郷が原因を思い出してくれないかと願ってしまう。
「うーん。……ケーキ……」
聞こえてきた言葉は、全く希望の持てないものだった。
どれだけ、ケーキに未練があったんだ。
ここまで食べ物に執着する緋郷も、とても珍しい。
それほど気に入っているということは、全て食べてしまった今湊さんに対して、並々ならぬ思いを抱いていそうだ。
この場をいかに、上手く収めるべきか。
あちら側に付いているだろう二人の、どちらかをこっち側に引き込むか。
僕はそんな下衆な考えを実行するために、飛知和さんの方に近づいた。
しくしくと泣いているように見える彼女は、まだ賀喜さんと今湊さんに慰められている。
この場合は、今湊さんの方が仲間に引き入れやすいか。
ターゲットを定めて、僕は声をかける。
「大丈夫ですか?」
固まっていた三人は、突然話しかけたせいか驚いて肩を震わせた。
そして賀喜さんと今湊さんだけが、こちらに視線を向ける。
「ええ。大丈夫です。少し混乱しているだけで」
「そうみたいですよお。何か誰かに心無いことを言われて、ショックを受けているだけみたいですう」
その言葉だけで、仲間に引き入れるのは難しそうだと悟った。
僕は頭をかき、居心地の悪さを感じる。
「うちの者がすみません。えっと、何をやらかしたんでしょうか?」
とりあえず事情を聞かなければ、どう対応すべきか動けない。
緋郷が思い出すのに期待するのは諦めたので、聞いた方が早いと考えた結果だ。
「それがですねえ……まだ、私達もよく分かっていないんですよお」
今湊さんは困った顔をして、背をさする手を止めた。
まさか当人以外、状況を理解していないと思わず、僕は一瞬止まる。
「えーっと、飛知和さん?」
そうなると、まだ緋郷だけが悪いとは決めつけられないので、状況を教えてもらおうと飛知和さんに声をかけた。
しかし彼女は、うつむくだけで何も言わない。
とりあえず、なにか主張をしてもらいたい。
もう一度声をかけようとしたところで、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「ああ、思い出した。その人に、何で姫華さんを知っていたくせに、知らないフリをしていたのか理由を尋ねていたんだ。そうしたら、急に怒り出したんだよ」
「……え」
期待していなかった緋郷の言葉は、僕達の間に衝撃を与えることとなった。
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