第4話



 邪魔な人を追い出し、僕は緋郷の元に向かう。

 すでに鳳さんは、緋郷の手によって調べが開始されている。

 その隣にしゃがみ、表情を窺った。


 予想通り、そこには恍惚に顔をとかした表情があった。


「緋郷、顔。顔。その顔、止めな」


「んふふ。分かっている分かっているって」


 その顔は、とても世間にお見せできるようなものではなかったから、引き締めるように注意した。

 分かっているとは言ったけど、全くもって分かっていない。


 これは、言っても無駄か。

 僕は諦めて、一緒に鳳さんを調べる。



 最初に見た時は分からなかったけど、死んだ原因はナイフで胸を一突きされたからみたいだ。

 服の胸の辺りに穴が開いていて、そこから血がにじんでいた。


 しかし異様なのは、やはりその口元である。

 切れ味のいい刃物を使っているのか、一直線で×がひかれていた。

 何かを示そうとして、こんなものを残したのだろうか。

 現在の段階では、全く予想できない。


 あえて予想しろというのならば、口を使うな。とかそういうことだろうか。

 それは、あまりにも単純すぎるか。

 予想するのを止めて、僕は鳳さんの全身をくまなく触っている緋郷に話しかける。


「死因は胸の刺し傷?」


「そうみたいだね。心臓を一突き。凄いね。プロの犯行かな。それとも、たまたま上手く刺さっただけか」


「死亡推定時刻とかは?」


「うーん。何とも言えないね。こういうのは専門にしていないから。正確な時間は分からないや」


 緋郷は医者ではない。

 ただの探偵だ。

 だから死亡推定時刻までは、分からないらしい。


 それは期待していなかったから、仕方がない。

 僕だって分からないのだから、イライラする理由は無い。


「それで、どうなの」


「ん?」


「彼女は、やっぱりそうなの?」


「そうだね」


 瞳を覗き込んでいた緋郷は、僕の方を見た。

 その顔は、あまりにもデレデレと緩んでいて、とても気持ちが悪い。


 しかし緋郷がそうだと言ったのならば、彼女はそういうわけだ。

 僕はこれからのことを考えて、頭が痛くなってくる。


 緋郷が断言したのだから、忙しくなる。

 それは面倒ごとが増えたというのと、同じ意味だ。


「大体のことは分かったから、屋敷に運んであげようか。ここにいても、花がいっぱいで綺麗だけど、ずっと外にいるのは可哀想だろうからね」


 そんな僕の憂鬱な気持ちなど全く知らずに、緋郷は嬉しそうに鳳さんの体を抱きあげた。

 お姫様抱っこだ。

 死体は重いだろうから、よく運べると尊敬してしまう。


「そうだね。来栖さんも落ち着いただろうから、鳳さんを見せてあげなきゃね」


 普通だったら、現場保存とか色々とある。

 しかし、もう関係ない。


「それに、りんなお嬢様にも話を聞きたいからね」


 もしもこれが、昨日りんなお嬢様が言っていたイベントだとするならば、少し話し合いが必要だろう。




 お姫様抱っこをしたまま、屋敷へと戻った緋郷と僕を、玄関にいた人達が驚いた顔で出迎えた。りんなお嬢様と、千秋さんと、冬香さんはいなかった。

 来栖さんも、気絶から目を覚ましたようだ。


「……私が、運びます」


 ショックから立ち直ったらしい彼は、緋郷の腕の中にいる鳳さんを受け取った。

 緋郷は不満そうな顔をしていたけど、さすがに取り返そうとするまではしない。

 まだ、冷静さを持ち合わせていてよかった。


「あの、すみません。りんなお嬢様がお呼びですので、皆さん大広間に集まっていただけますでしょうか?」


 顔色が少し良くなった春海さんが、恐る恐るといった形で話しかけてくる。


「姫華様を、どこか落ち着いた場所に運びたいのですが」


「申し訳ございません。一緒に運べ、とのことでして……」


 申し訳なさそうに、しかしはっきりとした口調。

 引く気は全く無いらしい。


 来栖さんは何かを言おうとしたが、しかし色々と考えて口を閉ざした。

 今は言わない方が良いと、判断したらしい。


 先ほどまでは取り乱していたけど、冷静に判断の出来る人だ。



 他の人達も文句を言わず、僕達はりんなお嬢様が待つ大広間へと向かった。

 部屋の中に入れば、いつもの位置に座ったりんなお嬢様と、両脇に控える千秋さんと冬香さんの姿が出迎えた。


「お待ちしておりましたわ」


 人が死んだとは思えないほど、彼女の様子は変わらない。


「さあ、皆様おかけになって」


 それは来栖さんが抱えた鳳さんを見ても、全く変わらなかった。


 全員はまるで囚人のように、一言も話さずに自身に与えられた席に座る。

 そして、りんなお嬢様の次の言葉を待った。


「さて、皆様はもう分かっていらっしゃると思いますけど。鳳さんが、今朝死体で発見されましたわ」


 全員の視線が、来栖さんの方に向いて、すぐにそらされた。

 そんなに嫌なら、見なければいいのにと思ってしまう。

 しかし同じ空間に死体があるという状況は、とても気になるのか。

 僕には分からない気持ちだ。


「私が見たところによりますと、胸を刺されたみたいですわね。でもそれだけでは、まだ殺人かどうかは判断できかね……」


「いいや、それは違うよ」


 せっかくのりんなお嬢様の話を、他の人は静かに聞いていたのに、途中で遮る不届き者がいた。


「これは、立派な殺人事件だ」


 いわずもがな、それは緋郷だった。

 そろそろ空気を読むことを、教えるべきだったか。


 僕は頭を抱えて、少しだけ後悔した。


「そこまで言い切るということは、何か根拠がありまして?」


 話を遮られたことに少し怒っているのか、りんなお嬢様は棘のある口調で尋ねてくる。

 上の立場の人だからか、ピリピリとした威圧感があった。


「根拠、というかねえ。分かるんだよ」


 しかし、全く持って緋郷は緊張感のかけらもない。


「一体、どうしてかしら?」


 あくまでもマイペースな態度に、りんなお嬢様も興味をひかれたみたいだ。

 少し体を前のめりにして、緋郷に話を促す。


「だって」


 尋ねられた緋郷は、満面の笑みを浮かべた。


「一目見た時から好きになったからね。間違いないよ!」


 その顔は、おもちゃを手にした子供のように無邪気な笑顔だった。



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