第2話



「サンタのお兄ちゃん、大丈夫?」


「う、うん。な、なんとか大丈夫かな……?」


「お水飲む?」


「ありがとう。すっごく助かるよ」


 水が美味しい。

 生き返った気分だ。


 僕はペットボトルを勢いよく飲んで、一息をつく。


「す、すみません……思っていたよりも、体力が無くなっていて。ふがいなくて……」


 何キロ走ったのかは分からないけど、すでに疲労困憊の僕に対して、鷹辻さんと槻木君は全く疲れていない。

 二人は毎日走っているからのおかげだろうが、とてつもなく自信が無くなりそうだ。


「いやいや、そんなに落ち込まなくても良いんだぞ! 俺達によくついてきたと思う! 頑張ったな!」


「……ありがとうございます……」


 鷹辻さんの優しさが、心にしみわたる。

 性格も優しいなんて、どれだけ良い人なんだ。


 僕達は道の脇の草むらに、現在座り込んで休憩している。

 丁度いい石が三つあったから、そこに腰を落ち着けていた。


 僕が落ち着くまで待っていてくれるみたいで、申し訳なさがすさまじい。

 早く回復して、再開しなくては。

 そう思って体力を回復させながら、僕はふと思いついた。


「あの。これから、どういったルートを回っていく予定ですか?」


 ペットボトルをありがたくもらい受け、僕は話しかける。


「いや、特には決まっていないな! 好きなように走って、十キロになる頃にちょうど屋敷に戻るように調整している感じだ!」


 鷹辻さんは少し間の抜けた顔をして、そしてすぐに笑顔で答えた。


「それなら、良い場所を知っているんですけど。よろしかったら行きませんか?」


 きっと断られることは無い。

 そう自信をもって、僕は自分のお気に入りの場所を紹介することにした。


「ここからもう少し走ったところに、カルミアという花がたくさん咲いている場所があるんです。凄く綺麗で、もしも行ったことが無いのなら、ぜひ見てほしいんです」


「カルミア? 聞いたことが無いな……紗那は知っているか?」


「カルミア……僕も知らないなあ。どういったお花なの?」


「どういったと言われると、説明が難しいんですよね。なんだろう……アジサイみたいな。花がいっぱいに集合している感じの。とても可愛いです」


 僕も知らなかったから当たり前だけど、鷹辻さん達もカルミアと聞いて、どんな花なのか思い浮かばなかったようだ。

 今湊さんとかも知っていそうな雰囲気を出していたし、女性だったら分かるのだろうか。


「そうなんだ。僕、見てみたいかも」


「ああ、そこまでおススメしてくれるのなら見てみたいな! 行ってみようか!」


「はい、ぜひ。もしかしたら、今湊さんがいるかもしれないですね」


 昨日もいたのだから、今日もいる可能性がある。

 しかし今日は一人では無いので、天然の相手をする人は他にもいる。

 それよりもカルミアの魅力を伝えたい、という気持ちが大きかった。


「今湊のお姉さんもいる? いっぱい遊んでもらおう!」


 槻木君は昨日のトランプがあり、今湊さんに懐いたみたいだ。

 彼女の名前を聞いて、とても嬉しそうに飛び跳ね出す。


「おいおい、まだいるのかは分からないぞ! でも、いたら良いな!」


 良かった。

 もし今湊さんがいたとしても、相手をする人がいる。

 それだけで安心して、僕はゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ、行きましょか。案内しますよ」


 体力も回復した。

 あまりうだうだしていても、時間が無駄になってしまう。

 そろそろお腹が減ってきたし、カルミアの花畑に行って、そして帰るという予定にしてもらおう。


 僕が立ち上がると、二人も合わせて立ち上がった。


「ああ、ぜひ案内してくれ!」


 そして、カルミアのところまで走りに行く。




 僕を先頭にして走っている最中、先ほどよりもスピードを落として走っているからか、鷹辻さんが話しかけてきた。


「あのさあ! 少し聞きたいんだけどさ!」


「はいっ、何でしょうかっ」


 少し息が乱れているが、話が出来ないほどではない。

 僕は彼の方に、顔を向けた。


「今日から始まるイベント、どう思う?」


「そうですね、僕達は、特にご褒美については興味がありませんよっ。でも、緋郷が興味を向けたら、積極的に参加をするつもりですっ」


 これは本心だ。

 特にご褒美が欲しいとは思っていない。

 しかしイベントの内容によっては、全力で取り組むつもりだ。


「そうか! 俺達も同じだ! ご褒美とかは関係ないが、勝負には負けたくない! お互いに頑張ろうな!」


 そんな僕の答えは、鷹辻さんのお眼鏡にかなったらしい。

 爽やかに笑って、勢いよく背中を叩いてくる。


 気合を入れるための行為だと分かったけど、力の加減が出来ていないのか、それとも入れていなくてこれなのか、ものすごく痛かった。

 むせそうになるのを抑えて、僕も笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。……そろそろ着きますよ」


 話をしているうちに、いつもの風景が見えてきた。

 僕は少しスピードを上げて、そこまで走る。


 そして近づくにつれて、カルミアの花のところに人がいるのに気がついた。

 花は芝生の中で咲いているのだが、その芝生の上で寝転んでいるようなのだ。

 僕はその人が来ている服に見覚えがあり、立ち止まりたくなる。



 あれは、絶対に鳳さんだ。間違いない。

 あんなに特徴のある服を着ている人は、ここには彼女しかいない。


 何でこんな朝から。

 顔を合わせたら、嫌味を言われるはずだ。

 それだったら、まだ今湊さんがいた方がマシだったかもしれない。


 僕は自分の不運を嘆きつつも、案内をすると言った手前、止まることは出来なかった。



 それにしても芝生で寝転ぶようなタイプには見えなかったけど、意外にもアグレッシブなのだろうか。

 思わぬ一面を発見しつつ、僕は一応の礼儀として少し遠かったけど挨拶をした。


「おはようございます」


 しかし、返事は無い。

 無視されたのかと思ったが、何やら様子がおかしい。


 それを鷹辻さん達も察したのか、さらにスピードを上げた。


「鳳さん? ……鳳さん!?」


 そして、彼女の元に辿り着いた僕達は気がついた。



 死んでいる。

 彼女は芝生の上で寝転んでいるのではない。

 死んで、横たわっていたのだ。


 目を閉じ、手を胸の前に組んでいるだけだったら、寝ているように見える。


 しかし彼女の口は、×を描くように引き裂かれていた。

 確実に死んでいる。そして、おそらく殺された。


「う、うわああああああ!?」


 鷹辻さんの叫び声を聞きながら、僕は冷静な頭で、事実を判別する。



 三日間の平穏はここで崩れた。

 四日目の朝、僕達は殺人事件に遭遇したのだった。


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