第10話



 緋郷とのトランプ勝負が、五十戦まで進み、その全てが僕の負けで終わった。

 勝てるとは思っていなかったから、全く悔しくは無い。本当に。


「サンタは、本当に弱いなあ。バレバレなんだよ。全部顔に出ている」


「僕はポーカーフェイスが得意だって、よく言われるんだけどなあ」


「こんなにも顔に出るのにねえ。みんな、目が悪いんじゃないか」


 そう言ってくるけど、おかしいのはたぶん緋郷の方だ。

 観察眼が鋭いというのか、細かいところまで目ざとく見ているというのか。

 どちらにせよ、面倒くさいタイプである。


「そういえば、夕食はいつからなの」


 緋郷と過ごしていたおかげで、時計を見るとすでに五時間近く経っていた。

 どれだけ熱中していたのかという話なのだが、負け続けたとしても楽しいのだから時間の無駄ではない。


「確か七時からだね。まだ一時間ぐらいあるけど、早めに行っても大丈夫だと思うよ」


「そっかあ。でも準備しているところで待っているのも、プレッシャーかけているみたいで、何か嫌じゃない?」


「向こうはプロだから、気にしないとは思うけどねえ。でもサンタが気まずいのなら、ぎりぎりに行こうか」


「そうしよう」


 さすがにもうトランプをする気にはなれなくて、僕は片付けると、ソファに深くもたれかかった。

 テーブルをはさんで向こう側のソファに、緋郷が座って紅茶を飲んでいる。

 いつの間に、淹れたのか。

 全く気が付かなかった。


 今回は僕の分は淹れてくれなかったみたいで、一人で香りを楽しんでいる。

 喉が渇いていなかったから、それを見て見ぬふりして僕は大きく伸びをする。


 一日中トランプをしていたせいで、体の節々が痛い。

 それをストレッチして、ほぐしていく。


「そういえば、聞いていなかったけど。誰と話をしに行ってきたの?」


「ん? ああ、そうだね。えーっと……誰だったかな?」


「……名前、覚えていないんだね」


「うーん。さっきまでは覚えていたんだけどねえ。何か、ここまで出てきそうな感じはあるんだけど」


 パロメーターを表す手が、お腹の方を指している時点で、絶対に思い出せるわけがない。

 話を続けるのを諦めて、自分のことを話題にすることにした。


「そういえば、今日は春海さんもそうだけど、千秋さんや冬香さんにも会ったよ」


「へー、部屋にこもっていたのに、その間も人に会ったんだ。それじゃあ、あと少しでコンプリート出来そうだね」


「そんなこと言ったら、夕食の時間になったら、緋郷だってコンプリートすることになるけど」


「それもそうかあ」


 紅茶を飲んで落ち着いたのか、緋郷は穏やかに笑っている。

 その頭の中からは、誰と今日話をしたかなんてすっかり抜け落ちているのだろう。

 残っているのは、何を話したかだけ。

 そういう男である。


「それで、サンタはメイドさんの手作り料理で大満足していたわけだね」


「いや、今までのご飯だって、メイドさんたちの手作りだから。まあ、直接手渡しをされると感慨深いものがあるけどね」


「サンタが好きそうな、可愛らしい人達だからねえ。ああいう癒しが無いと、ここにいるのも嫌になるだろう。あと四日もあるからね、三人のうちの誰かに告白してみたらどうだい?」


「さすがにそれは、ちょっと」


 出会って数日なのに告白したら、完全な不審者認定させられそうだ。

 お近づきになりたいところだけど、たぶん無理だろう。


「いい思い出作りになるさ。気持ちを伝えるのは、大事だよ。たとえ玉砕するとしてもさ」


「玉砕は確定なのかよ」


「当たり前だろう」


 それもそうか。

 彼女達は、よほどのことが無い限りは、一生この島から出ることは無い。

 僕がこの島に永住を決めなければ、結ばれることは無いだろう。

 永住を決めたところで、彼女達の誰かの気持ちがこちらに向かなければ目も当てられないけど。


「この滞在の期間だけ、恋をするのもいいかもしれないね。それ以外に暇をつぶせる出来事でもあれば、別だけど。もしかしたら、夕食会で楽しいレクリエーションをしてくれる可能性もあるよ」


「楽しいレクリエーションね。期待しないで待っていればいいか」


 りんなお嬢様の気まぐれで、全てが決定されるこの場所。

 彼女の思いつくレクリエーションが、僕のような一般人の手に負えるのか。

 不安で仕方がない。



 紅茶の良い香りは、リラックス効果を生む。

 僕はほっと息を吐いて、夕食会のことを考えてテンションを下げた。


「サンタ、サンタはどこまで、ここのことを知っているのかな?」


 ふと、緋郷がこちらを見る。

 僕はその目から視線をそらして、天井を観察した。


 こんな豪華な屋敷は、掃除するのも大変そうだな。

 それなのに、毎日埃一つない。

 いつやっているのか分からないけど、メイドさん達は本当に優秀だ。

 お嫁さんになったら、幸せな生活を送れる気がする。


 緋郷に毒されてしまって、そんな妄想を一瞬でも考える。

 絶対にありえない想像をしても、むなしくなるだけだ。

 これだからこの年齢になって、恋人が出来ないという悲しい事態が起きてしまう。



 恋人を早く親に紹介して、安心させたいものだけど。

 まあもう空の上だから、直接の紹介は無理だが。


「サンタ?」


 あまりにも、考えを遠くに飛ばし過ぎた。

 少し棘のある声がして、僕は緋郷の方を見る。


「ここのことなんて、全く知らないよ。緋郷が教えてくれたことだけしかね」


「ふうん、そう」


 僕の答えは、満足するものだったのか。

 素っ気ない返事と共に、僕達の間に沈黙が訪れた。


 ここに来ることが決まってから、調べる時間はたくさんあった。

 しかし、あえて調べなかった。

 それを緋郷が望んでいると思ったからだ。


「それならいいや。夕食会は楽しいものになると思うよ」


 何かを知っている緋郷は、満足げに笑っていた。

 その笑みに、嫌な予感しか感じられないのは、経験上からくるものだった。


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