第11話



 不穏な空気を残して、夕食会の時間が近づいてしまった。

 そろそろ行かなくては、遅刻する。


「もう、行ってもいい時間じゃないかな」


 沈黙の中で、僕の方から声をかけた。


「ああ、そうだね。さすがに遅れるのは、あまりよくない」


 緋郷も普段の様子に戻って、紅茶のカップを片付けだす。

 僕は着ていた服を取り替え、余所行きのものにした。

 カーディガンを着ているけど、それでもいいところのお坊ちゃまぐらいには見えるようになったか。


 僕は服の裾を引っ張り、しわが無いように整えた。

 そうすれば、緋郷の方も終わったみたいで。


「それじゃあ、行こうか」


 着替えなくても様になっているというのは、羨ましい限りだ。

 しかし暑そうだから、着ようとは全く思わない。


「オッケー」


 僕は彼の後ろについていき、部屋から出る。

 この屋敷は客人が滞在する別館と、りんなお嬢様とメイドさん達が普段生活している本館に分かれている。


 客人のための部屋は、八部屋ある。

 その八部屋の中の全てに、お風呂とトイレと洗面所、簡易的なキッチンまでついているのだから、お金がだいぶかかっている。

 しかし万里小路家の総財産を考えたら、はした金なのだろう。


 そして本館の方は、りんなさん達が居住するのに必要な部屋に加えて、客人と食卓を囲むための大広間がある。

 テーブルなどをどかせば、パーティを開けそうなぐらいの広さだ。


 あとは図書室やシアター室、音楽室に遊戯室、喫煙席まである。

 そして、外にはプール、春には花見が出来そうな桜の木が並んでいる場所まであるのだから、客人を退屈させないための設備が揃っている。

 僕も人に会うのが嫌じゃない時は、図書室でプレミアものの本を読んだりした。


 壁一面、天井まで本棚があり、地震が起こったら崩れてきそうだ。

 そのどれもが価値のあるものだから、どれから読むべきか迷ってしまう。


 屋敷の大きさに比べて、島の大きさは一周するのに車でも三十分近くかかる。

 それぐらい大きい島を、愛娘のわがままに答えて軽く買ってしまうなんて。

 親馬鹿なのか、もしかしたら少し遠ざけたかったのか。


 僕は詳しい話を知らないから、判断する材料が足りなかった。

 知っていることは、ここに来てから人づてに聞いた話ばかりだ。

 いつか本人に、直接話を聞きたいところだけど。

 僕の立場からしたら、それは難しい。


 この滞在が終わってから、暇があれば調べてみるか。

 やる可能性が低い考えを頭の中に置いておき、僕達は大広間に辿り着く。

 屋敷も広いから、移動をするのにも一苦労だ。




 部屋の中に入ると、すでに僕達以外の人が決められた席に座っていた。

 そのせいで扉から入った僕達に、視線が集中する。


「あら、時間ぴったりですわね」


 その中で代表して、お誕生席に座っているりんなお嬢様が話しかけてきた。

 彼女は世間一般のお嬢様イメージを崩さず、腰まであるウェーブのかかった髪を赤いリボンでまとめていて、服装もフリルをたくさん使っている高そうなワンピースを着ている。

 口調もお嬢様が話しそうな、普通の人が言ったら恥ずかしくなりそうな言葉なので、最初に聞いた時は耳を疑ってしまった。

 しかし今聞いてみると、それ以外の口調が考えられないぐらい、よく似合っている。


 彼女の脇には、春海さん、千秋さん、冬香さんが、背筋を伸ばして微動だにせず立っていた。

 その様子は、昼間の時とは全く違い、緊張感が漂っている。

 さすがに雇い主の前では、きちんとしているか。


 僕達はりんなお嬢様に促されて、初日に決められた席に向かう。

 今回客人は十人いるから、五人五人に席が分けられていた。


 りんなお嬢様の座っている席を真ん中にして、右側の手前から遊馬さん、槻木君、鷹辻さん、僕、緋郷。

 左側の手前から今湊さん、賀喜さん、飛知和さん、そして……


「さっさと座ってくださるかしら。社会人なら、十五分前行動が基本でしょう?」


「あ、はは。すみません」


 左側の一番奥に座っている鳳さんが、目を吊り上げて僕達に向かって嫌味を言ってきた。

 それに対して、僕は誤魔化すように笑う。


「ごめんなさい。ちょっと歩くスピードが遅かったみたいです」


 緋郷は全く悪びれた様子なく、席へと向かった。


「ふん。足が短いと大変ね」


「姫華様。あまりそういった発言は慎んだ方が良いですよ」


「何よ。来栖くるす。私は正論を言っているのだから、黙っていなさい」


 僕達が歩いている間にも、まだ文句が言い足りないのか、更に言葉が重ねられそうだったのだが。

 見かねた来栖さんが、それを止めた。



 これで、ようやく僕はコンプリートしたわけだ。

 りんなお嬢様、そしておおとりさんと来栖さん。


 鳳さんは、漫画やアニメのキャラクターにいそうな姿をしている。

 つやつやとした黒髪をツインテールにして、ロリータ服。種類はゴスロリといったものか。

 そして執事のような恰好をした来栖さんを、いつも脇に従えているのだ。


 気が強くて、ツンデレっぽい要素がある。

 キャラが濃すぎて、わざと作っているのではないかと疑ってしまうぐらいだ。



 そしてその鳳さんなのだが、初めて会った時から緋郷を何故か目の敵にしている。

 顔を合わせれば嫌味のオンパレードで、言われている本人は全く気にしていないが、傍で聞いている僕からしたら毎回嫌になる。

 だから賀喜さんに続き、あまり会いたくない人の中に入っている。


 しかし夕食の際は仕方が無いので、出来る限り関わらないようにしている。

 それでも席順が悪くて、今のところあまり回避出来ていないけど。



 鳳さんが一応黙り、僕達が席に着くと、りんなお嬢様が口を開いた。


「これで全員揃いましたわね。それでは夕食にしましょうか。食事が終わったら、私から皆さんにお話がありますの」


 緋郷の言う通り、レクリエーションが待ち構えているみたいだ。

 全く、期待は出来ないけど。



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