第8話



 千秋さんが去っていった後、しばらく立ちすくんでいたのだが、ポジティブに考えることで自分を取り戻した。

 彼女のあの言葉はきっと、冬香さんに対する思いやりから出たものだろう。

 そうに違いない。


 あんまり考えていると、変な方向に行ってしまいそうになる。

 僕は頭を数度振って、その勢いで想像をどこかに吹き飛ばした。



 でもまあ、千秋さんは一つの可能性を見落としている。

 きっと嫌がらせであんなことを言ったのだろうけど、彼女は僕のことを分かっていない。


「千秋さんが作ったとしても、それはそれで嬉しいんだよなあ」


 冬香さんも可愛いけど、千秋さんもクールビューティーだと思う。

 年上のお姉さん、自分にも人にも厳しいけど、たまに見せる優しさのギャップが凄まじい。

 今のところ優しさをみせてもらっていないが、好感度を上げれば見せてくれる可能性も高くなる。


 そういうわけで、僕は千秋さんに対しても好ましい感情を抱いているので。


「彼女が作ったとしても、それはそれでご褒美だ」


 そんな、気持ち悪い思考回路に辿り着くのだった。

 お腹を満たしてくれた存在に感謝し、僕は部屋に中に戻る。



 朝食も終えたので、後は昼食まで自由時間だ。

 また、暇な状態に逆戻りである。

 三十分の暇さえつぶせなかったのに、これから三時間以上何をすればいいのだろうか。


 緋郷が戻ってくる気配が、まるでない。

 昼食の時間になったとしても、戻ってくる可能性は低い。

 そうなると、僕は一人でどうにかするしかないということだ。


 もうトランプで神経衰弱をする気には、到底なれない。

 一人でするトランプほど、むなしい時間は他に無い気がする。

 僕はため息を吐いて、ベッドに寝転んだ。


 こういう時、普通の人なら早めの昼寝をしたりするのだろうか。

 しかし、僕は二度寝が出来ない。

 何かしら時間を潰すものを見つけなければ、時計の針を見て過ごすしかない。

 秒針の針がゆっくりと動くのを見続けて、正気を保つことが出来るだろうか。全く自信が無い。


「こういう時、スマホに頼っているのを自覚しちゃうな」


 僕は天井を見上げながら、ポツリと呟く。


 スマホを初日に回収されてから、すぐに禁断症状が出て来た。

 ふとした時にポケットを探って、何もないことに気が付く。

 それが何度も続き、こんなにも普段はスマホを見ていたのだと驚いてしまった。


 しかし時間を潰すのに、こんなにも格好の物はない。

 今からでも返してもらえないか、交渉させてほしいぐらいだ。

 まあ、それがここに滞在する時の条件の一つだから、絶対に無理だろうけど。


 これはもう、外に出るしかないのか。

 一瞬、その考えが浮かんだが、すぐに打ち消した。

 夕食に全員と会うことになるのだ。

 絶対に、それまでは人に会いたくない。



 僕はベッドの上で悶えた。

 それはもう、駄々をこねる子どもばりに、縦横無尽に動き回った。

 そうすれば、不思議な時間が働いて、夕食の前まで時間が進むかと思ったのだが。

 全く僕に対して、現実は甘くないみたいだ。


 このまま目を閉じれば、眠ることが出来ればいいのだけど。

 無理なことを考えながら、それでも目を閉じた。




 そうして、どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

 僕は、やはり眠ることが出来ていなかった。

 そんな時に小さめなノックの音と共に、静かな声が耳に入ってきた。


「……いらっしゃいますか?」


 扉の向こうにいる声の主が誰か、僕はすぐに分かり慌てて起き上がった。


「い、います」


 驚きすぎて、少し声が裏返ってしまう。

 しかし、それぐらい向こう側にいる人が、予想外だったのだ。


「入ってもよろしいでしょうか?」


 僕の慌て具合は、相手には伝わっていないのか。

 淡々と、そう言ってきた。


「はい。どうぞ」


 別に断る理由もない。

 僕はベッドから離れると、扉の元に向かった。


「失礼いたします」


 こちらが扉を開ける前に、ゆっくりと開かれる。

 そして中に入ってきたのは、声から判断した通りの人物。


「えっと、どうしましたか? 春海さん?」


 メイド長である春海さんだった。



 ミルクティーみたいな明るさの髪を、緩く後ろで団子にしている彼女は、僕の姿を視界にとらえると、ゆっくりと頭を下げた。

 さすが三人いるメイドの中で、一番上の立場の人である。

 そんな動作だけでも、品の良さがうかがえる。


 冬香さんは天然っぽい癒し系の末っ子タイプであれば、千秋さんは何でもそつなくこなし空気が読むのが上手い真ん中っ子タイプ、そして春海さんはそれをまとめる懐の広さと、上の立場特有の空気がある長子タイプだと僕は分析していた。


 千秋さんと対峙する時とは、また違う緊張感がある。

 僕は背筋が伸びるほどでは無かったけど、かしこまった。


「先ほど昼食を届けに行った冬香から、サンタ様が暇を持て余されているとお聞きしましたので」


 そんな僕を見て、ニッコリと柔らかく笑った春海さんは、


「私でよろしければ、お相手いたしますが」


 と言ってきた。


「え、えっと」


 かしこまっていた僕は、それを崩して目を丸くする。


「そ、それは一緒にトランプをしてくれるということですか?」


 まさか、そこまでサービスをしてくれないだろう。

 そう思いつつも、一応聞いてみた。


「トランプ。サンタ様が望むのであれば」


 そうしたら軽くオッケーが出てしまい、驚きすぎてチベットスナギツネのような顔をしてしまった。

 しかしそれは一瞬のことで、僕はすぐに表情を引き締める。


「それじゃあ、ぜひ」


 願ってもいないチャンスを逃すほど、馬鹿ではない。



 冬香さん、千秋さんに引き続き、春海さんも僕のタイプだった。

 遊んでもらえるのならば、とことん遊んでもらうまでだ。



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