第3話



 鷹辻さん達と不本意な約束を交わして、僕は二人と別れた。

 あと五キロほど走ると言っていた二人は、全く疲労している様子は無かった。

 さすが本人達が認める通り、体力で仕事をしているだけある。

 そう考えると、走っているのも仕事の一環みたいなものなのか。


 彼等の仕事ぶりは知らないけど、もし何か困ったことがあったら真っ先に頼らせてもらおう。

 まあ、ここから離れた後に会うことなんて、二度と無い可能性の方が高いのだけど。



 明日のことを考えると、とても憂鬱だが約束してしまったのだから守らなくては。

 僕は大きなため息を吐いて、屋敷に帰ることにした。

 このまま外に出ていたら、ろくなことにならない気がする。

 昨日散歩をしたときは誰にも会わなかったのに、今日は立て続けに会い過ぎている。

 外にい続けたら、他の人にも会ってしまう。

 それだけは、遠慮したかった。


「……あら、えっと……」


「サンタさんですよ。珠洲さん」


「ああ、そうだったわね。サンタ君」


 しかし僕の考えは、一般的にフラグというのだ。


 屋敷の姿が木々の合間から見えて安堵した時、別の木々から二人の人物が現れた。


「おはよう、ございます。飛知和ひちわさん、賀喜かきさん」


 あと少しで帰れたのに。

 そんな恨めしい気持ちを隠して、僕は本日すでに四回目の挨拶を口にする。


「おはよう。サンタ君。君も散歩をしているの?」


「はい、そうです。飛知和さんと賀喜さんもそうなんですか?」


 会いたくはなかったけど、挨拶をしたのだから軽い世間話はするべきか。

 僕は立ちどまり、話をする体勢に入った。


「ええ、そうね。こんなところに来る機会は、ほとんど無いでしょうから、滞在期間中に見て回りたかったの」


 飛知和さんは、まだ早い時間にも関わらず、トレードマークのお団子頭が綺麗に出来上がっている。

 つり目だから、出来る女というオーラが滲み出ていた。


 朝なのに、凄い。

 今の僕はきっと、生気を失くした屍に近くなっている自覚があるのに。

 朝は眠いから本調子になるまで、だいぶ時間がかかるのだ。

 それは日常生活に支障をきたすから、早く起きるようにしている。

 そういうわけで、現在はまだ半分覚醒したぐらいなのだ。


 そんなところに、立て続けに生命力溢れる人達に会うのは、辛いものがある。

 明日から散歩するのは避けようか。

 こんなにも人に会う可能性が高いのだから、時間をさらに早めるか、外に出るのをやめるしか道はない。


 いや、明日はどちらにせよ十キロマラソンか。

 逃避していた嫌なことを思い出してしまい、さらに僕のテンションは下がる羽目になる。


 そんな変化に気が付かず、今度は賀喜さんが話し出した。


「あ、あの。そういえば。相神さんは、一緒じゃないんですか?」


「そうですね。まだ寝ていると思います」


「……ああ、そうですか」


 賀喜さんは、飛知和さんに比べると地味な印象を抱かせる。

 年齢は賀喜さんの方が年下のはずなのに、同じぐらいに見えるのだから、化粧っけが無さすぎるのか、飛知和さんが上手く化けているのか。

 そのどちらでもありそうだ。


 女性に対して失礼だとは思うが、事実なのだから仕方がない。

 その賀喜さんは、何となくだけど僕の雇い主である緋郷に好意を抱いているみたいなのだ。

 今も僕のことなど眼中になく、僕の周りに緋郷の姿がいないか探している。


 僕は平均的な体つきをしているので、どう考えても人を隠せる余裕などないのだが。それに緋郷は今、部屋の中でまだ眠っているはずだ。

 それが分かっていながらも、ついつい探してしまうのだろう。

 そういった色恋沙汰には全く興味が無いから、勝手にやってほしい。

 僕を巻き込まなければ、どうでも良かった。


 僕の答えに残念そうな顔をすると、すぐに飛知和さんの後ろへと下がる。

 その姿は、さながら侍女みたいだ。

 関係性的にはそこまで間違っていないのだが、あまりにもこの二人はそれが徹底され過ぎている。


 上下関係がきっちりしていると考えれば、良い関係なのだろう。

 ビジネス上だとしても、本人達が上手くいっているのなら他人が口出しする話ではない。


「そういえば、先ほど鷹辻さん達が走っていましたけど、二人には会いましたか?」


 飛知和さんは、一連の流れなど無かったかのように、別の話題を提供する。

 僕はまた十キロマラソンを思い出してしまい、顔をとりつくろえず表に出してしまった。


「どうしたんですか? とても、面白い顔をされていますけど」


「あー、えっと。明日一緒に走る約束をしたのを思い出しまして」


 慌ててとりつくろったが、目ざとく聞かれてしまい、正直に話した。


「あら、それは楽しそうですね。私も足を怪我していなかったら、ぜひ一緒に走りたかったわ」


 飛知和さんは見た目的に、美容と健康のために日課でランニングをしていそうだ。

 だから、そんな血迷ったことが簡単に言えるのだろう。


 それにしても、怪我をしていると嘘をついていたら、僕も回避出来ていたのではないか。

 今更遅いけど、そう思ってしまう。

 しかし本当に今更の話なので、考えるのをすぐにやめた。


「いつでも参加をお待ちしていますよ」


 たぶん。

 勝手にこんなことを言っても、鷹辻さん達なら笑って歓迎してくれそうだ。

 そう決めつけて、僕は早めに会話を終わらせた。


 鷹辻さんの時よりもすぐに離れたのは、賀喜さんとこれ以上いたくなかったからだ。

 実を言うと、僕は賀喜さんに対して負の感情を抱いている。

 苦手意識ではなく、嫌悪にも近かった。


 それがどうしてなのか、僕にはまだ理由が分からない。

 だから出来ることと言えば、残りの滞在期間まで、悟られないようにするだけだ。



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