第5話

 屋敷の家族はずいぶんと減っていた。4人も殺されたのだから無理もないが、空いた空席が寒々しかった。

 誰も彼も殺人事件のせいでやつれた印象を受ける、特にひどいのは五鈴宗司、前に自信満々に俺を小馬鹿にしていた姿はどこにもない。俺の5番目のターゲットで最後の罪人だった。

 一同を見渡せる位置に和泉が立っていた。恐ろしく静かな一同がどこか異様に感じられる。


「真白ありがとう、悟も座ってくれ」


 俺は黙ってあいている席に座った。何故か話してはいけない、そんな気がしたのだ。俺の席はビクついた宗司が眼に入る位置だった、俺を犯人だと思っているのか猜疑の目が向けられているのが分かった。


「さて」


 劇の主役のように和泉が堂々と話し始めた。自然とその場の注目が彼に集まる。

 真っ直ぐな瞳だと思った、ひたすらに純粋で聡明で美しい。


「今回の殺人事件の犯人が分かりました。そのことについて、話をさせていただきたいです」

「犯人が分かったって!? そんなもの、そこの小僧に決まっているだろ!」


 耳障りなほど大声で宗司が唾を飛ばしながら主張する。その憎しみを込めた眼は、恐ろしい半分滑稽にも感じられた。


「いえ、悟は違います。そもそも二番目のトリックは彼では成立しません。まあ、順に説明をさせてくださいよ。何故、この事件が起きなければならなかったのか、から」


 その言葉は予想外だったのか、宗司が打って変わって静かになる。俺もまた、思わぬ言葉に耳を疑った。


「宗一郎さんは長い間植物状態にありました。そして、この春なくなり、いえ殺されました」

「……え、おじいさまが!?」


 驚いたように言うのは、真実を知らなかった遠方の親族たちだ。


「おそらく植物状態の原因の事故からそうだったのでしょう、なかなか死なない宗一郎さんに焦れ、殺した。五鈴の権力を使って、病死に偽造して」

「そんな馬鹿なことが」

「宗一郎さんの部屋から、彼の日記らしきノートを見つけました。そこに、彼が命を狙われていることが書かれていました」


 そう言って、取り出したのは何の変哲もないノートだった。正直見覚えが全くない。だが、その癖のある右上がりの字体が誰の持ち物なのかを明確に示していた。


「ここには、もう一つある人の死への後悔と疑問が綴られていました、葉山五月さん。宗一郎さんが事故に遭う前に交際していた、ということになっていたある女性です」


 突然出てきた母の名前に、心臓が掴まれたような衝撃があった。ここまで分かってしまったという衝撃、そして交際していた、ということになっていたという遠回しの言い方。


「ただの愛人だ、むしろそいつが親父を」

「いえ、五月さんは愛人ではありませんでした。正真正銘、宗一郎さんの娘でした」


 確認を求めるように和泉が俺を見た。驚きと猜疑の視線が俺に自然と集まった。


 そう、宗一郎は俺にとって本当の祖父だった。若い頃に駆け落ちをして、できた子供が俺の母親だった。宗一郎はその後家を次ぐことになり、会うことは許されなかったが親子への支援や何度も手紙をくれたのだという。まあ、母は反発して実家を飛び出したのだが。

 音信不通だった母だったが、夫が亡くなり、実母も亡くなって、一度も会わなかった父を恋しく感じるようになった。人は簡単に亡くなり、後悔しても時は戻らない。母は生まれて初めて父である宗一郎のもとを尋ねた。

 初めて見た孫を見て、ひどく嬉しそうに頭をなでてくれたこと。どうか家族にしてほしい、そう言ってくれたことが、俺たちにとってどれだけ嬉しかったか。


「……間違いない、母さんは宗一郎さんの娘だ」


 母は五鈴を名乗ることはできなかった。ゆえに五鈴で最も重んじられる数字から、五月と名付けたのだという。母は名前に不満を漏らしていたが、結局俺も悟と名付けられた。


「俺と母さんの名前は五鈴からとったものだ、宗一郎さんが母さんや祖母ちゃんにあてた手紙もある」

「そんな馬鹿な、だったら何故今まで黙っていたんだ!」

「正直に言ったらあんたらに殺されると分かっていたからだよ」


 宗一郎と子供たちの仲は良くはなく、隠し子がいると分かれば問題になることが明白だった。数度偶然にしては出来すぎた事故に遭っていた宗一郎は、手続きが終わるまでは関係を黙っていることを決めた。


「ま、結局母さんはそれでも殺されたわけだけど」

「あ、あれは事故で」

「俺は知っているよ、あんたらが何をしていたのか」


 自分の声は恐ろしいほどに敵意があふれていた。抑えていた憎しみがあふれ出すのを感じる。証拠がなくたって、俺は誰が殺したのかを知っている。

 願わくば、俺の手で殺してやりたかった。

 場がしんとしたのは、俺の並々ならぬ殺意のせいなのだろう。憐れむようにおびえるように俺を見る視線が、ただただ悲しかった。


「じゃあ、犯人は」

「いえ、悟ではありません。何度も言うように、悟ではこの殺人事件を完遂できません」


 その場の視線がまた名探偵へと集まった。


「犯人は宗一郎さんと五月さんの死の真相を知っていた、その仇を討とうと念入りに準備をし、障害となる悟を隔離した」


 真っすぐな、されどどこか悲しい視線が一人の人物に向けられた。


「犯人は貴方ですね、黄瀬さん」


 視線の先にいたのは、いつもの様に困った笑顔を浮かべる黄瀬さんだった。その顔は何の冗談をと苦笑しそうな雰囲気があった、だが。


「ええ、そうです。私がこの手でやり遂げました」


 殺人犯とは思えないほど穏やかに黄瀬さんは肯定した。

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