第3話

 悲鳴からは怒涛の展開だった。

 本館で五鈴眞理子(三番目の標的)の惨殺死体が発見されたと思ったら、密室から転がり出る五鈴宗平(一番目の標的)の死体、俺の覚えのない殺人がさっくり行われていた。


 続いて発見される怪文書が三通、一通は俺が明日の昼用に用意していたやつだが、予定外も甚だしい場所で発見されているし、残りは本当に見おぼえない。

 ついでにケータイは通じなくなるし、固定電話も物理的に破壊。俺は電話線を切るぐらいしか考えていなかったけど、こっちはマジで木っ端みじんだった。俺以上に用意周到である。


 ヒステリックな犯人当てが始まり、当然のように俺が疑われたが、今の俺は誓って無実である。尚、疑いは和泉があっさり晴らしてくれた。


 あ、あと爆発も起きた。館への唯一の道がまたもや木っ端みじん。確かにターゲットが怖気づくことを想定して道を倒木で塞ぐとか、タイヤに穴開けるとか考えていたけど、この犯人俺の数倍派手だった。


 え、本当に何が起きている?

 というか誰がやってんの? 

 俺どうすればいい?


 もう大混乱状態である。当然夕飯も喉を通らず、俺は逃げるように自室に入ってきた。勿論物騒なので鍵は閉めた。


「……どうしよう、これ」


 いろんな意味で頭が痛かった。時刻は夜11時30分、当初の計画では宗平を呼び出して、解体する予定だったが、今俺が向かい合っているのはレポート集『五鈴宗一郎及び葉山五月殺害関係者レポート及び社会的抹殺計画』だった。


 部屋に戻ってきて、中を見た衝撃はタイトルを見たとき以上だった。想像をしていたよりもずっと恐ろしい内容だった。

 家庭・職場の状況、人間関係、借金、健康状態、性癖、浮気の証拠写真、過去の犯罪とその証拠、ご近所トラブル、買い物の履歴、クレジット番号、生活リズム、その他ゆすれるネタの数々――どんな調査をしたのか、薄気味悪いレベルで個人情報が淡々と報告書にまとめられていた。

 何より恐ろしいのは脅しのつもりなのか、最後に自分の情報も含まれていることだ。正直まったく身に覚えがないことで、心底ゾッとした。先程の死体ラッシュよりも恐ろしかったかもしれない。 


「これ、どうしろっていうんだよ」

 自分のページが薄気味悪く、早足でページをめくると、事務的な情報が打って変わり、ポップな字体が出てきた。


『ハジメテの社会的抹殺~馬さん鹿さんでもわかる入門編~

 右も左も分からないあなたに贈るベスト版です!』


 近藤真白のキャラが分からない。

 自作らしいそれはゆるい字体と謎のポップなゆるキャラで作られていて、見た目は児童書のようなテイストだ。


『ステップ1 職場の切り崩し

 手っ取り早く収入源を絶ちましょう! 弱点ポイント(※巻末参照)があればA-1へ、なければA-2へ!

 スッテプ2 家庭の切り崩し

 拠り所をなくしましょう! 弱点ポイントがあればB-1へ、なければB-2へ! 無罪の人に迷惑はいけません。むしろ大事な味方になる存在です、大切に下ごしらえをしましょう!』

 

「俺、犯人じゃなくてよかった……」


 世の中には絶対に敵に回してはいけない人がいる。そして近藤真白は間違いなくその筆頭だ。考え方とか行動力とか、いろんな意味で彼女はやばい、心の底からそう思った。


「あ、覚悟決まりましたかぁ?」

「うわっ!」


 突然の声に椅子から転げ落ちる。眺めていたレポートが部屋一面に散らばった。


「こ、近藤さん!? どうやって」


 鍵は閉めていたはずだ。気配がしなかったことといい、まるで幽霊か何かのようで心臓が口から飛び出そうだった。が、当の彼女はケロッとのたまう。


「え、窓空いてましたよ?」

「窓」

「犯人候補だったからって不用心すぎません? うっかり殺されたらどうするんですか」


 何故俺は窓から入ってくる不法侵入者に説教されているんだろう。というか、近藤さんは何故さも当然のように窓から入ってくるのか。


「で、考えはまとまりました?」


 前置き無く切り込んでこられ、予想していたとはいえ答えがでず固まった。


「それ、読んだんでしょう? 私と手を組むか、貴方の手にこだわるか。お考え、聞かせてくださいませんか?」

「……俺は」


 憎い。この思いは消えることはないだろう。金のために母を殺し、それを嘲笑った悪魔。母子を暖かく受け入れ、家族のように接してくれた宗一郎に毒を盛り、舌打ちしながらとどめを刺した悪鬼。どんなことがあっても、許すことなどできるわけがない。

 この手で、という気持ちはある。殺してやりたい。後悔させてやりたい。

 正直今の状況では計画をあきらめざるを得ないのは分かっている。冷静になれば一番確実な復讐方法かもしれない。それでも、理不尽に命を奪われた二人を思えば――諦められなかった。


 黙り込んでしまった俺を近藤さんは問い詰めるようにじっと見る。生きた心地がしなかったが、そう簡単に曲げられるものではない。

 永遠のように感じられた沈黙の後、諦めたように近藤さんが息を吐いた。


「まあ、気持ちは分かりますから。では、こうしません? あなたは今回諦める、私は貴方が協力を求めれば応じる。私はダーリンの知らないとこでの殺人はどうでもいいですし」

「……そうだな」


 あっさり提示された妥協案に一抹の不安を覚えなくはなかったが、異論はなかった。俺が迷いつつ頷くと、実にいい笑顔が近藤さんから返ってきた。


「それでは契約成立ということで、よろしくお願いしますね」


 今後とも良いお付き合いを、と茶化したように言うさまは、童話に出てくる悪魔と契約してしまったような不安を掻き立てた。


「……手慣れているな」

「そりゃあ、ダーリンのいるところ事件アリですから。あ、こちら粗品です」

「粗品」


 悪魔の契約には似つかわしくない単語である。近藤さんが差し出すのは見慣れたA5のレポート用紙の束、受け取ってみれば固い書体で「事件時生存対策マニュアル 一般人版 β版」と書かれていた。


「うっかり死なれると大迷惑なので、参考にしてくださいね! 私が改良に改良を重ねた超優良版なので、6割の生存率です!」

「6割!?」


 それは低すぎるのではないだろうか。いや、現状の死体が次々出てくる状況では高確率なのかもしれないが。相場が分からない分だけ不安になる。

 近藤さんは俺の不安と困惑は全く気にならないらしく、得意げな笑顔のまま窓枠に手をかけた。


「それじゃあ、ダーリンの警護があるので私はお暇しますね」

「ドアから出ればいいんじゃないか?」


 そういって入り口を指さしてみたが、近藤さんはあっさり首を振った。


「ダーリンの寝顔を見たいので。あと色々乙女には準備がいるんです」

「……そうか」


 もう何も言うまいと思った。

 果たして桜庭和泉は彼女のことをどこまで知っているのだろう。知らなくても怖いし、知っていても怖い。友人として知りたいようで知りたくない秘密である。


「あ、ダーリン含め私との会話は特定秘密ですから。ね?」


 そう言って小悪魔のごとく小首をかしげてみせると、近藤さんは窓から軽やかに飛び出て壁を登っていく。軽業師のような身のこなしは怪盗か何かのようだった。


「……最後の『ね?』は脅迫なんだろうな」


 たった一言で有りながら、見事な脅し文句である。敵に回さなくてよかった、としみじみ思いつつ俺は窓に鍵をかけた。


 



 その晩のことだった。近藤さんから渡された「事件時生存対策マニュアル 一般人版 β版」を読み進めていると、ノックをする音がした。

「……」

 手元のページには「夜間の自室待機について」という文と、ヘタウマな謎の生物がノックに誘い出されて犯人に仕留められるイラストが描かれている。

 俺は手元の絵を見て、ノック音がやまない扉を見て、寝たふりを敢行することに決めた。正直、怪しすぎる。


 しかし、トントンという一定のリズムの音は鳴りやまなかった。10分ほどたってからは、よほど諦められないのかドンドンという騒音になる。


「あー、もうどちら様ですか!」


 ドアを開ける勇気はないため、距離をとって怒鳴ってみると、やっとノックの音がやんだ。


「―――」

「え? 本当ですか!」


 後日、俺はこのことで近藤さんから関節技を食らったのだが、その言葉に油断をしてしまった俺はあっさり扉をあけた。


「すみません、俺寝ていて――」 


 それは一瞬の出来事の事だった。慌てて顔を出した俺に、すまなそうな顔を向けたその人は手元のそれを押し当てた。バチン、という音と焦げる臭い、そして筆舌しがたい痛みが俺を襲った。


「な……!?」


 体が崩れ落ちる感覚と、意識が遠ざかっていく感覚がした。これは流石に駄目な気がする、生存率6割の文字が反転する。

 ついに視界が真っ暗になり、俺の脳裏によぎったのは、犯人にのこのこ誘い出されて目を回す滑稽なイラストだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る