List.03 -アーリーバード- 立ち止まらぬ者達、そして……

(うん。今日もアーリーバードはいつも通り)


 そのいつも通りが何よりも嬉しくて、胸の奥が暖かくなる。


 セッティングを終えたらしい皆と目が合ったので


「何からいく?」


 と聞いてみる。


「ユーキャン」


 珍しくヒロが即答すると、フットスイッチを切り替える。


『You can believe in my love』


 スタンダードなエイトビートナンバーのラヴソングだが、サビでの全員のコーラスと、ラストに入る僕のハーモニカが特徴の曲だ。

 ライヴでも一番盛り上がる中盤~後半頃にリストする事が多かった、ノリの良い僕らの代表曲だ。


「オーケー」


 そう言ってCキーのハーモニカを準備しておく。


 アキが一人一人と目を合わせ小さく頷く。


「ワンツースリーフォー!」



 僕らは現役時代によく『ライヴバンド』と呼ばれていた。

 セールス的には中堅どころの域を出なかった事への皮肉も含まれていたらしいが、僕らとしてはむしろそう呼ばれる事は大歓迎だった。

 


 ――全ての音が、『バンド』という一つのうねりに収束されていく。

 

 【音の一体感】


 それが僕らアーリーバードが常に目指した、バンドとしての完成形。


 アイコンタクトすら必要なく、誰がどんなタイミングで、どんな音を求めているのかを察する。


 ミュージシャンというものは、得てして個人の技量に走りすぎるきらいがあるものだ。

 それも決して間違いではないし、当然最低限の技量が無ければ、バンドとしての成立すらも怪しいだろう。

 ただその先にあるのは、個々人で培った技量を持ち寄り、束ね、共に音を積み重ね、『バンド』という一つの楽器のような物として、音を昇華していくことだと思っている。


 それこそが、5人全員が幼馴染と言っていいレベルの付き合いの中で、20年という年月を共に音楽に捧げた僕らが磨き上げた、アーリーバード最大のだった。



 ヒロが足元のコンパクトをいくつか踏み抜きギターソロに入る。

 いつもよりもほんの少し伸びと歪みがある音に、皆も即気付いたらしくニヤけている。


(なるほど、セッティングの時の新しい音はこの為か。それでこの曲ね。確かにこっちの方がユーキャンには合ってる)


 プロとして解散しても、立ち止まる気は更々無いらしい。

 人の事は言えないが、結婚して子供が出来ても、音楽馬鹿はそう簡単には治らないようだ。


 その時、視界の隅で明滅する赤いライトに気付きふと目をやると、入口横の壁に掛けられた電話機の、受信を知らせる赤いLEDがチカチカと自己主張している。

 恐らくは美佳ちゃんが気を利かせて、外線もこっちに繋がるように設定した上で、受信を呼び出し音ではなく、ライトに切り替えておいてくれたのだろう。


 美佳ちゃんの方を見ると、「電話なので私出てきます」と身振り手振りでワタワタ僕に伝えると、名残惜しそうに防音扉を開け外に出て行った。


 捨てられた子猫のような目で見られても困るのだが、こればかりは仕方がない。


(せめて次の曲を始めるのは待ってあげよう)


 気を取り直して演奏に集中する。


 ヒロのソロが終わり、ラストの大サビに向けてテンションが上がっていく。

 半音上がった所で皆の声が綺麗に一つに重なる。

 ギターを手放しハーモニカを取り出すと、マイクごと両手で包み込む。

 アキのドラムとシュンのベースが支える揺るぎない低音の上に、ヒロのギターが紡ぎ出す多彩な中高音が絡まり、マサのキーボードが彩りを添える。


 僕はただ、その皆が作ってくれた音の波に乗り、後は身を任せるだけだ。



 

 ――曲が終わっても、残響と興奮の余韻で暫く放心状態になる。


 全ての音が止み、口を開こうとしたその時、


 唐突に足元が消失した。


 いや、正確にはそう感じただけで、気付いた時には床に膝をついている自分がいた。


 一瞬何が起きたのか分からず顔を上げるが、皆も呆気に取られている。


 落ちてきた天井がシンバルを叩き盛大な音を立てたところで、ようやく地震だと気付いたが、もう既に完全に遅かった。


 もっと前から揺れていた可能性が高いが、恐らく巨大な音の波に酔っていたせいで、誰も気付くことが出来なかったんだろう。

 なにせ老朽化の進んだ古い建物である。崩れ始めたら一瞬だった。



 最後の瞬間、イッチーこと市原太一の頭をよぎったのは、


(美佳ちゃんは無事外に逃げられたかな)という事。


 そして……


(最後の最後まで音楽を続けられて、本当に良かった)


 という事だった。

 

 

 ――意識が途切れる寸前、目が合った皆の顔もどこか満足そうに見えた……。

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