List.02 -この指とまれ- 音楽馬鹿達
「いや~、エリちゃんもいつの間にかすっかり女らしくなっちゃって。ありゃあ、佐祐理さんに似て美人まっしぐらだな」
「おいおいアキ、言いたい事は分かるけど、エリちゃんまだ大学に上がったばっかだぞ。いくつ離れてると思ってんだ」
アキのつくねに手を伸ばしたシュンが呆れた様に笑っている。
もちろん承知の上で、ただアキをからかっているだけだ。
「いやいや、別にそういう意味じゃねーよ。第一エリちゃんに手なんか出したら、マスターに殺されるだろうが。さすがの俺もそこまで無節操じゃないぜ」
「さぁどうだかな。大体いつも女絡みで問題起こすのは、決まってアキだったからな」
今度はヒロからの余計な援護射撃だ。
腐れ縁を遥かに超えた付き合いの僕らに誤魔化しは通用しない。
「うっ、そこを突かれると何も言い返せねぇ……」
「……自業自得」
普段無口なマサの無慈悲な一言が炸裂する。
なにせ狭い店内だ。
その気になれば、僕らの会話なんて丸聞こえだろう。
当のエリちゃんはと言えば、全く気にした風もなく、アキと目が合うと「ベッ」っと可愛らしく舌を出した。
「ま、まぁ、それはそうとヒロ
目を泳がせながら、アキがヒロに助け舟を求める。
「露骨に話題を逸らした気もするが、どうと言われてもな。別に遠く離れた異国の秘境ってわけでもあるまいし、普通に呉服屋の若旦那やってますよぉ。まぁ自営の強みってやつでな。割と自分の自由な時間は使えるから、大体ギター弾きまくってるけどな」
「あ~、確かにそこは自営の強みではあるよな。俺もそのお陰でドラム叩くのには困らんし」
「アキはそれ以前に、親とは店の事決着着いたのかよ」
アキの実家は曽祖父の時代から続く、『古き良き街の小さな楽器屋さん』を営んでいた。
それがアキに代替わりする時に、それまで中心に扱っていた管楽器などを丸ごととっぱらい、外見的にはあまりよろしくないバンド小僧達がたむろする、ギターベースドラムなんでもござれの楽器屋に大変身を遂げた。
恐らくシュンが言ってるのは、店の事でアキが両親とちょっと揉めた時の事だろう。
「ま~、さすがに最初は色々あったけどな。でも今じゃむしろ前より売上は全然上がってるし、バンド小僧達も怪しいのは見た目だけで、根は良い奴らってのが分かってきたってのもあるんじゃねーかな。最近は特に何も言わなくなったよ。代わりに今度は、「孫の顔を見せる気はあるのか」とかうっせーけどな」
「いいな~自営業。こちとら営業リーマンは自分の足で稼ぐのと、時間外労働が仕事みてーなもんだからなぁ」
そう言って、はぁ~っと大袈裟な溜め息をつくシュンだったが、実の所シュンは持ち前のバイタリティに加え、カラッとした体育会系の性格が逆にウケが良いらしい。
元々器用で、どんな楽器でもそこそこ使いこなしてしまう上に、これでも元プロだ。
某有名大手楽器メーカーでの営業成績は、常にトップクラスという話だ。
「――で、イッチー。今回のレコーディングは?」
さりげない風を装ってはいるが、恐らくはここに話を持ってきたかったんだろう。
慎重なトーンでヒロが僕に話を振ってくる。
他のメンバー達も素知らぬ振りをしながらも、耳だけは僕の返事に集中しているのが丸分かりである。
(やっぱり、なんだかんだで皆気になるんだろうなぁ)
決して僕らメンバーが、プロとしての『アーリーバード』というバンドに未練があるわけではない。
けれど、なにせ元々が究極レベルの音楽馬鹿の集まりである。
結局、全員今でも音楽に関わる事から完全に手を引いてるわけじゃないし、やっぱりそこは興味津々という事なんだろう。
「今日丁度録り終わったとこ。Dは山さんでスタジオは如月だよ」
『うっげー。山さんと如月のコンボかよ!』
あまりに気持ちの良い皆のハモり具合(マサを除く)に、予想してたとは言え思わず吹き出してしまう。
周りのお客さん達や、佐祐理さんエリちゃんまで、チラッとこっちの様子を窺っている。
「まぁ、ほら。別に山さんだって悪気があってやってるわけじゃあるまいし。そこはほら、良いもの作りたいって一心でしょ」
「……山さんの音、完成聴くと……、結局何も言えない……」
「うっ……確かにあの人妥協を知らねーけど、苦労した時ほど出来上がり聴くと、グゥの音も出ねぇからな……」
そう言って、マサの一言に言葉通り口を詰まらせたアキが昔を思い出したのか、そのまま一瞬黙り込んだ。
たまにしか喋らないマサが言うと、妙に説得力があるのだ。
「ちなみに今回イッチーは? アコギだけ?」
「うん。アコギがメインでエレキも少しだけ。コーラスもちょっとだけかな」
「おっ、出番多いじゃん。いつ出んの?」
さっそく食いついてきたヒロに続いて、アキが素早く携帯を取り出した。
恐らく情報を検索する為だろう。
「えっと、確かこの夏にCMとタイアップって言ってたかな」
「新人さん?」
「うん。僕は顔合わせの時ちょっと会っただけだけど、19歳の女の子で、このシングルがデビュー曲になるみたい。リハ録りを聴いた感じだと、日本人には珍しいタイプの本格的なR&Bシンガーって感じかな」
「……それって……、もしかしてDCEの?」
「さすが編集長。その辺りの情報は抜かりないんだね。そうだよ、DCEが今大々的に売り出そうとしてる子みたい。名前はしらき? しろき?
(DCE【デスティニー・チャイルド・エンターテインメント】 今やアイドルグループからR&Bまで幅広く手がけ、世間のヒット曲の大半を担う業界最大手のレーベルである)
そして先ほどの話からは溢れていたマサだが、アーリーバード解散後は、自身で音楽雑誌を立ち上げ編集長となった。が、その実態は……、
雑誌の一コラムを専有し、自分の興味あるアーティストや期待の新人などについて好き放題語るという完全に個人の趣味の領域である。
普段は無口でも文章だと饒舌というのも、不思議と言えば不思議な話だが……。
ちなみにメンバーの中でヒロ以外の数少ない妻帯者は(意外なことに?)このマサだったりする。
「しろき……ゆうちゃん……ね。夏頃、と」
アキが携帯のメモに書き留めている。
「てことはさ。イッチーも明日からは空くわけだ」
悪巧みをする子供のような笑顔で、アキがメンバー全員を見渡す。
「また
「そりゃ
一応ポーズではヤレヤレといった空気を出しているヒロだが、別に今更確認するまでもなく、ここにいる全員が承知の上である。
僕らアーリーバードは今から約5年前、プロとしては活動を止めた。
都合上『解散』と呼んではいるが、そもそも僕らはこの5人で好き勝手に始め、やりたいようにやり、その延長線上にプロデビューという形があったに過ぎない。
そこにはプロとしてやる以上、当然責任やプレッシャーはあったが、プロとして解散したからと言って、別に僕ら5人がバラバラになったわけでも、喧嘩別れしたわけでもない。
大体僕らは20年以上の付き合いの中で、本気の喧嘩をした事も無いし、ましてやこの業界の決まり文句とも言える、『音楽性の違い』なんてもので揉めた記憶すら無かった。
「それじゃそういう事だから、イッチースタジオはお願いね」
さも当然といった様子で、アキが僕にスタジオの手配を要求してくる。
こういう所はちゃっかりしていると言うか、アキらしいと言えばアキらしい。
「何がそういう事なのか分からないけど……。オーケー、オーケー。この時間ならまだ
「えっ、美佳ちゃんまだいるの?」
自分で話を振ったくせに、アキは驚いた顔でグラスを傾ける手を止めた。
「そりゃいるでしょ」
「そりゃいるだろうな」
「そりゃいるだろ」
「……いる」
「そうか……。そりゃいるわな……」
何とも言えない微妙な空気の中、僕ら5人はただ揃ってウンウンと頷くのであった。
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