マニュアル
蛙鳴未明
マニュアル
ある日私は見つけてしまった。母の机ににぞんざいに置かれたその本を。
表紙に「人格製造マニュアル」と書かれたそれは、背後の窓から差し込む黄昏時の光に照らされて、妖しい雰囲気を漂わせている。その雰囲気にあてられたのか、私の手がまるで私以外の存在であるかのように本に向かって伸びてゆく。
触ってはいけない。開いてはいけない。読んではいけない。
頭ではそう思っても、体は言うことを聞かず、私は私の手が本を手に取り、ページをめくっていくのを見ていることしかできなかった。
ちょうどいいページを見つけた私の腕が、本を私の顔に近づけてくる。必死に顔を背けるが、目は勝手に本の中身を確認しようと横を向く。私の体全体が、私に残酷な真実を突き付ける。
そこには、私が今までに母からされたことがびっしりと書かれていた。叱り方、褒め方、口調、遊び方、料理、部屋の装飾、与える本。全てが母と一致していた。涙が零れる。私は母に都合のいいように作られた存在に過ぎなかったのだ。
母の操り人形に―――家畜に過ぎなかったんだ。あの優しさも、あの厳しさも、全て作り物だったんだ。そんな思いが心を支配する。思い出がガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえたような気がした。裏切られたような気持と、母に対する恐怖がないまぜになって心を締め付け、精神を崩壊させていく。
「死のう」
私は自分の意思で体を動かし、本をその場に投げ捨てて、家を飛び出していった。遠くで踏切の鐘の音が呼んでいる。
少女の母の部屋では、本から滑り落ちた一枚の薄い紙片が宙に漂っていた。ふわりふわりと落ちていくそれには、「なお、あなたが子供に飽きた時には、この本をわざと見つけさせると良いでしょう。」という一文の下に、本のみつけさせ方が書かれていた。紙片がふわりふわりと床に触れたとき、遠くで電車のブレーキ音が響いた。
マニュアル 蛙鳴未明 @ttyy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます