5 真実


 扉がしまりきらないようヒカルが細工を施し、二人は地下へと降りる。地下はさほど深くはなかった。せいぜいが一階分の高さより少し深いくらいだろうか。下はさすがに暗く、入り口から漏れる光がまっすぐに茜たちの道を示している。

スマートフォンのライトであたりを照らすと、そこは奇妙なつくりをしていた。五つの方角に壁があるのだ。しかしその壁の隙間同士には隙間があり、そこから出られるようになっている。

「五角形の部屋……?」

 言うなれば、五角形の角に穴が開いている。そんな部屋だ。

「大昔にしちゃずいぶんモダンな間取りだね」

先を進みながら、ヒカルはきょろきょろとあたりを見回す。人の気配はなさそうだ。

「……大声でだれかいるか呼んでみる?」

「いや、やめた方がいだろう。彼女たちと一緒に犯人がいたら隠れられてしまう」

「オーケー。隠密モードね」

 声を潜めながら、ヒカルと茜は階段から一番近い右手の隙間から五角形の部屋を出る。外へ出ると廊下が四つあった。十字というよりはXの字に伸びている廊下を見て、二人は首を傾げた。

「うーん。やっぱ変な間取り……」

 とりあえずそのまま廊下を右に折れてまっすぐに進む。左手の壁にはいくつかの扉があった。開いている部屋を覗き込むとそこには寝台のようなものや、かつて薬剤入れであろう棚がそのままに腐食していた。

「下は昔のまま放置されているっぽいね……」

「危ないものとかなきゃいいがな」

 そういいながら茜はカソックの襟元をゆるめた。熱がこもりやすいのか、ここは外よりも少し湿気が多く暑かった。

「こんな場所にいたら熱中症になってしまうな」

「ちょっと、神父サマ倒れないでね?ちゃんと水もってきた?」

「大丈夫だ。それより先に進むぞ」

 スマートフォンのライトをかざして進むと廊下は前方と左右に分かれていた。ひとまずそのまま進み続ける。しばらく歩くと行き止まりになっており、また左右に道が分かれていた。最奥の壁の上部には細い窓が付いていて、そこから光が入ってきていた。ここから少し地上が見えそうだ。

「ほんと変なつくりだね」

「上の建物はほとんど目隠しみたいなものだな。相当知られたくない研究でもしていたのか」

「うーん。嫌だなあそれ」

 ヒカルは背中に薄い寒気を感じながら右に曲がり、一番近い部屋を覗き込む。そこにあるものを見て、ヒカルはひゅっと息を飲んだ。

 部屋の中央には赤い円形の陣が描かれており、そこかしこに知らない国の文字でなにかが書き記されている。

「し、神父サマ……これはいよいよもってやばいんじゃない?」

 ヒカルに促されて、茜も部屋を覗き込む。異様な光景に茜は目を見開いた。

「これは……」

「これってさ……黒魔術とかそんなんじゃん?悪魔崇拝とか、そんな感じの」

「まさか本当に悪魔なのか……?」

動揺したように声を震わせながら、茜は部屋を見回す。しかし数秒後には平静を取り戻した顔になり、部屋の中に踏み入った。

「ちょ、入って大丈夫なん?」

「……ああ。問題ない」

 茜は部屋を闊歩しながら陣の形や壁に描かれた文字をしげしげと観察した。

「ふうん…………見たことのない陣形だ。カバラでも、フリーメイソンでもない……」

 ヒカルには分からない用語を呟きながら茜はしばらく観察し、やがて顔をあげた。

「違う。これは全部、デタラメなんだ」

「デタラメ?」

 部屋の入り口で立ちすくむヒカルを振り返って、茜は「ああ」と答える。

「この陣形、確かに魔術的なものに見えるかもしれないけど、円の周りに掛かれている文言や図形がどこの魔術や悪魔崇拝、錬金術にも当てはまらない。漫画やアニメに出ている創作された陣みたいんだ。壁に描かれている文字もそう」

 壁を照らしながら茜は冷静に話す。

「これ、英語やラテン語とかを適当に並べ立てている。見せかけだけで、全部意味が通らないんだ」

 そう言われてみれば、読み取れる文字がいくつかあるような気がしてくる。『SIN(罪)』やら『devil(悪魔)』など、不穏なものではあるが確かに並びは適当で、ほとんどが単語を書いているだけだ。

「じゃあ、この部屋に描いてあるものは意味がないってこと?」

「そうだな……。お化け屋敷みたいに脅かすくらいの効果はあるかもしれないけど、それにしたってどうして……」

 考えあぐねる茜の足がなにか柔らかいものを踏む。足もとを見ると、そこには丸められた制服のようなものが転がっていた。

「これは……」

 落ちていた服を拾い上げて確認する。胸元に刺繍されている校章には見覚えがあった。

「菜穂美ちゃんが着てたのと同じだね……」

 いつの間にか部屋の中へ来ていたヒカルが呟く。悲痛な面持ちで制服を受け取り、足元に転がっている他の衣服も確認する。制服だけではなく、下着までもがそこに転がっている。

「やっぱり、今朝のニュースの被害者は菜穂美ちゃんの同級生か……」

「許しがたいな」

 茜が拳を強く握りしめる。たった十七歳の少女たちを閉じ込めて、脅かして、辱めて。犯人は一体何が目的なのだ?

 考え込む二人の後ろでカツカツという音が響く。

「…………」

「…………なんだ?」

 そっと部屋から外の廊下に出る。暗い廊下の向こうから何かがこちらへ近づいてきていた。

 カツ、カツ、カツと、規則的にコンクリートを何かがたたいている。暗闇の黒から抜け出したように、漆黒のそれが窓の明かりに姿を浮かび上がらせて、カツカツと蹄を高らかに鳴らしながらこちらへと近づいてくる。

 漆黒の角に漆黒の毛並み。闇の中に浮かぶ月夜がごとき目には横一文字に細長い線が入っている。

二人のこめかみに冷たい汗が伝う。

「神父サマ……あれさあ……………………………ヤギじゃね?」

ヒカルのつぶやきを合図としたように、突如ヤギは鳴き声を上げた。

「メェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 サイレンのような鳴き声がコンクリートに反響し、二人は思わず耳を塞いだ。

『見つけた!見つけた!お前たちがやったのか!お前たちがやったんだろう!?全部全部お前たちのせいだ!』

 くぐもったような甲高い声が響き渡る。聞き間違いでなければ、その声はヤギから発せられているような気がした。

「ヤギが……!」

「喋った……!?」

 動揺した隙を突くようにヤギは駆け出し、婉曲した双角でヒカルの腹部を突いた。

「かはっ……!」

 そのまま壁に叩きつけられ、茜は床に崩れ落ちた。間髪入れずに、ヤギは蹄で茜の顔を狙う。

「茜!」

 咄嗟に蹴りを入れて、ヒカルがヤギを牽制する。「ベェッ」っと悲鳴をあげてヤギは一瞬身を引くが、怒ったように頭を振って今度はヒカルに狙いを定めて前足を蹴って突進しようとした。

「やば」

 ヒカルは逃げようとするが、ヤギはすぐそばだ。黒い塊が突進してくる。

(もうだめだ)

 ヒカルがそう思った時、バチバチッという音とともに閃光が走り、ヤギは悲鳴をあげながら廊下の向こう側へと逃げ去った。

「………………ありがと、神父サン」

「どういたしまして」

 息を切らしながら茜は手にした『武器』–––スタンガンの電源を切った。

「気休め程度だが持っておくもんだな」

「フツー神父の武器って十字架とかじゃないの?」

「十字架でヤギを追い返せるか?」

 何を言っているんだと言わんばかり首を傾げながら茜は立ち上がり、服についた汚れを払った。

「腹めっちゃ痛そうだったけど大丈夫?」

「威力はすごかったが……まあ大丈夫さ。それよりも、あのヤギ……」

「うん。そうだね……」

 二人は困惑したように顔を見合わせる。悪魔を否定した側から、喋るヤギだなんて非現実的なものを見せつけられてしまった。

「あのヤギ、なんて言ってた?」

「確か……『お前たちがやったんだろう』とか『お前たちのせいだ』とか……」

「ヒカル、心当たりあるか?」

 答える代わりにヒカルは首を横に振った。茜の方ももちろん心当たりはない。不可思議なヤギの言葉に二人はひたすらに首を捻った。

「ん?なんだこれ」

 ふと、茜は床に何かが落ちているのに気がついた。拾い上げてみるとそれは小さな黒い綿に細長い線のついた電子機器のようだった。

「なんでこんなものが……?」

 ヒカルは眉間にしわを寄せながら茜が手にしたものを見つめた。それはごく一般的に現代で普及しているピンマイクのパーツだった。


#


 暗い廊下を体が勝手に走り抜けていく。ヤギの足は人間だった自分の足よりも早いようで、勝手に景色が飛び去って行った。

 ああ、失敗した。失敗した失敗した失敗した!!

 樹里を死なせてしまってから私はどうしようもなくて施設の中を歩き回っていた。そのうちに物音がして近づいてみたら二人の人間を見つけたのだ。白髪に神父みたいな服を着た男と、ピンクの髪をしたエプロン姿の男。きっとあの二人が犯人に違いない。私たちを攫って辱めて、私に樹里を殺させた犯人。そう思って攻撃したのに。世界が一瞬光に包まれたと思ったら、私の体は勝手に逃げ出していた。

 どうして。なんで。仇を取るチャンスだったのに。言うことを聞かないこのヤギの体が憎らしくて仕方なかった。ああきっと私は実験台にされて、そして失敗したんだ。脳みそをヤギの体に入れられてしまったんだ。それがうまく噛み合わなくて、私はヤギの体に意識を乗せただけの幽霊になってしまっている。

 私の体はどうなったんだろう。もう死体になって樹里みたいに動かなくなっているのかな。あるいは死んだのが先で、樹里も私みたいなヤギになるのかもしれない。その時は少しくらい、仲直りできるかな。でも私を殴ってきた樹里を私は許せるのかな。いいや、元はと言えば私が樹里を殺したんだ。樹里が私を許してくれるとはとても思わない。

 重い思考を引きずりながら、また施設の中を歩き回る。歩いていて、少しずつ気がついたことがあった。この施設は妙な形をしている。廊下の角は鋭角には曲がらず、部屋の中も真っ直ぐな正方形ではない。なんなら五角形の空間まであった。一体どんな適当な建築をしたらそうなるんだろう。 

 歩いているうちにまた道が分からなくなる。自分は今どこを歩いているのか、さっぱり分からない。立ち止まって休みたい気もするが、ヤギの体は勝手に進み続けている。思えばこの体になってから疲れ知らずだ。本当に私の意識だけがヤギに乗っている。いいや、ヤギの中に魂を閉じ込められているだけだ。きっとこのヤギが死ぬまで、私はこのままなんだ。それはそれで、なんだかいい気がした。もう樹里たちの顔色を伺わなくてもいいし、学校で勉強しなくてもいい。このまま成長して大人になってもあんまり楽しくなさそうだ。

 私はぼんやりと意識を浮遊させる。何もかもを諦めてしまったら、なんだか楽になってきた。このまま眠りにでもついてしまおうか。

 ゆらゆらと揺れる景色から目を逸らすように、そっと心を閉じていく。見えているものすべてを夢と思えば、なんてこともない。

「………………やめ………て……………」

「……おちつ………話を………………」

 どこからか、男と女の声が聞こえる。

「……はな……て……!」

「……だい………ころ………す………」

 ああ。だめだ。だめだめだめ!私は何を忘れていたんだ!ここにはまだ晶子ちゃんがいるのに!あいつらがあの子に酷いことをしたら、晶子ちゃんが私と同じになったら!

 そんなのはだめだ!

 私は意識を集中させて目に見えるものを必死にとらえようとした。体は相変わらず言うことを聞かない。でも樹里を襲う一瞬、この体は私の言うことを聞いてくれた。私とヤギの体が繋がっているなら、少しくらい言うことを聞かせられるかもしれない。

(言うことを聞け)

 頭の中で私は命じる。言葉の一つ一つを、神経に行きわたらせるように強く強く念じた。

(私の言うことを聞け。聞け。従え。お前の体は私のだ。私の言う通りに動け……!)

 もう人間じゃないとしても、晶子ちゃんに気付かれないとしても構わない。最後に晶子ちゃんを助けられるなら、私はヤギにでもなってやる。

(動け!!!!)

 一際強く念じたその時、勝手に動いていたヤギの視界が立ち止まった。不思議と私の意識は明瞭で景色はさっきよりもずっとよく見えた。試しに前足を一歩動かしてみる。右の前足が、前へと進む。吊られて左後ろ足が動き、次に左前足を動かすと右後ろ足が付いてきた。体が、言う通りに動いた。

 新しい体は、前よりもずっと軽かった。前を向いて、私は走り出す。早く。早く晶子ちゃんを見つけ出さないと!


 ヤギを撃退してから、茜とヒカルは捜索を続けていた。最奥の廊下をひたすらに歩き続けながらひとつひとつの部屋を確認していくが、通り過ぎる部屋は全部鍵が開いており、もぬけの殻だった。もう一つ奇妙だったのが、曲がる角がすべてⅩ字の廊下だったことだ。

 それぞれの廊下の特徴をしっかりと覚え、迷わぬように進んでいく。

「ちょっと聞いてもいい神父サマ?」

 探索に少し飽いたようにヒカルが口を開く。

「なんだ?」

「悪魔的に考えて、ヤギってどういうポジションなん?」

「悪魔的に……というよりか、主観的な説明になるがそれでもいいか?」

 茜の問いかけにヒカルはこくりと頷いた。事務的にライトであたりを照らしながら諳んじるように茜は語りだす。

「ヤギっていうのは元々悪魔の象徴じゃなかった。一神教が広まる以前の古い時代では豊穣や多産をもたらす守護神の象徴としてあがめられていたんだ。あるいは神でなくとも、神に捧げるに相応しい生贄としての役割があったのさ」

「生贄……スケープゴートとかじゃあ、そういう意味なの?」

「よく知っているな。語源はそうだと言われている。他にもギリシア神話では半身半獣の牧神として崇拝されていたこともあるんだ」

「そんなに神聖なものだって思われていたのに、どうして悪魔になったんだ?」

「それには諸説あってな。一神教が布教された時に、過去の信仰を不要とするために悪魔に貶められたというのが一般的だが、私はそれだけじゃないと思っている」

 ライトが薬剤の転がった棚を見つける。保存がいいのか、まだ中には液体が入っていた。

「ギリシア神話の牧神パーンは、牧羊の守り神でありながら、その一方で混乱をもたらす神だった。人々を惑わせて困らせていたんだ。パニックって言葉の語源は、この神から来ている」

 ライトが切れ、画面に充電切れが近いことを示す警告文が映し出される。

「神というものは、人に恵みを与えると同時に試練や困難を与える。私は、神と悪魔ってのは表裏一体だと思っているよ」

 耐えかねたスマートフォンがバイブ音と共に電池を切らす。手元の光源を失った茜はため息交じりにスマートフォンをポケットにしまった。

「でもそれって逆に言えばさあ」

 ヒカルは自分のスマートフォンを掲げながら言う。

「悪魔も神ってことにならん?」

「………………それは、考えたことがなかったな」

 一本とられたというように苦笑いしながら茜はヒカルの後ろに着く。前衛と後衛を後退して二人は進み続けた。

「ぜんぜん誰もいないね……」

「まだ探せていない部屋もある。もしかしたらそこにいるのかもしれない」

 いくつかの角を曲がるうち、二人は鏡のある部屋の前を通り過ぎた。

「鏡の部屋か……」

「あ!」

 何かに気が付いたのか、ヒカルが声をあげる。ライトの示した方向に茜が目をやるとそこには地面に横たわる少女の姿があった。

 ウェーブした髪に覆われて顔色はよく伺えないが、良くない状態だということだけは分かった。

 茜とヒカルは慌てて駆け付け、少女を抱き起す。

「もしもし?大丈夫ですか?」

 声をかけるが反応はない。ぐったりと力のない体に、茜は嫌な予感を覚えた。

「ヒカル、とにかくこの子を外へ………」

 ヒカルに助けを求めようとするが、ヒカルは微動だにせず、入り口の方を照らしている。何を見ているのかとヒカルの視線を辿って茜もまた同じように固まってしまった。

 そこにあったものは、信じがたい光景だった。

 

 暗い廊下を走って走って走って、私は必死にあの子の気配を探した。

 晶子ちゃん。晶子ちゃん晶子ちゃん晶子ちゃん晶子ちゃん!

 私、あなたに許されてとても嬉しかったの。あなたが許してくれただけで、私とっても救われたの。だから今度は私があなたを守りたいの!

 飛び去っていく景色が心地いい。今ならば何にだって勝てる気がした。人間のよりもずっと広い視界で私は晶子ちゃんの姿を探す。

 ここのどこかにきっといるはずだ。

 視界の端に黒い髪が揺れるのが見える。それだけで私はあの子だと気が付いた。

(晶子ちゃん!)

 彼女の姿を捉えると同時に、私は嫌なものを見た。さっきのピンク頭だ。ピンク頭の左手にはナイフが握られていて、今何が起きようとしているのか私は咄嗟に理解した。

「メエエェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

 雄たけびをあげ、私はピンク頭に突進した。全身全霊の力を込めてやつの腹に角を叩きこむ。あいつが吹き飛ぶと同時に、私の頭はぐわんぐわんと揺れて視界がぶれた。

『莉緒ちゃん!』

 ひび割れた声が私の耳に晶子ちゃんの声が響く。

 今、名前を呼ばれた?

 こんな姿でも私だって、晶子ちゃんは分かってくれるの?

 ぐらつく視界を立て直し、私は晶子ちゃんの方へ向き直る。晶子ちゃんは怯えたような顔で私を見おろしていた。可哀想に。怖かったよね。嫌だったよね。大丈 夫だよ。今こいつを殺して、私が助けて———————————————。



 ぶつり、と。視界が暗く途切れる。何が起こったのかと左右を見回すが何も分からない。

「大丈夫ですか!?」

 耳元で男の声が聞こえる。混乱してうろたえる私の頭が急に軽くなって、まぶしいほどの光が私の目を焼いた。

「大丈夫ですか?私の声は聞こえますか?」

 明滅する世界で、少しずつ世界が色を取り戻す。目の前では神父服を着た白髪の男が私のことを見おろしていた。

「え?なに………?」

 ぼんやりと言葉を発しながら私は身を起こそうとする。ふと、手の感覚が蹄ではなく、人間のそれに近いことに気が付いた。恐る恐る右手を掲げてみる。そこにあるのは五本の指を持った人間の手だ。

 ゆっくりと冷静さを取り戻しながら、私は周囲を見渡す。私は歯医者さんみたいな椅子に座っていて、周りにはよくわからない機械がたくさん置かれていた。神父みたいな男の手にはなぜかVRゴーグルが握られていた。

「上八木莉緒さんですか?私たちはあなたを助けに来ました」

 まるで無理やり夢から醒まされたような気持ちだ。

「え……まってよ」

 うまくろれつの回らない口で私は呟く。

「私は、ヤギじゃなかったの………?」

 気の触れたような私の言葉に、神父はただひたすらに困ったような顔をしていた。

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