魔法使いは、鏡の向こう側に星を見る。
吹雪キコト
0 竜淵神社の仲良し夫婦
紅色になりかけた森のトンネルの中を、心臓破りの階段がどこまでも続いていく。
私は今、あきらめそうな階段を全力で駆け上がっていた。
今、おっきな夢に向かって猛進中。
今日は帰りの会が、担任の
この町出身で東三小教師3年目になる大隅先生だけど、のんびり屋の女の先生でも怖いものは怖いみたい。
何でも、最近姫名の町に不審者が出ているらしい。今のところ被害は出ていないけれど、段々とこの東三小の学区にも出ているらしい。
学校の先生も放課後に見回りを始めるから、まっすぐに家に帰るように言われた。ぶらぶらしているところを見つかったら、次の日は職員室でお説教タイムという公開処刑が待っているだろう、って。
それでも、私は家にまっすぐには帰らない。ランドセルをそのまま背負い、この紅葉のトンネルの向こう側へと向かっていく。
だって、家に帰ったところで誰もいないから。
がらんどうになった家の空気を思い出しちゃって、振り払おうと階段を駆け上がる足を速めた。
今はとにかく、神社に入らなきゃ。ここでノロノロしていると、またアイツが来てギャーギャーうるさくなるし。
緑のトンネルの向こう側――この心臓破りの階段を登りきると、
姫名で一番大きな神社で、普段は参拝客は来ないけど、祭りの時はとなり町から踊りや神輿を見に来てくれるの。
私が生まれるよりずっと前、お侍さん達もまだ生まれていなかった時代から、この神社は姫名の町を見守っているんだ。
そして、この神社には、姫名を生んだ昔話が伝わっている。
私が知りたくて知りたくてしょうがない、あの話が――。
緑のトンネルの出口が近くなってきた。
心臓破りの階段のてっぺんで、朱色の鳥居がゴールみたいに待っているんだ。
東三小から弾丸のようにダッシュして、勢いのまま階段を駆け上がったせいか、心臓が口から飛び出しそう。
それでも、こんなところで止まらない。階段を蹴る力を強めて、鳥居に向かって一直線。
鳥居まで、あと5秒、4秒、3、2、1……!
「和泉、何普通に俺の家に直行してんだ!」
私の後ろから聞きなじんだ声がとびかかってきて、危うくずっこけそうになった。
バランスを崩して階段から転げ落ちそうになって、思わず後ろを振り返ってみると、案の定
緑のトンネルが光をさえぎって顔がよく見えないけど、黒曜石みたいに黒い瞳は怒りでギラギラして、つやのある髪は今はぼさぼさだ。
「今日大隅に言われたばっかだろうが、今日は寄り道はするなって」
「守ってるでしょう、まっすぐに家に向かってるよ」
「自分の家に、だ!」
山城君が足を踏み鳴らしながら、どんどん私の方に詰めてくる。
よく見れば、肩を上下に揺らしている。よっぽど猛ダッシュで追ってきたのだろう。
クラス一とか言われているイケメンの山城君でも、両方の眉を吊り上げた形相を見たら思わず吹き出しちゃいそう。
「第一、俺の家に来るなって何度言えば分かるんだ。お前のせいでクラスでなんて呼ばれているか分かってんのか!?」
「『竜淵神社の仲良し夫婦』」
真面目に返したつもりだったけど、山城君の口端がヒクリと動いたのが見えた。
そういえば、今日も教室を出るときこっちを見て妙に
また、言われてきたんかい。
そこまで気にすることないんじゃないかな。どうせクラスのみんなが勝手に言ってることなんだから。
――私と護君が『デキている』ってウワサなんて。
理由は簡単。私が『習い事』で山城君の家――竜淵神社に通っているのを、クラスが『通い妻』なんて馬鹿な勘違いをしているから。
山城君は、この竜淵神社を先祖代々守っている神主の家の子供。竜淵神社の祭りには東三小のみんなが来るから、山城君を知らない人はいない。
その神社に私が『習い事』で通うようになってから、もう半年。誰がどこで何を間違えたのか、6月の体育祭を過ぎた頃から付き合っているなんてウワサが立っていた。
はじめは違うと山城君といっしょに誤解を解こうとしたけど、誤解が解ける前に夏休みに突入。しばらく神社に来るなって言われたけれど、夏休みだし誰も気にしないだろうから通っていたんだ。
……まさか、夏休み明けになったら『恋人』どころか『夫婦』にランクアップしていたとは。
おかげで、山城君ファンのクラスの女の子からは目の敵にされて、男共からは笑いもの。そして山城君は私を毛嫌いして、神社に入れまいと躍起になる始末。
9月の終わりになっても、竜淵神社を追い返すか突っ切るかの競争状態になっているんだから。
正直、山城君から逃れるためなら他は目に入らない。
あそこまでギャーギャーうるさいと、どうでもよくなっちゃった。
「自分の言ってる意味が分かってんのか。お前のせいで学校生活がメチャクチャなんだよ。とっとと失せろ、二度と神社に来るな!」
今日もまた、先を越された山城君が神社に行かせまいとまくし立ててくる。
とはいっても、こっちも『習い事』のため、私の『夢』のため。
譲るわけにはいかない。
「やーだね。あんなウワサ、すぐに消えるって。わざわざマジになってるから余計にややこしくなってんの」
「……もうしゃべるな。今すぐこの階段から突き落としてやるよ……!」
「やるっての? 『昔話』みたいに返り討ちにしてやるよ」
向こうもガマンの限界だったみたい。鬼のような形相で腕を捲って登ってくる。
ケンカなら上等、私のジャマをするならだれでも許さない。
このままバックで境内に飛び込んで、そのまま山城君と取っ組み合いをしてやる。
そして、ダッシュまでタイミングを見計らって待つ。
もう少しで階段を駆け上がろう、あと3歩、2歩、1歩……!
「はい、そこまでです!」
ゼロになったとき、聞き覚えのある声が階段の上から響き渡った。
今駆け上がろうとしていた山城君の足は止まって、私の後ろをにらんでいる。
振り返ってみれば、案の定
「これ以上神社で騒ぐのなら、境内の外でしてください。近所迷惑にしないでと何度も言っていますが……」
軽くため息をついても、スラッとした立ち姿はまさに雲の合間から覗き込む仙女みたい。
切れ長でキリッとした目で見下ろせば、ふてくされながら山城君は静かになった。
「師匠、こんにちわ! 今日もよろしくお願いします!」
「遥海さんも大変ですね。それじゃあ、早く社務所に上がってください。今日は時間が短いので」
「分かりました!」
今日も師匠は忙しい。
神社の神主だけじゃなくて、この町の大学で先生もやっている。
でも、その合間を縫って教えてくれるんだから、1秒でも長く聴かなきゃ。
「待てよ、和泉! 母さんものんきにそいつを上げるなよ!」
「護君も境内の掃除をしなさい。学校のことなら、後で文句を聞いてあげます」
鳥居をくぐった後ろで山城君が師匠と言い争っているけど、今日は私の勝ちだ。
勝ったからには、師匠の時間がある限り聞かせてもらおう。
この町からはまだ離れたくない。
だって、伝説がこの町に眠っているから。
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