#59 Coexistence
(これが拠り所の感覚……でも、文乃達に聞いた話だと、みんな意識が飲まれることなくプレイヤーになった……つまり)
何も見えない。何も聞こえない。
プロキシーに身体の主導権を奪われ、同時に五感全てを奪われた愛歌は、白く何もない空間の中に閉じ込められている。しかし愛歌は落ち着いていた。
並の人間であれば、プロキシーの拠り所となった時点で酷く取り乱す。その声がプレイヤーの脳内に響き、プレイヤーはようやく拠り所の位置を把握できる。
しかし愛歌は一切取り乱していない。なぜなら愛歌は一般人とは違い、プロキシーやプレイヤーといった話を既に知っている。そしてプロキシーがアクセサリーを入手次第、身体の主導権が戻ることも知っている。故に焦る必要は無いと考えた。
ただ1つ、取り乱してはいないが愛歌にとって少し悲しいことに気付いた。
(私はプレイヤーになれないの……?)
緤那も、文乃も、他のプレイヤー達も、プロキシーの拠り所となっても身体の主導権は奪われなかった。この話を聞いていたため、愛歌は自分がプレイヤーになれないことを察した。
(寂しいな……私だけ戦えない、私だけ見てるだけで何もできないなんて……)
人間の身体を1つの器として、人間の魂や精神といった内面を水とする。同時に、実体を持たぬプロキシーを色水とする。
器には常に透明な水が貯まっている。しかしその器に突如プロキシーという名の色水が注がれれば、透明な水は一瞬で色付き、器は変わらずとも透明な部分は完全に失われる。
しかし数ある器の中には、透明ではない水が貯まっているものもある。
仮に器Aの水が赤く、そこへ青い水が注がれれば、2色が混ざり合い紫の水が完成する。どちらかが器の水の色を一方的に染める訳でもなく、2つの色が共存することで新しい色を作り出せる。1つの身体に共存し、融合という新しい色を出せるようになることで、人はプレイヤーとなる。
しかし愛歌の器には透明な水しか溜まっていない。そこにプロキシーという白い水が注がれたため、器の水は白く変色、透明な水は失われた。
即ち、共存という結果に至らなかった。プレイヤーになれなかった。
◇◇◇
「何、今の……声が聞こえただけじゃなかった……」
急いで服を着る焔は、先程体験した不思議な現象に若干混乱していた。
人間がプロキシーの拠り所となれば、プレイヤーは拠り所の声を頼りにその場所を把握する。しかし愛歌がプロキシーの拠り所となった際、焔は愛歌の声を聞かず、三人称視点での自分の姿がイメージされた。
三人称視点のイメージなどは前例がない。他のプレイヤーも共通して拠り所の声を聞くことしかできない。
「これはただの予想だけど、今愛歌に宿ってるプロキシーの力が強すぎて、声だけじゃなく位置情報まで明確に伝わってきたんだと思う。どちらにせよ、俺達にとってはあまりいい状況じゃない」
焔から分離したサーティアは仮説を立てた。しかしサーティア自身、過去に体験したことが無い現象であったため、その表情からは驚きを隠しきれていないことが伺える。
「やれるか、焔」
「うん……けど、まだ愛歌の身体から出てきてない」
「出てきたところを叩けばいい。とは言え相手がどんな力を持ってるかは見当がつかない。慎重にいこう」
「「変身」」
焔とサーティアは融合し、いつでも能力を使えるように篭手へライティクルを集約させた。
「……サーティア、なの?」
「っ? その姿のままじゃ誰か分かんないんだけど、誰?」
「……名前言っても信じてもらえないだろうけど、これ見たら分かってくれる……って、外に出た方がいいかな、家の中っぽいし。悪いけど外にまで案内してくれる?」
「??」
焔が記憶しているプロキシーは、大概好戦的でこんな会話はしない。しかし今目の前にいるプロキシーはとても好戦的とは思えず、若干混乱している焔は言われるがまま家の外へと愛歌を連れ出した。
焔の家の敷地は広く、且つ塀も高めであるため、外で多少変な動きをしても周囲からは気付かれない。故に変身を維持した状態の焔が家の外に出たとしても、敷地内であれば塀の外からは見られない。
「何を見せようっての?」
「まあ見てて……」
愛歌は空に右手をかざし、右手に白いライティクルを集約させた。その後数秒が経過し、どこからか飛来した光の塊が愛歌の手に収まった。しかし指の隙間から漏れる光はすぐに消え、愛歌は手のひらに乗った飛来物を見て少し微笑んだ。
飛来物の正体はアクセサリー。愛歌に寄生したプロキシーの力が封印されたアクセサリーである。
「私が見せたかったのは……これ」
愛歌の手に乗っていたアクセサリーは原寸大に戻る。
そのアクセサリーは、愛歌の身長とほぼ同じ長さの大鎌。大鎌の棒部分は少し
刃部分は白い。しかし染色されている訳では無い。そもそもアクセサリー自体金属ではないため、刃が白いのは変な話ではない。刃部分は棒部分のように歪ではなく、シルエットだけ見ればただの鎌にしか見えない。
「その鎌……!!」
その鎌は焔、もといサーティアには見覚えがあった。否、サーティア以外のプロキシー全員もその鎌を、その鎌を持っていたプロキシーを知っている。
「セーラ!」
愛歌に寄生したプロキシーの名はセーラ。かつてクピドの悪行にいち早く気付き、断罪と称しクピドを殺害、後にアクセサリーへと封印されたプロキシーである。
セーラは世界の管理をしていた頃から、フォルトゥーナに作って貰った大鎌を常時携帯しており、主に地獄で断罪として亡者を斬り殺していた。
セーラは現世、天国、地獄の全てを回っており、加えてプロキシーの中でも強大な力を誇る"最初の4人"の1人であったことから、プロキシーでその名を知らぬ者はいない。
「よかった、覚えててくれた……」
サーティアは強制的に変身を解除し、セーラの宿った愛歌に抱きついた。
「忘れるわけないでしょ……バカ……! クピドを殺したって聞いた時、私死ぬほど心配したんだから!」
「っ!? サ、サーティアが……"私"って言った……」
「っ!! ち、違っ!! いや違くないけど……と、とにかくそこには触れないで!!」
サーティアの一人称と口調が変化したことに驚いた焔。そして焔に指摘されたことでサーティアはふと我に返り、顔を真っ赤にして慌てた。
「……ところで、見たところサーティアはその子と同調してるってことでいいのかな?」
「え? そ、そうだけど……?」
「同調してなければ、私達は武器を手にしたら拠り所から出られるんだよね」
「そう……だね。どうしたの?」
「いや、その……」
愛歌に憑依したセーラは、困ったような笑顔を見せた。
「この身体の子……なかなか私を外に出してくれないんだけど」
「……え?」
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