#23 Freeze

 拠り所に寄生しアクセサリーの"ナイフ"を入手したプロキシー"リジャル"は、拠り所から分離し大きく息を吸った。

 アクセサリーと身体が分離したプロキシーは、拠り所を見つけるまでの間は実体を持たない。それ故にプロキシーは呼吸を必要とせず、死といった概念からも解放される。

 しかし身体を失ったプロキシーは、身体と同時に「今までの自分」を取り戻そうとする。リジャルも同様に、呼吸をして、両足で立ち、物体に触れられるという「当たり前のこと」を取り戻したことを喜び笑みを浮かべた。


(やっと身体を取り戻せましたね……)


 リジャルは地獄を管理していたプロキシーであり、地獄で罪を償い天国行きが決まった人間の見送りをしていた。

 しかし文字通りの地獄の苦しみを味わい表向きは罪を償った人間が、苦しみのない言わば楽園である天国に来れることに、リジャルは疑問を抱いていた。何故なら、誰が許してもその者の罪は一生消えない。一生背負わなければならない。

 疑問を抱きながら管理をしていた最中、クピドが禁忌を犯したことを知った。

 人間の在り方に疑問を抱いていたのは自分だけじゃなかった。クピドは死と汚名を引き換えに、リジャルのように疑問を抱えていた者達に「自分達の思考は間違っていなかった」と自信を持たせた。

 そしてアクセサリーに封印され、数十年の眠りの末解放された今、リジャルは自らの思考に従い人類の削減、否、人類の根絶を実行に移そうとしている。


「クピド……あなたの意思は私が……いえ、"私達"が継ぎます。私達を見守っていてください」


 クピドに対し抱いているのはただの忠誠心を通り越し、ドロドロした真っ黒な愛へと変わっている。その愛を証明するため、リジャルは本来禁忌を犯そうとしている。

 リジャルは原初の神に従うプロキシーであるが、最早邪教徒と言っても過言ではないのだろう。


「私達って……それ俺のことも入ってる?」

「……あなたは確か……」

「サーティア。リジャルと一緒で地獄を管理してたプロキシーだ。とりあえず俺は人間の削減なんて考えちゃいないが……こんな俺はリジャルの味方になるのか?」


 1番最初に到着したのは焔だった。焔は乗ってきた自転車を停め、サーティアと共にリジャルに歩み寄る。


「残念ながらあなたはクピドの意思に反する……私の敵です」

「ありゃりゃ。じゃあ仕方ないか……焔、こいつ殺すぞ」


 サーティアの殺意が焔にも伝わり、焔は一瞬だけ身体を震わせた。


「焔!?」

「って、緤那!?」


 続いて緤那が到着し、サーティアと並び立つ焔を発見した。

 焔はまだ誰にも自身がプレイヤーになったことを言っていない。そもそも他のプレイヤーを知らないためである。仮にプレイヤーではない友人に報告しても、その友人は話を一切理解できない。

 敵プロキシーを前にして、緤那と焔は互いに驚きを隠せずに見つめ合う。ナイアはまだ出てきていないが、焔は直感的に緤那がプレイヤーであることは理解できた。


「まさか焔までプレイヤーに……いやそれより、まずはそいつ殺るのが先かな」


 緤那はブーツを装備し、ナイアは緤那から分離した。

 直後、緤那の反対側から吹雪が到着し、この場に3人のプレイヤーが揃った。


「緤那ちゃん……っと、プレイヤー?」

「なんだ……プレイヤーって案外いるんだね」


 自分だけが特別ではないことを理解した焔はほんの少しだけ落胆したが、逆に戦いに巻き込まれたのが自分だけではないことも理解し少しだけ勇気が出た。


「3人……関係ありません。私の名はリジャル。クピドの意思のままに、今からあなた達を殺します」


 リジャルはアクセサリーのナイフを突き出し、戦闘の意思を示すためナイフにライティクルを集約させた。


「緤那……と、もう1人の子、この場は私に任せてくれない? リジャルは私の中にいるプロキシーと知り合い……リジャルの能力も知ってる」

「知ってる上で任せろってことは、勝てる確証があるってこと?」

「そゆこと。でも万が一私が死んだら、2人で私の仇取って」


 アイコンタクトとまではいかないが、緤那と吹雪は互いに見つめ、装備していたブーツとジャマダハルをアクセサリーの状態に戻した。


「一応私もサーティアも1対1でやる気なんだけど……リジャルはどう?」

「……いいですよ。ですけど、それでは折角のハンデを捨てることになりますよ?」

「ハンデなんていらない」


 焔はアクセサリーを篭手へと変化させ左腕に装備。直後に焔の身体が青いライティクルに包まれ、光の中で焔とサーティアの身体が融合する。

 黒い髪はサーティア同様に紺碧に、黒い瞳は緑に、黒いシャツは灰色の晒と青い羽織に、ジーンズは膝上丈のショートパンツに変化した。


「さあ、来なよ」


 焔は篭手にライティクルを集約させ、能力発動の準備をした。

 そして偶然烏が鳴いた瞬間、睨み合う焔とリジャルは同時に能力を発動した。


「っ!」

「消えた!?」


 突如、焔達の視界からリジャルが消えた。しかし驚いていたのは緤那と吹雪のみ。なぜならリジャルの能力を知るサーティアと融合した焔は、サーティア同様にリジャルの能力を知っている。

 リジャルの能力は"透明化"。自身、或いは対象の人物、物体を透明化させることができる。あくまでも身体が透けて見えるというだけであり、身体自体が消えている訳では無い。加えて、リジャルの視点では身体は透けていないように見えている。

 透明化は、相手に"身体が透明になったと思わせている"ような能力であると言っても過言ではない。

 即ち、見えないだけで確実に居る。確実に触れられる。


(サーティアがどんな力を持っていようと、私の力は破れない!)


 リジャルはナイフを構え、焔の腹部に鋒を向ける。しかし、


「~っ!!」


 リジャルの手に激痛が走り、思わずナイフを落としてしまった。

 ナイフを掴んでいた両手は凍傷を起こしており、落としたナイフに掌の皮膚を少し剥がされていた。加えて流れ出るはずの血液が凍り、痛みと凍傷は徐々に肘へと延びてくる。


「油断したね、リジャル」


 サーティアの能力は"冷気"。自身の周囲に冷気を発生させ、攻撃してきた相手の身体の一部を凍結させる。冷気の範囲と強弱は調整ができるため、凍傷させる程度から完全に冷凍させることまで可能。

 相手が仮にリジャルのような透明人間であったとしても、身体の一部を冷凍させれば容易に動きを読める。

 リジャルはサーティアとは面識があった。にも関わらず、サーティア能力を知らなかったが故に油断し、無謀にもナイフごと腕を凍らされた。


「今度はこっちの番!」


 焔は右手を強く握り、拳をリジャルへと向ける。直後、拳から冷気が発せられ、リジャルの腹部を一瞬で冷凍した。


「砕けろ!!」


 焔は凍結したリジャルの腹部を殴り、氷と同等の状態になっていた腹部は砕け散った。

 硬くなった皮膚も、凍ってしまった血液も、シャーベットのようになった腸も砕け、リジャルの腹部に風穴が空いた。

 患部は冷凍されており、出血はしていない。しかし内臓まで凍らされたリジャルは既に意識を失っており、リジャル自身が死を自覚することなく身体は死を迎えた。


「どんな力だって無敵じゃない……あの世に行っても忘れない事ね」


 フリージングクラッシュ。後に決まることとなる、焔のプレイヤースキルの名称である。

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