#21 Bicycle

「おぉ……」


 導かれるまま焔の家に案内された唯は、焔の家の一部を見て思わず声を漏らす。

 焔の家の一部は広めのガレージになっており、中には三菱のランサーエボリューションが1台置かれている。見たところ工具やパーツも充実しており、車や自転車の整備や修理であればここで済むと思われる。


「車とかイジるの好きなの?」

「父親の影響でね。自転車のメンテナンスとかは自分でしてんの。もし自転車壊れたら、また言ってくれれば修理なおすよ」


 焔の趣味は自転車の整備であり、譲ってもらった廃棄自転車をよく自分用に改造している。しかし通学用に改造した自転車は学校の規定に違反しており、その自転車はプライベート用に使われている。そして焔は現在電車通学である。


「カジュナか……いい自転車乗ってるね」


 焔は手だけでなく口も動かし、約20秒で唯の自転車のチェーンをはめ直した。


「んー……チェーン伸びてるね。ちょっとだけ時間貰うから、そこの椅子座ってて」

「うん……いや、やっぱ見てる」





「はい、終わったよ」


 作業時間約10分でチェーンを調整し、ついでに諸々の調整も終わらせた焔。


「ありがとう……あ、お金……」

「いいよ。ボランティアみたいなものだし」


 焔はバックの中に修理キットと工具を入れており、友人の自転車に異常が起これば学校内でも急場凌ぎの修理をしている。その都度友人達は修理代を払おうとするが、焔は絶対に修理代を受け取らない。

 単純に友人同士による金銭のやり取りを好んでいないのだ。


「次からは"藤宮さん"じゃなくて焔でいいよ。私あまり名字で呼ばれるの好きじゃないから」

「……分かった。じゃあ私のことも唯でいいよ」

「うん。あ、そうだ。連絡先交換しとこ」


 焔はグローブを取り、カバンの中に入れておいたスマートフォンを取り出す。

 2人は連絡先を交換した。


「じゃあまた何かあったら連絡してね」

「ありがとう。それじゃ私帰るね」

「うん、気をつけて」




(また友達作っちゃったな……)


 唯は格段に漕ぎやすくなった自転車に乗り、暗くなった道を走った。






(さて、お風呂入って晩御飯食べよ)


 焔は脱いだグローブを工具箱の上に置き、ガレージのシャッターを閉めようとした。


「ん?」


 その時、背後で何かが地面に落ちる音が聞こえた。

 工具ではない。もっと小さく、軽い金属の音。落ちるような場所にパーツは置いていないが、自転車か車のパーツが落ちたのだろうと仮定し焔は振り向いた。


「……アクセサリー?」


 落ちていたのは篭手を模したアクセサリー。そのアクセサリーには見覚えは無いが、唯が落としたものかと考え焔はアクセサリーを拾い上げた。


(ようやく……ようやく身体を取り戻した!)


 直後、焔の身体から紺碧の髪をしたプロキシーが分離。

 突如見知らぬ少女が自身の身体から現れれば、普通の人間なら卒倒レベルの驚きを体感する。無論、平凡な女子高生である焔が驚かないはずもなく、驚きのあまり声がでなくなってしまった。

 腰を抜かし尻から落下する焔は、身体を震わせながら紺碧のプロキシーを見つめる。


「驚かせたみたいだな、焔。俺はサーティア……まあこれからよろしくな」


 童顔で可愛らしい顔立ちのサーティアだが、喋り方は明らかに少年。何もかもが分からないことだらけの焔だが、サーティアの外見と喋り方のギャップがとにかく気になった。

 サーティアは地獄を管理していたプロキシーの1人であり、アスタとは面識がある。しかしアスタ的にはサーティアの内面と外見のギャップを受け入れきれず、あまり好かれてはいなかった。その事にサーティアは気付いていないのだが。


「そっか、何も知らないんだよな……じゃあ順を追って説明するから、暫く時間貰えるか?」

「……いや、あの……後でいい?」


 焔にとってサーティアは突然現れた変人。しかし直感的にサーティアは善人だと理解した焔は警戒心を解き、機能しなかった喉もようやく元に戻った。


「いいぞ。また聞ける時になったら言ってくれ。それまで俺は焔の中にいるから」


 サーティアは焔の中に戻り、焔は再度驚く。しかしこれからこれ以上の驚きが訪れるのだろうと腹を括った焔は、乱れた呼吸を調えて日常生活に戻った。


(さて、シャッター閉めてお風呂入ろ)


 緤那も昔から感じていた。焔は最初人並みの反応をするが、すぐに慣れていた。焔は人並み以上に順応力が高すぎるのだ。

 故にこの後サーティアからプロキシー云々についての説明を受けるのだが、焔は聞いた事全てを受け入れられた。


 ◇◇◇


「ん"ん"ん"~!!」


 21時過ぎ。室内で1人ストレッチをする緤那。

 学校の疲れもあるのだが、それ以上に戦いによる疲れが溜まっているのだ。

 これまで体育の授業や自転車での長距離走行、長距離歩行などで緤那は何度も疲れてきた。それらの疲れには身体が成長すると共に慣れ、その日のうちに解消できる程度にしか疲れなくなった。

 しかし戦いによる疲れは、今まで経験した「疲れ」という概念とは違う。

 殴り、蹴り、回避する。言葉で言い表せばそれだけだが、戦いとは無縁だった人間が突然以上の3つを繰り返せばそれ相応の負担が身体にかかる。

 加えて緤那が使う能力は人体の加速。プロキシーとの融合により肉体の耐G能力は強化されているが、負担がない訳では無い。

 戦いで緤那達の身体にかかる負担は意外にも大きく、1日休んだ程度では解消できない。翌日の倦怠感や筋肉痛は当たり前である。


「文乃の前では表に出してないみたいだけど、結構疲れてるみたいね」

「今までしたことない動きするし仕方ないよ。でもおかげで夜は熟睡できてるから、悪いことばかりじゃないかな」






「とか言ってたら出たよ……しかも結構近いね」

「お疲れのとこ悪いけど、人類削減阻止のために戦える?」

「勿論」


 緤那は寝間着の上から上着を羽織り、拠り所の声が聞こえた場所へと向かった。

 時間も時間であるためすれ違う人も少なく(と言うか殆どいない)、緤那は周囲の目を気にすることなく走った。


(拠り所の声が聞こえたとこの近くに確か自販機があったよね……帰りにジュース買ってこ)


 何度か戦いを経験しているためか、戦いを終えた後の行動を事前に考えられるようになった緤那。因みに何を買うかはまだ決めていない。


(もうそろそろ見えてもいいと思うけど……お! ……おお?)


 拠り所が声を発した場所の近くには、消えかけの街灯がある。そして街灯の下には、空色の髪を尾骶骨付近まで伸ばした低身長の少女が立っていた。

 服は白と水色のワンピース。少女の手には閉じられた鉄扇。おそらく鉄扇はアクセサリーであろう。


「君は……プロキシー?」


 緤那の声に反応し、少女は振り返る。

 空色ではあるが、髪型は日本人形。しかし顔立ちは日本人というよりも日系外国人、或いはハーフのように見える。


「……私はプレイヤー。お姉さんは……私の味方?」


 可愛い。顔も声も服も髪も可愛い。もしも少女がプロキシーであれば、緤那は殺すことを躊躇っていたのだろう。


「君が人の味方なら、私は君の味方だよ」

「……なら、お姉さんは私の友達。さっき現れたプロキシーはもう駆除したから、私は帰るね」


 少女は夜の闇に消え、緤那は暫く呆然と立ち尽くした後に自動販売機でジュースを買って帰った。

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