#20 Dagger

 自転車で走ること10分。拠り所の声の発生源である閑静な住宅街に到着した。周囲を見回すがプロキシーらしき姿は見えず、唯は少し焦る。

 拠り所から分離した直後に遭遇すれば、プレイヤーはそのままプロキシーとの戦闘に持ち込める。

 しかし分離、逃走後であれば、プロキシーの現在位置を把握するのは困難。1度分離したプロキシーは再度人間に寄生する必要も無いため、拠り所の声による位置把握もできない。

 即ち、発見前に逃がしてしまえばプロキシーによる犠牲者が出る可能性が高まる。


(ヤバい……とにかく探そう)


 唯はペダルを踏み、プロキシーを探すために走り始めた。


(アスタ、仮に奇抜な服装してる人の群れにプロキシーが混じってても判別できる?)

(多分。けど接近しないと難しい)

(おっけー……ならそれっぽいの見つけたら接近する)


 唯は走る。進行方向への注意も怠らず、すれ違う人々を確認し、脇道や建物の上まで捜索する。

 そして5分程走行した時、唯の視界に露出度の高い黄色の髪の女性が写り込んだ。


(あいつか!)


 しかし、


「おぅっ!?」


 段差を越えた直後、唯の自転車のチェーンが外れてしまった。プロキシーを発見できて安心した矢先に、唯は落胆した。

 そして唯は落胆を力にした。


(あいつが逃げなきゃチェーンは外れなかったのに……許さない!)


 訳も分からない容疑を被せられたプロキシーは、僅かに感じた殺気に気付き唯の方へ振り返った。

 アスタは唯から分離し、黄色髪のプロキシー"メリス"と対面した。


「久し振りね、メリス」

「アスタ……何年ぶりかな、こうして会うのは」


 メリスはアスタと共に地獄を管理していたプロキシーで、互いに面識はあり知り合い以上友達未満の関係であった。

 しかしプロキシーが互いに殺し合う運命と理解したアスタとメリスは、最早友達になることは叶わない。再会した時点で、どちらかが死ぬことが確定したためである。


「久し振りの再会だってのに戦わなきゃいけないなんて……何でこんな"作り方"にしたんだろうね、原初の神は」

「真に人類の未来を定める存在を決めるためじゃないかな。私みたいに人類の繁栄を望む個体と、クピドみたいに人類の削減を望む個体は共存できない。だから殺し合って、どちらの選択が正しいか知らなきゃいけない」

「……なら私は予言する。クピド派もそれ以外も全滅して、生き残るのは……アスタみたいに人間と融合したプロキシー。その後アスタ達は思考の違いから争って、最終的にこの世界を決定するのは極小数のプロキシーよ」


 メリスは理解していた。人間と融合したプロキシーは死に、プレイヤーと共に戦うプロキシーのみが生き残れると。

 そうなるようにこの世界が作られていると。


「何もせず死ぬのは癪だから……アスタ、私と戦って」

「……勝つのは私よ」

「分かってる。けど私は1秒でも長く生きたい。だから……できる限り抗う」

「……唯、やろう」


 メリスの覚悟を受け取ったアスタは身体にライティクルを纏わせ、光の中で唯と融合した。

 唯とアスタは緤那達のように「変身」とは言わない。そもそも言わなくても融合できるのため、緤那達が特殊なのだが。

 融合した唯は手甲鉤にライティクルを集約させ、能力、プレイヤースキルの発動準備を整えた。

 対するメリスも、アクセサリーのダガーにライティクルを集約させる。


「ふぅー…………はぁぁぁああああ!!」


 メリスはダガーを握り能力を発動。直後に並のプロキシー以上の速度で走り出し、ダガーの鋒を唯に突き立てる。

 メリスの能力は"増強"。腕力やスピードといった身体のステータスを上昇させることができる能力であったが、アクセサリーが作られた現在はダガーの切れ味を上昇させられる。

 増強による加速は確かに速い。しかし、


(緤那程速くない!)


 唯はメリスの加速に反応し攻撃を回避。唯の回避を予測していたメリスは加速途中に進路を変更、再度鋒を唯へと向けた。


「っ! 鬼灯!」


 唯のプレイヤースキルは敵の患部から植物を成長させるフロースインフェロス。

 対して、アスタの持つ能力の名は"花"。敵ではなく自分の身体から花を生み出し、生み出した花の特徴を自身に付与するというもの。

 今回唯が咲かせたのは鬼灯。果実を覆う朱色のがくを準え、相手の攻撃を防御する結界のようなものを出現させる。結界は紫色であるが、形は鬼灯そのもの。


「さすがアスタね……相変わらず美しい力を使う!」

「勘違いしないで。今あんたと戦ってるのはアスタじゃない……私だ!」


 唯は鬼灯の結界を解除し、手甲鉤でメリスに攻撃をする。しかし寸前でメリスのダガーに阻まれ、手甲鉤はメリスにダメージを与えられなかった。

 これから来るであろうメリスからの攻撃を事前に回避するため、唯はメリスを蹴り飛ばす。メリスは腹部を押さえながらも転倒を回避し、唯の目を見た。


「人間、名前は?」

「……唯」

「唯……あの世に言っても覚えておく!」


 メリスは特攻を仕掛けた。唯はメリスの攻撃を回避せず、腕を掴み、増強による加速を利用して合気道の如き投げ技を披露した。さすがのメリスも背中から地面に激突し、唯に攻撃の隙を与えてしまった。

 唯は手甲鉤でメリスの心臓を刺し、フロースインフェロスを発動した。

 メリスの患部から淡紅色の花が咲き、徐々に花は体全体に広がっていく。


「これが唯の力……アスタと同じで、美しい力……」


 その花の名は花海棠はなかいどう。落葉小高木であるため、本来の咲き方とは異なる。


「花海棠の花言葉は"美人の眠り"……せめて美しく、安らかに死になさい」


 メリスの身体は花海棠に覆われ、風が吹くと同時に花弁と共に散ってしまった。


 ◇◇◇


「……そうだった……」


 帰ろうと自転車に座った直後、唯は自転車のチェーンが外れていたことを思い出した。


(これどうやったらチェーン戻るの……?)


 入学祝いとして叔父夫婦に買って貰った、ブリジストンのカジュナ。1年生の頃から使っている相棒であるが、チェーンが外れたのは今日が初めて。加えて自転車の知識が皆無であり、チェーンの戻し方など知るはずもない。


「どうかした?」


 どうしようと焦る唯の背後から声をかけたのは、緤那のクラスメイト兼幼馴染であるほむらだった。

 焔も制服を着ていたため、唯は警戒することなく事情を説明した。


「なるほど……じゃあうち来なよ。修理なおしてあげる」

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