#17 Barrier

「名前も顔も知りませんが、あなた達がプロキシーだということは分かっています。しなし何故人間なんかに力を貸してるのですか?」


 ネグマイラはフォルトゥーナと共に天国を管理していたプロキシーであり、現世を管理していたナイア、セトとは面識がない。

 加えて天国行きになる人間の少なさに嫌気がさし、いつしかネグマイラは人間に絶望した。人間に絶望したプロキシーの8割がクピドの意思の伝染によるものだが、ネグマイラを含めた残りの2割は世界の管理の際に絶望している。

 伝染により人間に絶望したプロキシーはあくまでも悪意で心をコーティングされているため、絶望しているものの心の中に人間を信じる気持ちを持っている。故に接し方次第では、親和性の高い人間と共に緤那達の仲間になれる。

 しかしネグマイラのように心の底から人間に絶望しているプロキシーは、いくら頑張っても緤那の味方にはなれない。


(もういい加減説明するのも飽きてきた……私は人間が好きなの。だから人間殺そうとする奴は私が殺す!)


 予想を裏切らぬナイアの答えに、ネグマイラは地面に刺した槍を引き抜き鋒を向ける。


「ならば私は抗います……と、おや? あなたは確か……セト?」

「……知ってるの?」

「面識はありませんが、存在は知っています。クピドに反逆した謀反人セーラの親友……だとか」


 ネグマイラの発言を受け、文乃と融合したセトは黒く禍々しい殺意を抱いた。その殺意は文乃の身体を伝わり、殺気としてネグマイラに伝わった。


(……何で私がセーラの親友だって分かった?)

「セーラから聞いた情報と一致してました。薄着で、髪が暗い緑色で、瞳は淡い赤色……すぐに思い出しました」

(セーラとは面識が?)

「勿論。何せ……セーラの反逆を原初の神に報告し、セーラへの罪を発案したのは私ですから」

(……!!)


 クピドを殺したセーラはアクセサリーに封印され、神としての地位を剥奪された挙句謀反人のレッテルを貼られた。その後全プロキシーがアクセサリーに封印され地位を剥奪されることとなるが、その日が来るまでセーラは謀反人としてプロキシーの間で蔑まれていた。

 セトはセーラを蔑む者達が許せなかった。元々クピドが禁忌を犯したがためにセーラも禁忌を犯したのだが、蔑まれ、辱められるのはなぜかセーラだけ。許せない。同時に、蔑む者達に何もできなかった自分が悔しかった。


(……原初の神がいれば、お前は死なずに済んだ……)


 セトは敵プロキシーと会話する際、基本的に二人称は「あんた」である。しかし今、セトははっきりとネグマイラに向かい「お前」と言った。

 文乃から放たれる殺意を感じた緤那は、味方ながらも僅かに恐怖した。無論、融合している文乃も。


(けどもう原初の神はいない……今なら! お前を殺してもいい!!)


 セトの殺意に呼応したように、ハイヒールに緑のライティクルが集約された。


「セト、私の身体はセトの身体だから……私のことなんか気にせずに戦って」

(ありがとう文乃……緤那! 私と一緒に、あいつを殺して!)

「……セトとセーラがどんな仲だったのかは分からない。けど2人があいつのせいで辛い思いをしたのなら……私はあいつを許さない」


 緤那はブーツにライティクルを集約。

 2人がライティクルを集約したことで、対峙するネグマイラも槍にライティクルを集約させた。


「プロキシー相手に使うのは初めてですが……恐らくあなた達では私を殺せない」


 ネグマイラが能力を発動し、直後に彼女の身体は朱色の結界に覆われた。

 ネグマイラの持つ能力は"結界"。自身或いは対象の心臓を中心とし、最大で半径1メートルの球体の結界を生成する。この能力を使い、ネグマイラは生きるべき人間に結界を生成、落石などによる負傷を防ぎ寿命を延長させてきた。

 プロキシーが作り出した結界はプロキシーでしか壊せない。しかし結界は身を守る存在であるため、多少殴った程度ではヒビすら入らない。


「加速!!」


 緤那は加速を発動しネグマイラへ接近。結界に触れる直前で加速を急停止させ、慣性の法則を利用した拳で結界を殴った。

 しかし結界にはヒビすら入らず、ただただ緤那が痛いだけだった。


「はあああ!!」


 文乃も追撃するが、やはり強固な結界は破れない。

 さらに攻撃が結界に阻まれた際に生じる僅かなラグを見極め、ネグマイラは槍を突き出す。

 緤那も文乃も紙一重で槍を回避するも、気を抜けば槍で身体を突き刺されると理解し一旦距離を置いた。


(内側からは結界を貫通できるのか……)

(足が出てる……攻めるなら足かな)


 身長160センチ前後のネグマイラの心臓を中心として展開された円は、現在半径1メートル。頭上数十センチまで結界は展開されているが、足首付近まで届いていない。

 結界で覆えていない箇所を攻撃すればダメージを与えられ、ダメージ次第では結界を解除させられる。

 しかし緤那と文乃のアクセサリーは、唯の手甲鉤や吹雪のジャマダハルのような殺傷性を持っていない。加えて能力だけ見ても、露出した足首に能力を解除させるだけのダメージを与えるのは難しい。

 それでも緤那は気付いた。球形の結界と地面に挟まれた狙いにくい足元を、恐らく確実に攻撃できるであろう方法に。


「文乃! 私に合わせて!」

「了解!!」


 緤那は後方へ飛び、着地直後に強く地面を蹴る。


「アクセラレーション……スマッシュ!!」


 天井が低い駐車場内であるため、跳躍は必要最低限。跳んだ高さが低ければそれだけ威力も落ちるが、「必殺」のための発動ではなかったため問題ない。

 勿論威力控えめのアクセラレーションスマッシュは防御された。しかし、それこそが緤那の狙いである。


「っ!」


 ネグマイラが攻撃を受ける度に、攻撃による力の進行はネグマイラと攻撃側の両方に加わる。攻撃が防がれた緤那達は反動を受け、ネグマイラの場合は結界によりある程度力の衝撃は緩和される。

 しかし受けるダメージが大きい程、結界は衝撃を緩和できなくなっていく。もし殺しきれない衝撃が加われば、結界は動き、結界内のネグマイラも動いてしまう。

 攻撃の中で緤那は、衝撃により何度かネグマイラがバランスを崩したところを見た。そしてバランスを崩した時、緤那と文乃は致命傷を与えられるだけの力を攻撃に加えていた。

 先程緤那が使用したアクセラレーションスマッシュは、控えめとは言えど通常攻撃よりも威力は高い。並のプロキシーであれば確実に死ねる。

 それ程の衝撃を受ければ結界は動き、ネグマイラもバランスをこれまで以上に崩す。

 そしてバランスを崩したネグマイラは後方に倒れ、露出した足首が緤那達の目の前に移動した。


「ストームブレイク!!」


 文乃は「私に合わせて」としか言われていない。しかし文乃はネグマイラがバランスを崩す直前でスキルの発動準備を終わらせ、緤那が攻撃射程外に出た直後にストームブレイクを発動した。

 刃のように圧縮された空気を纏った蹴りはネグマイラの足を傷付け、ネグマイラは激痛に顔を歪めながら苦悶の叫びを上げる。

 予期せぬダメージによりネグマイラは能力の維持ができず、結界は消滅した。


「これで決める!!」


 緤那は再度アクセラレーションスマッシュを発動。文乃はタイミングを合わせ回避し、緤那の蹴りはネグマイラの頭部を直撃、粉砕した。






「そういや、変身したら持ち物とかも消えてるけど、解除したら元に戻るよね。あれ一体どういう仕組みなのかな?」


 戦闘を終えた緤那達は、駅に向かわず徒歩で自宅へ向かっていた。その最中緤那は、戦闘中の持ち物の居場所などが不意に気になった。


「私に聞かれても……それに、私も気になってることがあるんです。プロキシーと戦ってる時、何故か一般人とあまり遭遇しないですよね」

「確かに……そう言われてみれば遭遇しないかも」


 戦闘には邪魔な手荷物は、変身すれば衣服と共にどこかへ消える。

 戦闘中は通行人などとは遭遇せず、今現在プロキシーとプレイヤーは誰にも知られていない。噂にすらなっていない。

 非現実的とまでは言わないが、奇妙な程緤那達に都合が良く物事が進んでいる。

 緤那と文乃が疑問を打ち明けた時、突如ナイアが分離し、緤那の隣に立った。


「時には私達や緤那達にとって都合が良く、時には都合が悪い世界……ってことにしておいて」

「と言うと……どういうこと?」

「……フォルトゥーナに口止めされてるから、私達の口からは言えない。現時点で私が教えられるのは、この世界は私達だけの世界じゃない……ってこと」


 ナイアは真実を可能な限り濁し、尚且つフォルトゥーナとの誓いを破らない程度に説明した。しかしその説明では理解できるはずもなく、緤那と文乃はそれ以上の詮索はしなかった。


「……よく分かんないや」


 ナイアは一瞬苦い顔を見せ、静かに緤那の中に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る