#12 Trigger

「文乃逃げよう……ここに居ちゃいけない!」


 緤那は文乃の腕を掴み、急ぎ足で店の外に出た。細道を走り、もう少しで抜けられるところまで来たが、緤那と文乃の目の前に青髪のプロキシーが降り立った。


「緤那さん……この人は……?」

「っ!?」


 目の前に立つ少女がプロキシーであれば、プレイヤーではない文乃が見えるはずがない。しかし現在、文乃にはプロキシーだと思われる少女が見えている。

 考えられる可能性の1つは、緤那同様に文乃が既にアクセサリーを所持しており、知らず知らずのうちにプレイヤーになっているということ。

 もう1つの可能性は、目の前の少女がプロキシーではなく、プロキシーと融合した人間プレイヤーであること。

 文乃を戦いに巻き込むことを恐れていた緤那にとっては、文乃がプレイヤーになっていることは考えたくない。かと言ってこれから戦い殺す相手が人間であるのも考えたくない。

 どちらの可能性が正しくても、結局緤那は嬉しくない。


(あいつのこと分かる?)

(ミロ。私と同じで、現世を管理してた。間違いなくプレイヤーじゃない)


 ミロはかつて、現世を管理するプロキシーとして、ナイア達と共に原初の神に従っていた。ナイアはミロのことも、ミロの持っていた能力も覚えている。

 覚えているナイアのは、目の前に立つミロが本物であることはすぐに分かった。


「見えてるってことは……拠り所? 中にいるのは誰?」


 ミロの質問に対しナイアは、緤那と分離し実体を見せることで無言の返信をした。


「ナイアか……その様子だと、ナイアはその人間と手を組んでるんでしょ。人間なんかと組んで楽しい?」

「少なくとも、現世を管理してた頃よりは充実してる。それよりさっきの人達、ミロが殺ったんでしょ」

「ご名答。ようやく私達を縛る原初の神がいない世界になったんだし、この状況を楽しまないと」


 ミロは自らのアクセサリーである銃を構え、銃口をナイアに向ける。


「もし、私と一緒に人類削減を目指してくれるなら……私はこの銃を下ろす」

「目指さないって言ったら?」

「撃つ」


 ミロの能力は"砂"。能力の対象を定め、身体を砂へと変える。アクセサリーを手に入れてからは、銃からライティクルの弾丸を放ち、撃ち抜いた対象の身体を砂へと変えるようになった。

 トリガーに指をかけるミロ。現時点では脅しであるため、指にトリガーを引けるだけの力は込めていない。しかしナイアがミロの誘いを断った時点で、ミロは躊躇わずトリガーを引く。


(緤那、私が時間を稼ぐ。その隙に文乃を店内に隠して)

(分かった……隠し次第変身するから、それまで耐えて)


 ナイアはミロの視界から緤那達を隠すように、前進してミロに近付く。


「私の能力、覚えてる?」

「加速でしょ。ナイアが本気を出せば、多分私の銃弾は避けられる。けど、避けたら後ろの人間に当たる。さあ、答えを聞かせて」


 ミロはナイアの目を見つめ、徐々に指に力を加え始めた。

 そしてミロの視線がナイアに集中したことを理解した時、緤那は文乃を店内に隠した。


(ナイア!)

(オッケー!)


 緤那はミロの視界外からナイアに近付き、


「答えは……ノー!」


 ナイアは後退った。


「「変身!!」」


 緤那を覆う黒いライティクル。危険を感じたミロはトリガーを引き、ライティクルを集約させた青い弾丸を放つ。

 しかし弾丸は加速した緤那を撃ち抜けず、後方の看板に当たった。看板はミロの定めた対象ではないため、砂へは変わらずに多少凹んだ程度だった。


「やっぱりメラーフは速いなぁ……けど、ナイアじゃあ私を殺せない」

「終わらせる!」


 緤那はアクセラレーションスマッシュを発動するため、ブーツにライティクルを集約させた。


「はああっ!!」


 アクセラレーションスマッシュを発動し、緤那はミロに向け飛び蹴りを放った。しかし緤那の足裏がミロの腹部に接触する直前、ミロの身体は一瞬で砂へと変化した。

 砂となったミロは飛び蹴りを受け流し、緤那は加速したまま地面に接近。骨折覚悟で緤那は身体を回転させ、飛び蹴りの反動を殺しながら着地。擦り傷と打撲傷ができたが、骨折はせずヒビも入っていない。


「言ったでしょ? ナイアじゃ私は殺せない」





「緤那さんの様子もおかしいし、人は砂になってるし……一体なにがどうなって……」


 文乃は喫茶店の床に座り、自分が置かれた状況を理解できずに頭を抱えていた。


「いくら考えても分からないよ」

「っ!!」


 頭を抱える文乃の背後に、緑の髪の少女が現れた。少女はショートパンツにヘソ出しTシャツという季節感のない服装をしているが、それ以前に文乃は、どこからその少女が現れたのかが分からなかった。


「文乃、さっきの青髪の女がいれば、緤那は苦戦を強いられた挙句、砂にされて殺される。けど、私がいれば緤那を救うことができる」

「だったら救ってよ! 緤那さんも……私も!!」


 少女は文乃に歩み寄り、文乃の胸を指さした。


「……なら、文乃が持ってるそのアクセサリーを使って、私とひとつになって」

「アクセサリー……! まさかあの人が言ってたのって……」

「……私はセト。もし戦う覚悟ができたなら、私の言う通りに動いて」






(どうすれば……)


 攻撃を続けながら緤那は考える。二ーシャルの時のように、一見不利に見える状況でも、逆転できる可能性があるかもしれない。しかし、逆転の策は一向に浮かばない。

 そんな時、


「文乃! 来ちゃダメ!」


 喫茶店のドアを開け、文乃は外に出ていた。

 緤那の制止を無視して、文乃はミロに歩み寄る。その時の緤那は気付いていないのだが、文乃が履いていたはずのショートブーツは、緑と黒のメリージェーンに変わっている。


「緤那さん、私……ある人と約束したんです。名前も分からなければ顔も思い出せないんですけど、その約束だけはずっと忘れませんでした」


 文乃の後にはプロキシー"セト"が続き、ミロの数メートル手前で文乃の並び立った。

 緤那もミロも、文乃の隣に立つセトを見て驚愕している。特にミロに関しては、明らかに顔色が悪くなっている。


「アクセサリーを使って、私が愛する人を、私の手で守る……その約束を果たすため、私は緤那さんを守ります」


 文乃の話を聞き、緤那はかつて出会った女性のことを思い出した。

 顔も声も思い出せないが、いつか出会う誰かの事を守って欲しいと、その女性は緤那と約束した。

 自分が出会った女性と文乃が出会った女性が同一人物なのかは分からない。しかし緤那は、女性が守って欲しいと言っていた少女が文乃なのではないかと感じた。

 根拠は無い。しかしあの女性が"愛する人を守って欲しい"と緤那にも言っていたとしたら、緤那の守るべき人間は文乃になる。ただ、そうなれば生まれてくる謎もあるが、今は謎のことは考えないようにした。


「セト……あんたまで私の敵になるの?」

「私はあんたみたいに、人間を削減しようなんて考えてない」


 かつてクピドが禁忌を犯し、人間達が争いを始めた時、セトは人間の闘争本能を哀れみ、同時に人間に闘争本能を与えてしまった神々を恨んだ。

 クピドを殺したプロキシー"セーラ"は、セトの相棒であった。セーラがクピドに反抗し、神を殺した時、セトは自らも神を殺す決心をした。そしてセトは今、クピドの意志を継いだ1人であるミロを殺すため、拠り所である文乃と手を取り合った。


「私が考えることはただ1つ……文乃のすべきことを一緒に果たすこと!」


 文乃とセトは手を握り、



「「変身!!」」



 緑のライティクルが2人を覆った。

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