《81》 青い翼

 10月。

 ガイが殺されて以降、プロキシーの爆発的な出現はない。

 9月に発動されたガイの促進は、色絵町に潜むプロキシー全個体に影響を与えており、出現個体数は1体や2体と少ないが出現回数が多くなった。

 しかし心葵が翼を生やした日、ガイが発動した広範囲の促進により、当初銀のアクセサリーから流れたプロキシーの半分以上が解放された。それらの個体はその日中に駆除されたため、残り個体数は僅か。

 プロキシーが全滅し、プレイヤーの1人が神に等しい力を得る日が近付いた。


 ◇◇◇


 10月を迎え、五百雀高校と渦音高校の合同文化祭計画が本格的に動き始める……はずだったのだが、渦音高校側実行委員長である撫子が死亡(失踪扱い)したことで、計画はあまり進展していない。

 それどころか、周辺高校の生徒や住民の多人数同時失踪により、文化祭が実行されるのかが怪しい。さらに同時失踪という原因すら解明されていない事件により、県は失踪が相次ぐ地域の臨時休校を検討している。しかし休校したところで何かが変わるのか、という意見が多く、いまだに実行には移せていない。

 もしもこのまま失踪が続けば、生徒達は学校に通うことすらできなくなるかもしれない。


「龍華さーん、休校になったらどうします?」


 龍華のクラスメイトである雫が、あくびをする龍華に話しかける。雫はクラス内カースト上位であり、龍華はクラス内で雫を最も信頼している。

 同い年ではあるが、スクールカーストの頂点に立つ龍華に対し、雫は常に敬語で話す。


「どうするって……まあ、どっか遊びにいったり……とか? 正直休校にする意味が分かんないけど」

「ですよねぇ……むしろ学校にいる間なら誰も失踪しないんじゃないでしょうか」

「かもね……まあ、私にとってはそんなことどうでもいいけどね」


 世間的には、失踪の真実は明らかになっていない。しかし表向き失踪に興味を示していない龍華は、失踪の真実を知っている。知っているからこそ、誰にも悟られぬよう興味のないフリをしている。


「そういや暫く遊んでないね……放課後どっか遊び行く?」

「いいんすか!?」

「たまには私も休まないとね」


 プレイヤーになってから、龍華は学校の友人と遊ぶ機会が減った。雫の誘いがあればできる限り答えるつもりだったが、龍華の違和感に気付いていた雫はそもそも誘わなかった。

 しかしガイが消え、プロキシーの同時大量発生の心配が無くなった日、龍華は「できることをできる時にやっておこう」と考えた。

 これから自分の身に何が起こるのか分からない今、龍華は一瞬一瞬を大事に生きようと決めた。


 ◇◇◇


 放課後。龍華と雫は街を歩き、色々な店を見て回っていた。

 食べ、飲み、遊ぶ。龍華が何かを楽しんでいるのは久しぶりである。


「龍華さん! 次ここ入ってみません!?」

「へぇ、こんなとこにゲーセンなんてあったんだ。なんか面白そうなのあるかな?」


 そこはUFOキャッチャー、アーケードゲーム、リズムゲームなどが置かれた一般的な街のゲームセンター。今年の春にできたゲームセンターだが、龍華は知らない。

 中に入る龍華と雫だったが、その数秒後に龍華は立ち止まった。


「「「あ……」」」


 龍華の視界に入り込んだのは舞那と心葵。同時に2人も龍華の存在に気付いた。舞那と心葵は放課後のデートとして、龍華達同様に街をひたすら歩き回っていた。


「仲良くデート中?」

「そんなとこ。犬飼さんも……っと、犬飼さんはノーマルか。そちらは友達?」

「そ。舎弟兼友人の雫。さて雫、2人の邪魔するのも悪いから、レースゲームでもやろ」


 龍華は雫を引っ張り、店内の隅の方に置かれたレースゲームの台へ向かった。


(翼を生やしたのに普通に生活してる……だったら私も……)

「龍華さん!!」

「ん? どうし……雫!?」


 龍華を呼び止めた雫は、明らかに苦しげな表情で頭を抱えている。

 何かの病気かもしれない。普通ならばそう考える。しかし龍華は、雫の苦しみの正体を「病気」ではない別の要因であると察した。


「りゅう、か、さん……」


 雫の身体は青く変色し、髪が抜け、耳や鼻が落ち、徐々にプロキシーへと変化していく。

 周囲の人間は雫に恐怖し、叫びながら店内から逃げる。舞那と心葵はプロキシーの出現だと察し、人の波に抗いながら店内を見回す。そして青のプロキシーへと変化した雫を見て、アクセサリーを取り出しながら店内を走る。


「っ! 犬飼さん!!」


 プロキシーを前にして、龍華は変身していない。その瞬間、舞那と心葵はプロキシーの正体を理解した。


「……なんで……なんでこうなるかな……」


 中学で友達を作れば、スクールカースト上位の人間に友達の純潔を汚された。高校で友達を作れば、目の前でプロキシーへと変化した。中学時代の他の友人も、龍華がスクールカースト頂点に達した際に離れていった。

 校内で権力を手に入れても、アクセサリーの戦う力を手に入れても、なぜか友達は自分から去っていく。


(私が何したっていうの……)


 何もしていない。ただ強いて言うならば、龍華は生まれた時から不幸だった。

 出産直後は産声を上げず、運が悪ければ死んでいた。入園式も卒園式も、入学式も卒業式もいつも雨。17年の人生の中で6回交通事故にあっており、全て龍華が被害者。その他、龍華が自覚していることから自覚していないことまで、龍華は数々の不運に見舞われてきた。


「なるほど、そのプロキシーはあんたの友達ってこと」

「っ!!」


 偶然街に来ていた瑠花は、叫びながらゲームセンターから出てくる人々を見かけた。プロキシーか犯罪者が現れたのだろうと考えた瑠花は、アクセサリーを握り、店内に入った。


「プロキシーになった以上、誰であろうと殺す。それが例え友人でも恋人でも、家族であっても……変身」


 3色のアクセサリーで変身した瑠花は、微動だにしないプロキシーへと歩み寄る。


「悪く思わないで。プロキシーになったあんたの友達が悪いんだから」

「……待って」


 龍華はアクセサリーを取り出し、武器へと変化させた。


「雫は……私の手で殺す……変身」


 変身した龍華は、槍をプロキシーの心臓に突き刺す。プロキシーは一切動かず、龍華の攻撃をただ黙って受け入れた。

 プロキシーになってなお、人間であることを捨てなかったのだろうか。雫は龍華の攻撃により死亡し、徐々に砂へと変化していく。


「おもしろくない……何で私にやらせてくれなかったの?」

「……他人に殺されるなら、私が殺す。特にあんたみたいに躊躇い無く命を奪うような奴なんかに、友達の命は差し出さない」

「友達思いだねぇ……けど、なんか気に入らない。変身してやる気満々でここまで来たのにさぁ! ……私の獲物、取らないでよ」


 龍華と瑠花の間に不穏な空気が流れる。それを察知した舞那と心葵は、アクセサリーを取り出しもしもに備えた。


「……民衆がうるさいな……メラーフ、止めて」


 瑠花の声に反応したメラーフは、ゲームセンター内にいるプレイヤーを除く全ての時間を停止させた。


「あんたはこの先私にとって害悪になる。早いうちに摘んでおいた方がいい」

「私を摘めるの? 生憎今の私は機嫌が悪い……私があんたを殺すかもしれない」

「……それは無理かな」


 瑠花は笑顔を見せた。


「ガイが死んだ日、私達はガイの光の翼の影響を受けた……その結果、銀のプレイヤーは翼を生やした。だったら私達にも翼が使えるはず……でしょ?」


 瑠花は青い光を身体全体に集約させた。

 プレイヤーは攻撃を放つ際や能力を使用する際、身体の一部かアクセサリーに光を集約させる。この時、プレイヤーはアクセサリーの中の力と強く同調している。そのため能力を長時間に渡り使用すれば、プレイヤーは過度の同調によりプロキシーへと化す可能性が高くなる。

 龍華と瑠花の中のプロキシーの力は、ガイの促進により強くなっている。その状態で全身に光を集約させれば、瑠花は確実にプロキシーへと化す。


「正気じゃない……」


 瑠花の身体に変色などの異常は起こっていない。しかし、瑠花は背中から青い翼を生やした。

 舞那の澄んだ空色の翼とは逆に、瑠花の翼は毒でも持っているのかと疑う程禍々しい。舞那の翼を青空と言うならば、瑠花の翼は深淵。

 まるで瑠花の心を表しているかのような翼を見た龍華は、悪魔にでも出会ったかのように青ざめ、僅かながら恐怖した。


「はぁ……これで、私はあんたより強くなった」

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