第30話 掘り出し物の鑑定
冒険者ギルドを後にしたノアとリィエル。
市場にたどり着いて最初に何を見るかといえば――、
「冒険者ギルドに向かう前に宿の店員さんに聞いたんだけど、蚤の市ってのがやっているらしい。見てみよう」
蚤の市だった。
「ノア、蚤の市って何?」
リィエルが小首を傾げて訊く。
「色んな人が色んな品を持ちよって売っている場所のことだよ」
要するに、フリーマーケットのことだ。商人かどうかを問わず届出さえすれば誰でも出店者となることができ、売りたい物を売ることができる。一般人が物の価値をよくわからないまま商品を陳列していることもあるので、中には掘り出し物のお宝が眠っていることもあると言われている。
(神眼で鑑定すれば掘り出し物が見つかるかもしれない。俺達が使えそうな品ならそれでいいし、使わない品なら転売してしまえばいい)
ノアの狙いはまさしくその掘り出し物を探し当てることにあった。宿泊している宿屋の従業員から事前に蚤の市のことを聞いていたのだ。
本当に掘り出し物があるのかどうかは探してみなければわからないが、せっかく神眼というスキルがあるのだから、探してみない手はない。
問題があるとすれば神眼の発動中は眼に文様が浮かんでしまうので、瞳を見つめられると明らかに魔眼系のスキルを発動しているとわかってしまうことだろう。
魔眼系のスキルはピンキリで色んな効果を持った眼が存在すると言われているが、一般的にはレアスキルとされているので物珍しがられるだろうし、もしかするとアイテム鑑定を行っていると思われて購入の際に価値をつり上げてくるかもしれない。
(フードを被って俯いて鑑定すれば、下から覗き込まれない限りは神眼の発動に気づかれないだろうけど……)
人前で無闇に神眼を使えば注目を集めるのは想像に難くない。魔眼系のスキルが発動した時に眼に浮かぶ文様は同じスキルでない限りまったく同じものはないので、文様を覚えられると個人情報の特定が容易になる恐れがある。
(誰かに神眼を発動しているところを見られないよう気をつけないとな。エステルと接触した時みたいに仮面で顔を隠してしまえば神眼の発動を隠せるんだろうけど、流石に日中でも仮面をつけっぱなしは怪しいしなあ)
他に何か良い方法がないか考えてみよう。ノアはそう思いながら歩を進めた。そしていよいよ蚤の市のエリアにたどり着く。
一帯には所狭しと露店が建ち並び、これまた所狭しと品物が陳列されている。店によっては並んでいる品に統一性がないため、お目当ての品を探そうと思って探すのはけっこう骨が折れそうだ。
「どのお店を見るの?」
リィエルが隣を歩くノアに尋ねた。
「端から全部」
ノアはふふんと嬉しそうに笑って答える。そして、宣言通り手前の店から一つ一つ足を運び、こそりと神眼を発動させて――、
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アイテム名:ハンドアックス
ランク:0
説明:使い古された平凡な手斧。手入れがされていないため、切れ味は鈍い。
特記事項:商品としての相場を調べるために
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アイテム名:花瓶
ランク:0
説明:ただの花瓶。
特記事項:商品としての相場を調べるために
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アイテム名:バックラー
ランク:0
説明:使い古された平凡な小盾。
特記事項:商品としての相場を調べるために
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アイテム名:スコップ
ランク:0
説明:使い古されたスコップ。使用に問題はない。
特記事項:商品としての相場を調べるために
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店の前に立ち止まると、眼に入った品を次々と鑑定していった。説明と売却相場を手当たり次第に確認していく。
(ガラクタばかり……とは言わないけど、そう簡単に掘り出し物は見つからないか)
近くの店同士で売却額を参考にしているのか、一帯でおおよその相場は出来上がっているらしい。いずれも神眼で鑑定した相場額からそう遠くない値段で売られていて、仮に買い取って転売したところで大した利益は得られそうにはなかった。たまに数百クレジットの儲けがありそうなものがあるくらいだ。
ちなみに、各アイテムには0から十のランクが存在する。日常生活で使用する大半の品はランクが0で、一でもランクがつけば庶民が気軽に買うのは躊躇うくらいには高級な値が付いてしまう。
ただ、同じランクのアイテムだからといって価格帯が同じということはないし、ランクが下のアイテムの方がランクが上のアイテムより売値が高くなることもある。
ともあれ、お宝は見つからずとも鑑定に夢中なノア。
あれこれ調べるのが楽しいらしい。
十店舗ほど覗いたところで、樽の中に収納されたむき出しの農具の中に剣が一本だけ交ざっているのを発見し、興味を持って鑑定した。すると――、
「おっ……」
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アイテム名:ダマスカスの剣
ランク:二
説明:大昔に製法が失われた金属を鍛え上げた剣。硬度だけならミスリルに勝るが、魔法を弾く性質があるため、魔法を付与しにくい性質がある。刀身はさび付いているが、手入れを施せば元の切れ味を取り戻す。
特記事項:商品としての相場を調べるために
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初めてランクが付いているアイテムを発見する。
(売却相場は50万クレジットで、この店での売値は3000クレジット、だと?)
神眼で鑑定した相場とほぼ値段分の差があるため、呆気にとられるノア。新品でランク0の武具を買うと、安物でも数千クレジットはして、中古でその半額から三分の一程度の値段がつくのが一般的なので、そこからそう外れない額をつけたのかもしれない。
「店員さん、なんで農具に交ざって剣が一本だけ入っているんだ?」
ノアがダマスカス鋼の剣を見て尋ねる。
「ん? ああ、何代か前にうちの村に定住した元冒険者が使っていた剣らしい。先祖の家の蔵に放り込んであったらしくて、使い道がないかって持ち寄ってきたんだ。さびているのか変な色をしているんだけど、作りは丈夫そうだから鈍器にはなるはずだ」
どうやらこの店員はどこかの村から代表して出店しに王都へ来たらしい。
「なるほど……」
まさしく蚤の市で価値を理解されないまま出品されている品の典型例だった。このまま売値通りで買えば、まるまる50万クレジット近い儲けになる。
村を代表してきている店主に少し悪い気もするが――、
「買ってくれるのか?」
当の店員が期待の眼差しを向けてきた。3000クレジットだと出品されている品の中では比較的高い方だし、平民がポンと支払うのは躊躇うちょっとしたお金だ。売れそうなら売っておきたいのだろう。
「……じゃあ、買います」
ノアは押され気味に頷く。
「まいど!」
店員の小気味よい声が響いた。
◇ ◇ ◇
その後も様々な品を鑑定したノア。
鑑定は一瞬で済むので目利きをする時間はさほどかからないのだが、何十店も回り、何百どころか千以上の商品をこっそりと鑑定した。結果――、
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アイテム名:魔法の杖
ランク:一
説明:杖身に目に見えない魔法陣が描かれている木製の杖。杖に魔力を込めることで描かれた魔法陣が浮かび上がり、呪文を詠唱することで魔法を使えない者でも杖に込められた魔法を発動させることができる。一級魔法『
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アイテム名:古代の銅コイン
ランク:0
説明:千年以上前に製造された銅のコイン。天使が彫られている。コレクターの間で高値で取引されているが、贋作も多い。当時大量製造されたが、それでも現存する数は少ないので希少価値は高い。売却相場は8千クレジット。
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アイテム名:古代の銀コイン
ランク:0
説明:千年以上前に製造された銀のコイン。天使が彫られている。コレクターの間で高値で取引されているが、贋作も多い。銅貨よりも現存する数が少ない。売却相場は3万クレジット。
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アイテム名:エアナイフ
ランク:一
説明:魔鉄製のナイフ。魔力を流し込むことで切れ味を増す魔法が込められている。売却相場は10万クレジット。
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アイテム名:マジックチェインスピア
ランク:二
説明:三つの分銅鎖で柄が繋がれた魔鉄製の槍。そのままだと関節部が固定されていないので槍として用いることはできない。魔力を込めることで関節部の分銅鎖が連結し、槍として扱うことができる。関節部の強度を高める存在強化の魔法も込められている。売却相場は60万クレジット。
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アイテム名:再会の導き
ランク:三
説明:パーティとして登録された者同士を引き合わせる探知マジックアイテム(ブレスレット型)。半径一キロ圏内にいる登録者の居場所を知ることができる。半径一キロ以上離れている場合にはパーティメンバーがいるおおよその方向を知ることができる。売却相場は80万クレジット。
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アイテム名:片眼鏡の見習い
ランク:三
説明:ランク三以下のアイテムを鑑定できる。売却相場は60万クレジット。
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色々と掘り出し物が見つかった。
(高ランクの品はなかったけど、大儲けだな。たったの3万クレジットでこれだけの品が揃ったんだから)
購入した品が入っているアイテムボックスを見下ろしながら微笑むノア。マジックアイテムは効果を知らない者にとってはただのアクセサリーや日用品にしか見えないので、相場と比較するとタダ同然の値段が付いているものばかりだった。
古代のコインも現代のコインと比べると形がいびつだからか、大した価値があるとは思われなかったらしい。流石に金貨はなかったが、銅貨と銀貨が十枚単位で売られていたのでごっそりと買ってしまった。
神眼様様である。
(鍛冶屋に手入れを頼まないといけないけど、剣と槍は俺とリィエルが使えそうだ。再会の導き手も便利そうだから俺とリィエルで使おう。魔法の杖とコインとモノクルはどこか店で売り払って今後の資金にしよう)
相場通りで売れれば、合計で百万クレジットを余裕で超えるはずだ。今後はこういった蚤の市が開かれていたら、積極的に覗いてみるといいかもしれない。
「っと、ごめん、リィエル。買い物に夢中になりすぎた……。退屈だったよな」
ノアがハッとしてリィエルに謝罪する。小一時間は買い物に付き合わせて連れ回してしまったからだ。
「ううん。ノアと一緒だったから楽しかった。ノアが楽しそうだと、私も楽しい。欲しい物は買えたの?」
リィエルは優しく微笑んで問いかける。
「……ああ、おかげ様で。当面の活動資金が賄えそうだ。お祝いに屋台で何かかって食べてみようか」
ノアは少し照れくさそうに顔を赤くする。
「うん、食べる」
リィエルは嬉しそうに頷いた。それから、蚤の市に訪れる客をターゲットにした近くの屋台群を見つけると――、
「牛の串焼きを二つください」
ノアは焼けたお肉の香りに引き寄せられて店先を訪れて、二人分の品を店主の女性に注文した。
「あいよ。今ちょうど焼いているところだから、ちょっと待ってな」
女性は最高の焼き加減を見逃さないよう、串に刺された肉を注視しながら小気味の良い声で返事をする。
「お姉さんはこの王都に住んで長いんですか?」
ノアが女性に尋ねた。
「お姉さんだなんて嬉しいことを言ってくれるじゃないか。王都に住んで三十七年さ。あんたらは……、けっこう若そうだね」
女性は質問に答えると、フードを被るノアとリィエルにちらりと視線を向けて言う。
「二人とも十六です」
「なるほど。身なりからすると駆け出しの冒険者ってところかい?」
と、推察する女性店主。
「ええ。実は元々住んでいた土地から旅をしてきたばかりで、先ほど登録を済ませてきました」
「そうなのかい。若いのに大変だねえ。っと、ほら、焼けたよ。お代は60クレジットなんだが、おまけして50クレジットにしてあげるよ」
「いいんですか?」
「ああ。私のことをお姉さんと言ってくれた礼さ。応援しているよ」
「ありがとうございます。じゃあ」
ノアは財布から50クレジットの硬貨を取り出し、カウンターに置いた。
「まいどあり。食べ終わったら串はそこの箱に入れておくれ」
「わかりました」
そうして、串焼きを受け取るノア。リィエルと一緒に店から少し離れた場所へ移動すると――、
「ほら、リィエルの分だ。冷めないうちに食べよう」
「うん」
早速、串焼きを食べることにした。
「熱っ。肉汁がすごいな……。うん、塩が利いていて美味い。ほくほくだ」
ノアははふはふと口を動かして肉を頬張る。
「ほくほく?」
言葉の意味がわからないのか、リィエルが首を傾げる。
「熱いって意味かな。昔モニカがよく言っていたんだ」
「そうなんだ。……うん。ほくほく」
はむっと可愛らしく肉を頬張るリィエル。もぐもぐと口を動かすと、幸せそうに顔をほころばせた。
それから、しばし無言で串焼きを頬張る二人。
(質の良い武具も買えたけど、手入れをしないと使えそうにないな。宿屋に戻って戦利品の状態を改めてよく確認して、明日にでも鍛冶屋に行って手入れをしてもらおう)
ノアは串焼きを頬張りながら、そう決めた。
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